99、魂の炎・1
「ねえ、オウジ
お父ちゃん どこに行ったの?」
「ボクのコトなんか いらないんだっ
そーだろっ?!」
抱きしめた腕の中で
幼いオウジと、10歳のオウジが問いかける。
小さな彼等から伝わってくる
淋しさと悲しみの音が
皮膚を突き抜け、胸にずくずくと
押し寄せた。
オウジはその痛みを、受けた。
黙って受け取り、
彼らを抱きしめるしか なかったのだ。
――そうだよな オレ
こんなに痛かった・・
こんなに
こんなに
痛かったんだよな ・・・?
それは、小さなオウジが生きるために
自分の中から消し去っていた、
想いの塊だ。
父親を探して歩いた、夕暮れの公園
茜色の夕日と
肌をすべってゆく 乾いた風。
泣いている母親の背中で震えていた
水色のカーディガン。
力任せに床に叩きつけた、
おもちゃのピアノ
壊れた 不協和音。
そのひとつひとつが
ありありと、オウジの胸に照らし出されて
締め付けて
一粒一粒、涙となって 落ちてきた。
「 とーちゃん・・・っ
とーーちゃん・・・
どこ行ったんだよ・・? 」
閉じ込めていた言葉たちが、
17になったオウジの口から あふれ出す。
「オレを捨てたの?
オレはもう いらないのかよ・・!
なあ
オヤジぃ・・っ 」
腕の中の小さな黒い瞳が、心配そうにオウジを見上げた。
「オウジも かなしいの・・? ないてるの?」
「 うん・・。 すげ、 カッコ悪りぃな・・。」
「おんなじだね、オウジ。」
そう言った小さな子どもを、更に強く抱き寄せて、
抱き返してくる幼子の、やわらかな黒髪を
オウジの指が、くしゃっと掴む。
フシギだな。
言葉に姿を変えた、悲しみは
涙で
洗い流されてくみたいだ。
オウジの中のぬくもりが、
腕の中にいる 子ども達に伝わっていく。
カイの指の体温が、
馬鹿みたいに力強い ショウゴのハグが、
BJのベースと ジェシーのハーブティーが
気づけば心の隅に棲んでいた、そんなぬくもりたちが、
オウジを通して 流れていた。
オウジは、
ちょっとテレくさそうに涙をぬぐった。
「・・なあ、
父ちゃんはどんな声だったか、オマエ覚えてるか?」
左手で幼いオウジの頬を、なでた。
父親が、オウジにそうしていた様に。
「やさしかったよ」
「そっか。 なんて言ってた・・?」
「オウジは天才だって。
歌がじょうずだっていってたよ!」
「だよな?
・・そう言ったよな?」
幼いオウジは、じいっとオウジを見つめた。
今度は10歳のオウジのアタマに 手を乗せる。
ブッきらぼうだけど、笑って見せた。
「父ちゃんはどんなヤツだった?」
「 ・・・ピアノが、ウマかった。 」
「うん、そーだよな・・。
おもちゃの ちっちゃなピアノだったけど、
スゲェまろかやな、イイ音したよな?」
「ボク、教えてもらった。
こうやってボクの指を持って、
これがド~。これがレ~。って」
「覚えてるよ。
父ちゃんの膝の上に乗っかって、教わったんだよな?」
小さなオウジを後ろから 包み込むようにして
一緒にピアノを弾いてくれた、
あの時の父親のぬくもりだって、
ホントはオウジの背中が、覚えてるのだ。
「なあ、
・・あの時間は ウソじゃねんだぜ?」
「ほんと・・っ?」
ビリビリと微細な電気を発している
10歳のオウジの前髪を、そっとかきあげる。
父親が、オウジにそうしていた様に。
「ホントさ。
だってオマエ、ピアノ弾けんだろ?」
「うん・・」
「ちゃんと残ってるじゃん。 オヤジのいた証しが」
「じゃあ、じゃあどうして ボクを捨てたんだよ!?」
見上げてくる、尖った瞳。
オウジはふうっと、息をひとつ吐いた。
静かに首を、横に振る。
「・・・オレにもわかんねーー。
でも、きっと父ちゃんにも ナンか事情があったんだろ。
オマエを 嫌いんなったワケじゃねーよ」
そう言ったオウジ自身が、一番驚いてた。
この優しい声は、いったい誰だ?
オレはそんなコト 思ってたのか?
そう思いたかったのか?
きっとムリにでも思いたいんだ、
オレは 愛されてたんだって。
あー、もうどっちでもイイ。
そうだ、
どっちでもいい。
他人の本当の気持ちなんて
どーしたってわかんないさ。
でも あの時間だけは 確かにあったじゃないか。
だから
それでもう
イイじゃんな。
「オウジ それ、ホント?」
顔を上げた10歳のオウジが、オウジの眼を覗き込む。
「うん、 ホントだ。」
心の奥まで読み取ろうとする自分を、
まっすぐに見つめ返す
その黒曜石の輝きに ウソがないと感じとり、
10歳のオウジは
この上なくウレシそうに笑った。
10歳の、子どものカオで 笑った。
そして抱きしめている オウジの胸の中で、
10歳のオウジは そっと瞼を閉じた。
大好きな父親に
やっと抱きつくことができたように
彼はオウジの胸に、頬をすり寄せてきた。
どこからか
懐かしい
ピアノの調べが 聴こえてる。
「 ・・ 父ちゃんのピアノだ・・・ 」
「うん・・。」 「ほんとだ。」
弾む、高音。
25しかない トイピアノの鍵盤で創った
しあわせの音。
時を超えて
なお残っている 愛の音。
「わかるだろ?
オレ達を 嫌いなワケがない・・。
そんなワケないよな・・?」
2人の小さなオウジの髪をなでる、
少し男っぽく骨ばった 17歳の指。
幼いオウジと10歳のオウジは
眠りについたようにじっと、ピアノの音を 聴いていた。
腕の中の子どもたちから 還ってくる体温。
――・・オレ、
ちゃんと覚えてるぜ?
父ちゃん・・・
オウジもまた、黒いまつげを閉じて
還ってくる 父のぬくもりをカンジた。
どれくらい そうしていたろうか。
やがて、子ども達を包んでいる
オウジの手の感触が、薄れてきた。
子ども等の姿が、徐々に色を無くし、
透明に透けてゆく。
「えっ・・? お、おい・・!」
幼いオウジは、そのまま眠ったようだった。
10歳のオウジは、1度目を開けると
ブッきらぼうに、笑ってみせた。
ソレが紛れもなく 自分のもので、
オウジもつられて笑った。
2人の子どもは、オウジの胸の中に溶けてゆき
オウジの中で ひとつになった。
彼等のム邪気な喜びと、安堵感が
オウジの 体中に広がって
細胞を潤し、満たしてゆく。
ふと、
いつか夢に出て来た
ゆず茶が香った。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




