93、もうひとつの黒曜石・1
「ふうっ・・」と、肺の奥底から
オウジは白い息を、吐いた。
ダウンタウンに戻り、
キヨシに教わった ブリーカーストリートを
さんざん歩き回って来た。
そしてついに、
紫色に灯るネオンを 見つけたのだ。
――“Mist and shadow”・・!
あの晩と同じように、
その店に続く 薄暗い階段が
ビロードのように重く広がる夜の中に、
ぽっかりと口を開けて、
待っている。
もう一度、逢わなくてはならない。
漆黒のクイーンに。
記憶を封じ込めても
地球の裏側に 逃亡しても
ドラッグの極彩色の中に、溶け込んでも
決して逃げることのできない、自分の過去。
自分がステージの上で なぜ歌えなくなるのか、
その手掛かりが ココにある。
今の今まで封じ込めていたヒナの記憶と、
きっと何か 繋がってる。
行くんだ。
だって、ヒナを殺したのも
カイを舞台から 引きずりおろしたのも
オレ。
このオレの 歌 なんだから。
地下への狭い階段は 裸電球に照らされて
今日もマリファナの、匂いがした。
一歩一歩確かめるように降りてゆく、
オウジの手が 小刻みに震えた。
――ちっ・・! ダッセえな
しっかりしろ!
自分にハッパをかけながら 重たい鉄の扉を開けると、
もあっ・・と煙が 押し寄せてきた。
煙る空気の中をつんざく、ウルサ過ぎる音楽。
先客の少年達はもう、
それぞれの 幻想の中に入り込んでる。
いつかの夜よりも 数のまばらな少年たちと
ジュークボックスから流れる音を すり抜けて、
オウジは迷わず、店の奥に踏み込んだ。
打ちっぱなしの コンクリート壁の一面に
少年たちの 持て余すエネルギーを
殴り書きした、グラフィック。
そしてその真ん中に 今夜も、
カイの描いた漆黒のクイーン、
黒いドレスを身にまとった “ヒナ” が、
君臨していた。
壁中に散っている 彼女のアメジストの羽が、
オウジを華々しく出迎える。
「よう・・ 」
着古したネイビーブルーの
ダッフルコートのポケットに 手を突っ込んだまま、
声かける。
禍々しい血の色のくちびると、
対照的に 碧い瞳が
冷やかにオウジを見下ろしてる。
「来たぜ。 ヒナ」
自分達のクイーンに向かって
何やら日本語で話しかけている、
フカシギなアジア人の新顔。
店内は少しだけザワついた。
まったく別次元にブッ飛んでいるヤツが
ほとんどだったが、
同じ年代のオトコ達が3人、
ビリヤードを中断して オウジのところにやって来た。
「ヘ~イどしたの、おチビちゃん?」
うつろに濁った眼が、ニヤニヤ嗤う。
「これからママとFAOシュワルツで
お買いもの~~?」
「うん、でもボク言葉わかんない~~
迷子んなっちゃったぁ」
「ギャハハハッッ!」
3人が勝手に盛り上がり、ゲラゲラ笑い転げてる。
――ちっ・・
メンドくせえな・・。
と、誰かがオウジの手に
するりと手を 絡ませてきた。
振り向くと、チェリーピンクのルージュを塗りたくった
金髪ショートのオンナがいる。
「消えな、クズ共!
このオトコは アタシのなんだよっ!」
「うひょぉ~~~
オメエ いつからベビーシッター始めたんだよぉ」
「ブワハハハッ ガキ同士、お似合いなんじゃね?」」
「うるっせーーーんだよっっ
引っ込め、玉ナシ野郎!」
「ギャ~~ハハッッ!」
更にのけぞって笑うオトコ達に
金髪ショートのオンナが、ケリを入れる。
「ひょーー 怖え~~こえーー」
「ギャハハハハ~~」
と、腹を抱えて笑いながら、
よろよろとダンスフロアの方へ 散っていった。
オンナはオウジに 体をスリ寄せてきた。
きつすぎる香水の香りは、覚えてる。
「こないだはヒドイよ、
アンタ急に いなくなっちゃうんだもん・・!」
拗ねた上目使いで、
自分の飲んでいた バドワイザーの瓶を差出してくる。
――ああ、こないだのオンナ・・
こんな顔してたっけ・・。
オウジはお決まりのように、
オンナのビールを受け取って一口飲んだ。
「でもウレシい、また逢えて。
こないだより効くのあるよ? また一緒に遊ぼ?」
オウジは小さく首を振った。
「今夜はコイツとサシなんだ。」
「クイーンと・・? キャハハッ ヘンなの!
アンタ達、東洋人同士だから
話せちゃったりすんのぉ~~?」
オンナもまた、ケタケタと笑い出す。
コイツも、かなりデキあがってる。
「2人にしてくんねー?」
オンナは、笑うのをやめて、オウジの目を覗き込んだ。
あの晩とは、何かが違う眼。
「・・ OK~~
じゃあ、ボックスシートにいるから。
後で来て?」
濡れた視線を残しつつ
煙の向こうに消えてゆく彼女に、
オウジは口の端だけで、笑って応えた。
店の中は、また混とんとした 退廃の中に戻る。
ようやく2人きりだ。
オウジは黙って、ヒナの眼をみつめた。
あの夜の 禍々しい満月のように、
冷たく 邪悪なその瞳。
この漆黒のクイーンのまなざしは、
あの日のオレ、そのものだ。
コトの真相を、見ていないワケではなかった。
あの晩、ヒナの首筋から 飛び散った美しい血液を
ハッキリと 思い出したのだから。
どうしてここまで キレイさっぱり忘れてたのか、
フシギなくらいだ。
自分を罪悪感から守るための
防衛本能とかいうヤツで、記憶を消してたのかな。
「でも結局 歌えねーからよう」
自分を嘲笑った。
ジャマっけな防衛本能など、クソくらえだ。
「オマエを地獄に 突き落としたのがオレなら、
オレを地獄に引きずり込んだのも オマエだろ?」
声を奪い、この街に引き寄せて、
カイに逢わせて。
「ケリつけようぜ」
オウジは耳を澄ませた。
自分の心の 奥深くに棲む、
漆黒のクイーンに。
眼を閉じて じっと待つ。
―― オレは先に、行かなきゃならねーんだ・・!
オウジは集中力の すべてを使って
自分の心に、チューニングして行った。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




