91、遥かなる摩天楼・2
もはや抵抗する理由は、何もなかった。
オウジがイエロ-キャブに乗せられ
連れてこられたのは、
いかにもキャリアウーマン顔オンナの
アパートメントの前だった。
エンパイアステートビルが、ほど近い。
ストリート沿いにあるファストフード店や、
軒先に陳列されている ベジタブルが庶民的。
ダウンタウンや、
同じミッドタウンのタイムズスクエアあたりとも、
また違うカオを持つ 街だった。
今日もアイスクリームカラーのライトをつけた
エンパイアを、
オウジは見上げる。
「何してるの、こっちよ!」
ストライプのひさしを張り出した
ベーグルショップから出てきた、
いかにもキャリアウーマン・真由美が
ぼーっと空を見上げているオウジを、呼んだ。
真由美はテイクアウトのコーヒーが2つ入った
紙袋を持っていた。
「3週間・・。
よく生き延びてたわねぇ~~」
あきれ声で、
古びてはいるが キレイに清掃された
コンクリートの階段を上り、3階の部屋のドアを開ける。
彼女のブランドまみれの 服装の割に
いたってフツーな、
アメリカのホームドラマに
そのまま出てきそうな、部屋だった。
家具も、もともと部屋に備わっていたモノらしく、
シャレっ気はない。
花や植物や、その他一切の生物の気配もない。
あまり部屋に居ないんだろう。
コーヒーでさえ、近くの店で買うんだから。
「クッサいわねー、
いったい何日ゴミ男やってたのよぉ?
さっさと、シャワーを浴びてきなさい!」
高圧的な声が発する “ゴミ男” というワードが
このオンナと美津子の親しさを、表してる。
言われるままに オウジは、
のそのそとバスルームに入って行った。
「あー、せっかくの休日だっていうのに!
面倒に巻き込まれちゃったわぁ」
真由美は襟元にファーの付いた
シャンパンゴールドの ロングコートを脱ぐと、
手入れの行き届いた爪で
コードレスのプッシュホンを、手際よく押した。
「ああ、キヨシ? アタシよ。
アンタがグズグズしてる間に捕獲したわよ、
リ・オウジ!」
「ええっ?! いったいドコでっ?!!」
電話の向こうでキヨポンが、
NYヤンキース帽が落っこちるくらい
のけぞっている。
「イヴの晩以来まる4日!
ヤツは行方不明だったんスよッ、ボス?!」
「アンタが ぼやぼやしてるから
ミッドタウンで、ゴミんなってたわよ」
真由美は受話器を耳に 当てたまま、
脱衣所に入って行って
顔をしかめながら
オウジの脱ぎ捨てた服を、ツマみ上げた。
「今、アタシの家にいるわ。
着るモンないから、
何か見繕って買ってきてちょうだい」
そう言いながら
汚れた服を、キッチンのゴミ箱にぶち込む。
「ああ、食べ物も適当にね。」
真由美は要件だけ済ませると、
さっさと受話器を置いた。
「・・オレの服がねーんだけどぉ?」
その声に振り向くと、
オウジがバスタオルを一枚、
腰に巻きつけて 突っ立ってる。
よく拭いていない彼の足がつけた 足跡が
バスルームから転々と、続いてる。
「汚いから捨てたわ。
とりあえずそこのバスローブでも着てなさい」
オウジは言われた通り、大人しく
ソファの背もたれに掛けてあった
パイル地の バスローブを羽織った。
真由美が、銀細工のシガレットケースから
タバコを1本取り出して 火をつける。
オウジも当然のように
そこからタバコを1本取り出して、火をつけた。
「躾のなってないノラ猫ね・・。」
真由美が無表情に言いながら、ゆっくりと
ほの青い煙を吐く。
「アンタは日本から送られてきた“商品”ってワケ。
日本のボスから 指示があるまで、
ここで大人しくしてるのが
今の、ジャリタレ君のお仕事なのよ?」
「へー、 アンタのペットじゃなくて?」
濡れた目つきで、
一回りも年上のオンナを 嘲笑う。
が、そんなオウジに 真由美は
何かボタンを一つ 掛け違えているような、
違和感を覚えた。
条件反射で 悪態をついてはいるものの、
ワルガキ特有の、ハキがない。
「心配ご無用。
こんな卑しいノラ、
願い下げよ、ボーイ?」
「・・・・」
挑発にもノって来ない。
ただ加えたままのタバコから 煙をくゆらせ
窓の外に目をやるオウジに、
先ほど彼を拾った時から カンジていた違和感が
真由美の中で、ハッキリとした形になった。
あの、ショウゴの店で すれ違った時のオーラが、
まるで感じられなくなっているのだ。
銀色に染めた髪と 背格好で、
捜していた少年 リ・オウジだと判別できたものの、
“印象的”と言わせしめる
まなざしの迫力も、消えている。
―― ・・・・?
何があったのかしら この子・・。
とにかく、ココに繋ぎとめておかなくてはならない。
「あんなカッコでいつまでもフラついてたら、
ギャングにさらわれて、
クスリ打たれて 売り飛ばされるわよぉ?
ここは平和ボケした、日本じゃないんだから。」
そう言いながら、真由美はキッチンの棚から
シリアルを出してボウルに入れ、
冷蔵庫から出したミルクをかけて オウジに渡した。
「食べなさい」
どこかアメリカンな
イントネーションを伴うようになっている
その早口な 日本語を聞き流しながら、
オウジは ボウルに注がれたシリアルを
ガチャガチャと音を立てて、スプーンでかき回した。
「何コレ、犬のエサ?」
「食べなさい。 餓死されたら困るの。」
「ち・・」
口の中に入れたシリアルは、
そのミルクの冷たさだけはわかったが
味が全くしなかった。
安いアルコールの、ノドに焼けつく感覚ならまだしも、
味覚がまた、
カンジられなくなっている。
うつろな視線を窓の外にやると、
高層ビルが 所狭しと立ち並んでいた。
カイの部屋と同じ3階にいるのに、
外のビルが どれもこれも高いせいで
自分の居場所が、ずいぶんと低く感じられる。
ヒトや車が 織りなす街のざわめきは、
イーストヴィレッジよりも
ただただ無機質だ。
「すっかり冷めちゃったわ」
真由美がテイクアウトのコーヒーを 啜りながら、
もうひとつのプラスチックカップを
オウジの座っている
窓際のソファまで、持ってくる。
窓辺にけだるそうに肘をつき
囚われたノラ猫の様に
じっと外を眺めているオウジを
ついぞ抜け目のなく 睨めまわし、
値踏みしてしまうのが
プロデューサーである真由美の サガだった。
たった3週間前は
”不遜”を ヒトの形にした様だった少年の、
乾いたガラスの様に なってしまった眼差しが、
彼のハートは本来、
まるで華奢なのだと 物語る。
―― 破滅型か・・。
こういう類は
ダイヤモンドに成り損なえれば、
石ころにさえ とどまれず、
砕け散った後で、ドロの中に沈んでゆく。
廃人になったアーティストなど、
真由美は 掃いて捨てるほど見て来たのだ。
真由美はスライド式の 窓枠に手をかけて、
”RCA”のロゴを 今日も赤く灯す、
高層ビルの 最上階を見つめた。
この街に引き寄せられてくる、
自分を天才だと思ってるバカ共が
ダイヤモンドになれるのは一摘み。
才能
運
カリスマ性
情熱
その全てを持っていたとしても
ダメなものは、ダメなのだ。
――でも、たった一つ言えることは、
あの頂上に たどり着こうと思ったものでなければ
ハナシにもならない・・。
オウジも同じように
ただ摩天楼を、仰いでいた。
「ホラ、あそこにあるアールデコ調の高いビルね、
ロゴが付いてるでしょ。
RCAの本社よ」
「えっ・・」
「エルヴィス・プレスリーを輩出したレコード会社。
ジャリタレでも エルヴィスくらいは知ってるでしょ?」
「・・・・」
オウジの黒い瞳が わずかに揺れたことを、
真由美は見逃さなかった。
ただのウラブレたジャンキーの小僧なら、
美津子も貴章も
そんなに入れ込むワケは、ナイのだ。
「迷路にハマったネズミみたいに
グルグル逃げ回ってるヒマがあるなら、
対峙したらどうなの」
まるでドライに言い放った 真由美の言葉に
オウジの胸がわずかに疼き、
その切れ長の眼が 彼女を見返した。
そうだ。
そうこなくてはいけない。
「アンタが勝たなきゃならない相手は
いったい誰?」
「・・・」
エルヴィスを世に送り出した 遥かなビルが、
小さな彼を 見下ろしてる。
「闘いなさい。
石ころで終わりたくなければね!」
「・・・・」
ついぞ余計なことを言っている自分に、
真由美は わずかに驚いた。
どういうわけだか、自分もまた
逢ったばかりのこの少年に 引き込まれつつあるコトを
感じざるを得なかったのだ。
初めてすれ違った晩に 彼が放っていた
あのナマイキな、
ドキドキを駆られる エネルギーを
黒く乾いたその眼の中に、
もう一度探してみたくなる。
「ま、ジャリタレの1人や2人
アタシには どーでもいいコトだけど・・。」
くるりと踵を返したその時、
ブ・ブーッっと玄関の ブザーが鳴り響いた。
やって来たのは、ヤンキース帽を被った 青年だった。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




