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90、遥かなる摩天楼・1





傷ついたミリタリーブーツの 固い靴底の中が、


凍えきってる。




体の感覚も 重く鈍いが


そんなことは、イシキに無い。





オウジは、カーキ色のコートのフードを 深く被り



地下鉄の駅に続く 


薄汚れたタイル張りの、地下道に うずくまっていた。






ダウンタウンを出て、


ずいぶん経ったと思う。





あのクリスマスの朝、


カイにもショウゴにも逢わずに済む


誰も、自分を知らない場所を求め




オウジはふらふらと、ミッドタウンにやって来た。





寒さから逃れようと、


地下鉄の入り口の 階段を下りると



似たようなヤツ等が数人、



強いアルコールに身を任せ転がっていた。





クリスマスも ニューイヤーも関係ない 


惨めな奴は、ドコにだっている。




オウジも、そのままソコに居座った。




あれから、いったい世の中では


何度目の朝を 迎えてるんだろう。






この辺り、一度、カイと来たよな。





やたらとイケてた 叔母サンちは


なんたら言う映画の舞台になったって



ティファニーのそばだった。




ハリウッド映画みたいなインテリアと


爽やかな紅茶の香り




雲のじゅうたんの上にいるような



穏やかで品がよく 


洗練された会話。





住む世界が、違いすぎだ。





アイツと一緒にいたコトも 


何かのマチガイ、




出逢ったトコからもう、マチガイなんだ。







―― あの、黒髪ロングが 


    ヒナだった・・・。






時々、そう 思い返す。







―― どーだって イイ。



アイツに逢う事も、 




もうナイんだから・・。








居るべき場所が 


この地上の、ドコにも無くなった。





地下鉄のホームから上がって来る人、


降りてゆく人。





この、観光客でごった返す 


世界中の 人混みに紛れて、




誰の気にもとめられない


街のクズの ひとつになれれば、


それでイイ。




もともと行く当てなんて、ドコにも無かったんだ。



元に戻っただけのコト。





それでも、この街に着いた頃と 明らかに違うのは


ぽっかりと空いた、この胸だ。





たった数週間の間に、そこに生まれ、


棲みついていた 暖かな何かは




カイの姿がヒナに見えた、あの一瞬で



幻みたいに消え去った。





心臓から ひしひしと湧き上がってくる淋しさを 


白い漆喰で、塗り固め




がらんどうになった胸に 浮かびあがる罪悪感を


溶かすため




オウジはただ


安物のウオッカをあおった。






酔ったオウジの うつろな瞳の前を



エレキギターとアンプを抱えた、


ぐしゃぐしゃな巻き髪オトコが


颯爽と 横切ってゆく。





オトコは鉄格子の シャッターの前を陣取ると、


古びたギブソンを取り出した。





ギターに付いた傷の数が


オレの勲章だと言わんばかり。



彼からあふれ出ている、ヤル気オーラがハナにつく。






地下道は 


たちまち彼のためのステージに成り、




冷たいタイルの壁に 囲まれた地下道に、


彼の歌が 鳴り響いた。



ナマった、聴き取りづらい英語。





それでも、開きっぱなしのギターケースに



通りゆく人々がコインを入れて行く。





チャラン・・・。

 




コインとコインがぶつかる音が




カイとコラボした日々の


ブルースハープの音色を 連れて来て



惑う間もなく浮かんでしまった 


哀しい笑顔。




ヒナのことを話すときの、オウジだけが知ってる


  

カイの痛み。





白の漆喰で


ガチガチに固めていたはずなのに。



オウジの心臓は ハジけて破れ、


真っなみだが 吹き出した。







「うるっっせえんだよ!!  

 ヘッタクソぉ!!!」





思わず立ち上がっていた。



立ちくらみで、視界が 一瞬暗くなる。





訛ったシンガーは、オウジをちらりと見て 


すぐに視線を外し



バトウなどドコ吹く風で、歌い続ける。


オウジの脳ミソが、一瞬で爆発した。





「聞こえねーのかクソ野郎、

ヤメロっつってんだよッッ!!」




「く、来るな ヨッパライ!

う、うわ   ホラっ・・!」





オトコは ギターケースの中に入っていたコインを、


突進してくるオウジめがけて、投げつけた。





「テメエっ・・!!」




「うわあっ! 

だ、誰かっ!!」




「耳が腐ンだよッッ  クソ音痴!!」





力任せに、オトコを殴った。



完全なヤツアタリだとわかっている分、


残忍に。





道行く人々がザワめきつつあった 


その時。




地下道の向こうから、ピ・ピーーーーーーーーーッ!!


と、ポリスの笛が鳴り響いた。






「何してんだ オマエ等ーーー!!」




――・・!!





反射的に、オウジは2人のポリスが


走ってくる方向に背を向け、逃げていた。



そのまま、全速力で走る。





「ハアッ・・ハアッ・・   ハァッ・・!」





地下道の暗さも加わって、視界が極端に狭い。


何かにつまづて、ハデに転んだ。





「・・・ッてえーー・・・!」





転んだオウジの目の前に、すっかり都会のゴミと化した


ホームレスが横たわっている。

 


息をしてるのか いないのか。





そのオトコの乾いた口元から 


ボロボロになった前歯が 覗いていた。




オウジに蹴とばされ、


何日ぶりかに、ゆっくり彼の目が開く。




腐りかけた魚のような ねっとりとした目が


オウジを見た。





「 ゥワッ・・ !!」





背中に走る悪寒を振り切り、



オウジは、もつれる足取りで


なんとか地上に続く 階段を昇る。





「 ・・・クソッ・・ 」





数日振りの地上は、曇り空でもまぶしい。




ポリスを振り返りながら、


オウジは 何処へともなく走る。





華やかなクリスマス用のディスプレイが


片付けられても



ミッドタウンは人、人、人ばかり。





ホームレスが何人死のうと


この街は何も関係なく、




欲望と喧騒の、ど真ん中だ。






「・・・ッ 

ハァッ ハァッ ハアッ・・・っ」





やがて走りつかれ、


もうこれ以上 一歩も前に進めなくなった。






「 う、うぇっ・・ 


 ゲエぇぇ・・・ッ  」






ウオッカと胃液が、ようしゃなく逆流する。



オウジは よろよろと崩れ落ち、


そのままコンクリートの歩道に 倒れ込んだ。




吐いた勢いで、


なま温かな涙が頬を 流れた。







ダウンタウンには



戻れない。






オウジは地べたに 這いつくばり、


そびえ立つ ビル群を見上げる。






高く 高く 


天に向かって



我先にと 



手を伸ばす 摩天楼。





どんなにあがいたって 



決して人は、



天になんか、 届かないのに。






強さだけが 取り柄のアルコールが 


ノドを焼いて堕ちたところで




凍った心臓を、


溶かしてくれることもナイ。






その時、1人のオンナが


オウジの目の前で 足を止めた。




よく磨き上げられた、その茶色の革ブーツは、


左右のどちらにも 動く気配がない。





涙で濡れたオウジの目が、


うつろにオンナを見上げると




肩まで垂らした髪を


大きくカールさせたアジア人の、



いかにもな キャリアウーマン顔が


目を丸くしてた。






「こんなところに居たとはね・・・!」






オンナは興奮ぎみのアメリカ語を、吐き出した。




その険のある目ツキは


どっかで見たような気がする。




そして、次は日本語だった。






「観念しなさい リ・オウジ?」






---------------------------------To be continued!



このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。

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