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親友カメ  作者: 渡辺正巳
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 女との出会いがあって、カメのおかしな状態が何週間か続いた後の、ある日のことだった。


 その日カメは放課後に私と遊ぶのを拒まず、私たちはどちらからともなく誘い合って二人で遊ぶことになった。私たちは家にランドセルを置いてくると近所の公園に行き、しばらく遊んだ。空が真っ青に澄み渡った、きれいな秋晴れの日だった。公園にはトンボが飛びかっていた。


しかし二人きりで公園で遊んでいても、あまり面白くなく、私たちははやばやと切り上げて公園を出た。そのまま住宅街をてくてく歩き、道端にあったコンビ二に寄った。ジュースと駄菓子を買って、コンビ二の駐車場の車止めの縁石に並んで腰掛けて、それを食べた。


駄菓子を食べながら、私たちは他愛も無い話をした。何を話したのか、今ではまるで覚えていないが、私とカメはどうでもいい話をいつだって実に熱っぽく、延々と話すことができた。私の乏しい人生経験から言わせていただくと、この、いわゆる「話が合う」ということが、親友であることの第一条件なのかも知れない。


この時も、私とカメはどうでもいい話を熱っぽく話合った。そうして公園を出た頃にはまだ空の上辺にいた太陽が、西の方に傾き、あたりを薄いオレンジ色に染めだした、その時だった。コンビ二の駐車場の先の道路の左手から、あの女が現れたのである。


女は品物の入ったスーパーのレジ袋を両手にぶら下げて、こちらへ歩いてくるところだった。前に会った時と同じように、派手な服を着ていた。女はすぐに私とカメに気づき、私たちの警戒を解くための笑顔を両頬に浮かべて、こちらへ近づいてきた。


「フミちゃん、なにしてるの」


私たちのそばまで来ると、なんともうれしげな声で、カメに話しかけたのである。


「・・・」


カメはむっつりと黙り、うつむいて女を無視した。ただ、縁石に座りながら、前方に投げ出していた両足を前後に動かした。アスファルトに接地したスニーカーの靴底がすれて、ざりざり、音を立てた。


「お菓子食べてるの?いいねえ、私も食べたいな。あ、いいのよ、大丈夫、自分で買うから。お腹減ってるの?・・・フミちゃん、今日もうちに来ない?今日は月曜日とも金曜日とも違うけど」


来ない?と言って、片手をスーパーのレジ袋を持ったまま耳元まで持ち上げ、髪をそっとかきあげた。ざりざり。カメのスニーカーが地面にすれる音が響く。私は、再び女に対する恐怖のせいで、固まり、なりゆきを見守ることしかできなかった。


「来なよ、ねっ?うち、近いし。ほら、これあげる。ねっ?」


 そう言いながら、女はまた千円札を取り出し、カメにそれを握らせた。そうして私の方を向くと、


「僕にもあげるから。ほら。あげる、いらない?遠慮しなくていいのよ。ほら、気にしないで、ねっ?」


拒否する私に千円札を無理やり渡してきた。


「ほら、行こう。さ、ごちそうするから」


 私はカメの顔を見た。カメはちら、と一瞬こちらを向いて、すぐに視線を外し、うつむき、それから立ち上がった。


「行くべ」


そのカメの小さな一言で私も立ち上がり、既に歩き始めていた女とカメの後をついていった。


 女とカメが並んで先に歩き、私が二人の後についていく格好で、私たちは歩いた。私の目の前を、カメと女の背中が進んでいく。女の両手の下にはスーパーのレジ袋が揺れている。女がしきりに隣にいるカメに話しかける。その声が、きれぎれに私に聞こえてくる。


「――なの。じゃあ――ねえ。――すれば、――だよ、あはは」


私たちはコンビ二のすぐ脇にある車通りの激しい道路を渡り、住宅の続く路地に入って、道を二、三回曲がった。すると、住宅の中に埋もれた、どこにでもあるような二階建ての安アパートの前で女とカメが立ち止まった。


 ここだ、と女は言う。私たち三人はそのアパートの一〇二号室のドアの前に立った。女がドアの鍵を開けた。


 中に入ると、すぐそこはキッチンになっていて、私とカメは奥の六畳ほどの居間のような部屋に通された。部屋はピンクと赤色で統一されていた。カーペットも、タンスも、テーブルも、カーテンも、みんなピンクか赤。そのきつい配色に私の眼はチカチカした。そして、床の上にも棚の上にも様々な雑貨が(その雑貨も大半は赤かピンク色をしていた)置かれ、部屋はそれらの怪しげな雑貨であふれかえっていた。部屋に入った瞬間、むっとお香の匂いがした。


 女は私とカメを部屋の中央にあるテーブルの前に並んで座らせ、


「お腹減ってない?今、おやつ作ってあげるから」


と言ってキッチンへ行ってしまった。耳を澄ませていると、キッチンからは、しゃああ、と、フライパンで何か焼く音が聞こえてきた。


「今までこの家に来たことあるん?」


 私は隣にいるカメに小声で聞いてみた。しかしカメは機嫌が悪そうに、黙り込んだままである。仕方なく私も黙っていると、女がぱたぱた足を鳴らしてやってきて、


「ああ、つまらないでしょう?ちょっと待っててね、今作るからね、テレビでも観て待っててね、ほら」


と言いながらテレビのワイドショーをつけて、またぱたぱたとキッチンに行ってしまった。私は仕方なく観たくもないワイドショーを観ながら、知らない大人の女の家にいるという事実にいまだに胸をどきどきさせていた。隣ではカメが、何を考えているのか、テレビに焦点を合わせもしないでぼんやりとその辺を見つめている。


 やがて、女が料理の盛られたお盆を持ってきた。そうして私とカメそれぞれの目の前に料理を置いた。


料理は、牛乳と、フレンチトーストと、それからウインナーエッグとでも言えばいいのか、ウインナーと卵が白い皿に盛られたものだった。しかしその卵は普通目玉焼きかスクランブルエッグのはずのところを、ゆで卵を半分に割っただけのものなのである。割ったゆで卵を皿の端に横に並べて、まるでチューリップの茎が葉と葉の間から伸びているように、ウインナーを一本、その卵と卵の間から皿のこちら側へ伸びるよう、配置してある。


「さあ、なんでしょう、これは」


 女がうれしそうに言った。私はなんのことだかわからず、黙っていた。


「ふふふ、わからないか、十歳じゃ。でも十歳だって、きちんとついているでしょう?ね、僕。そうそう、こうすると、もっといいのよ」


女はそう言うと、お盆に載せていたトマトケチャップを手に持ち、ふたを開けた。そして私の目の前に置かれたウインナーエッグの皿の上に、ケチャップを構えると、ウインナーの先っちょ(卵の置かれているのと反対側の先っちょである)に、ケチャップをしぼり出した。ケチャップはウインナーの先から、皿の端まで、ウインナーの伸びている延長線上に、細長くかかった。


「ほうら。赤じゃよくなかったか。これじゃあ、血だね、女の子になっちゃうもんねえ。マヨネーズのほうがよかったか。でも、マヨネーズじゃちょっと味がねえ」


 女の言わんとしていたことは、私は今ではだいたい分かるのだが、当時はなんのことだか分からなかった。ただ、女のその態度から、いやらしいことを言っているんだろうな、と、なんとなく感じ取れた。カメは私の隣で、じっと黙ったままだった。女はカメのウインナーエッグにも、私のと同じようにケチャップをかけてしまうと、テーブルの向こう側に座り、


「さ、冷めちゃうから食べて、ほら、遠慮しないで」


と言った。私とカメは仕方なく、駄菓子で腹がおおよそ満たされていたにも関わらず、「いただきます」と言って料理を食べはじめた。


 私とカメが料理を食べていると、女が私に向かってすごい勢いでしゃべりはじめた。


「僕、あ、いいのよ、食べながら聞いて。フミちゃんとは、今、月曜日と金曜日の週二回、会っているのよ。それで、私たち人間の肉体と精神にはびこる穢れを、フミちゃんから、浄化させてもらっているの。穢れよ、ケガレ。分かる?僕。人間はみんな、穢れを生まれながらにして持っているんですって。そうしてその穢れを、この汚れた現世で更に身にまといながら、生きていくの。そうすると、現世で災いが降りかかったり、来世で下等な虫や動物に生まれ変わってしまうのよ。だから今日もフミちゃんに来てもらったし、お友達のあなたにも、あなた、お名前は?ワタナベ?そう、下のお名前は?マサミ?マサくんね、マサくんにも、穢れを浄化するところを見てもらって、いずれはマサくんの穢れも浄化させてもらおうと思って・・・、ごちそうさま?もういいの?そう、お腹減ってなかったかしら」


私はフレンチトーストを半分食べただけでフォークとナイフを置いた。ウインナーエッグには、なんだか気味が悪くて手をつけることができなかった。隣を見ると、カメも同様に、ほとんど料理を残している。食べながら聞いていたが、女の言うことは、難しい言葉が出てきて当時の私には半分もわからなかった。


「じゃあ、フミちゃん、そろそろ、ね?さあ、立って」


 女が言った。カメは言われるがままに立ち上がった。女も立ち上がり、カメのそばに来て、「こっちこっち」と言いながら、カメの背中を押して、私から見て部屋の右手斜め前のところへ二人で移動した。そして女は相変わらずうつむいているカメに正対して、カーペットの上にしゃがみこんだ。私の方からは、カメの背中が見え、女はこちら側を向いている格好である。女の体はカメの体に半分隠れて見えた。


「さ、出して」


 女がカメに声をかけた。カメはむっつり、うつむいて黙ったままである。そのまま数拍の時が過ぎた。すると女が出し抜けに、


「出しなさいっ!」


鋭く叫び、ばん、とカメの腰の辺りを叩いた。カメはびくっと体を震わせた。私もつられてびくんとなった。


「ほら」


女がいらだちながら言うと、カメは一度振り向いて私を見た。それから、ゆっくりとズボンとパンツを膝まで下ろした。私の眼前にカメの桃のような尻が現れた。


「いい子、いい子ねえ」


女は露出せられたカメの下半身を前に、声をうわずらせた。その頬は赤くなり、息が荒くなった。明らかに興奮していた。


 女はカメの目の前にしゃがんだまま、ふうふう息をしながら、目をつむり、両手を合掌させた。そして、


「ウンソワカバンランジン・・・オンソワカバンランジン・・・」


なにやらお経を唱えはじめた。


「あがめたまえ、清めたまえ、この不浄、救いたまえ・・・ブッセツマーカーハンニャーハーラーミーターシンギョウ、カンジーザイボーサツ、ギョウジンハンニャーハーラーミータージー・・・」


そんな調子で、二、三分、お経を続けた。


「・・・ギャーテーギャーテーハーラーギャーテイ、ブッセツマーカーハンニャーハーラーミーターシンギョウ・・・」


と、お経を唱え終えると、おもむろに目を開き、合掌を解いて、


「南無三!」


と言い、がばとカメの腰に両手を回して両の尻肉を掴み、食らいつくようにカメの陰茎を口に含んだのである。カメの尻肉をなで回しながら、もにゅ、もにゅ、もにゅ、と陰茎をしゃぶりだした。


「・・・」


 部屋に沈黙が広がった。つけっぱなしにしているワイドショーのアナウンサーの声だけが、響いていた。私は目の前で起きている行為の恐ろしさに、がたがた震える思いだった。女はしばらく陰茎をしゃぶると、一度それを口から出し、


「見ててね!僕、見ててねえ!」


と私に向かって叫んだ。それからまた、ぱくりと陰茎を口に含み、しゃぶりだす。


 女に声をかけられ、私は唐突にハッとなった。それまで恐怖で感覚が麻痺し、何も考えられなくなっていたのが、突然頭が正常に働くようになった。カメを助けなければ、と思った。


 私は立ち上がり、カメのところへ行った。そうして、


「カメ、行こう」


と言いながら、カメの肩を強く引っ張った。カメは私の力で一、二歩、後退した。カメの尻が女の手から離れ、ちゅぽん、と陰茎が口から出た。女から離れると同時に、カメはパンツとズボンを素早く上げた。


「ちょっと、何するの」


 女がヒステリックに叫んだ。私はそれを無視して、


「さ、行くべ」


と言い、カメの腕を引っ張って玄関へ走った。二人、玄関でスニーカーを、かかとをつぶして急いで履いて、


「おじゃましました!」


そう言ってドアを開けてアパートを出た。女は、


「待ちなさい」


と言いながら玄関まで追ってきたが、その瞬間、私はドアをバタン、と勢いよく閉めた。そのまま、カメの腕を引っ張って、来た道を一目散に走った。ちょっと走ったところで、後ろから、


「言ったら承知しないからねえ!」


と、女の大声が響いてきた。


 住宅街を走り、元居たコンビ二が見えてきたところで、私は脚をゆるめた。私はカメの腕をようやく放し、後ろを振り向いて女がいないことを確かめた。そうしてカメと並んでゆっくり歩き始めた。


外の世界は何事も無く、ただただ美しい黄昏だった。どこからか金木犀の香りがしていた。私の左で、カメは白い顔をして、相変わらずじっと黙っている。私は歩きながら、カメを女から助けてからずっと言おうと思っていたことを、まくし立てるように言った。


「見なかった、俺、何も見なかったかんね。何も見てなかったよ」


 カメは、こく、こくとうなずいた。少し目を光らせ、手でその目を拭った。


「もうあそこ行っちゃだめだ。あんなん、だめだよ」


 私が言うと、カメはやはりこく、こくとうなずくのだった。


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