88、深紅の龍・1
微笑みの消え去った カイのカオが、
浮かれた夜の中に、白く浮き上がっていた。
更に激しくなる動悸を鎮めようと、
息をふうっと 吐いてみる。
「ええとぉ・・
何から話せばいいのかなぁ」
洋一はアタマを掻いた。
――この兄ちゃん、
ヒナのコト どんだけ知ってんだろ・・?
なんだか妙なイヴになった。
が、ジェシーのおせっかいな 水色の目にうながされ
やがて彼は、話し始めた。
「オレ達、けっこう一緒に遊んでたんすよ。
あ、いや
オレとヒナと、 5、6人の仲間だったんですけど。
あるバンドのライヴで知り合って、
みんなコアなファンだったから、
何度も会ってるうちに ツルむようになったんです。」
まずはブナンに、自分たちの関係性から。
「コンビニの前でたむろしたり、
オレのアパートに転がり込んで
みんなで飲み明かしたり~。
イヤ、ちょっとはハメも外しましたけど、
そのぅ・・
男女の仲とかじゃなくて、ですねぇ~ アハハッ」
だがカイの目線が求めてくるのは ソレじゃなく。
洋一も、心を決めた。
めずらしくナーヴァスになっているカイの腕を、
自分までドキドキしてきたジェシーが
そっと支えてる。
1メートル後ろには
トナカイマスクのキヨシが、
彼らの話に、耳をそばだてていた。
「ヒナと最後に逢った
あの晩は・・・」
蒸し暑い、ヒナが18歳の夏だった。
新宿の繁華街のハズレにある
地下1階のライヴハウスは、
黒い服を身にまとった、少年少女で ごった返していた。
自暴自棄な彼らは、いつものように
カリスマ的な ヴォーカリストの声に翻弄され、
我を忘れて 踊り狂っていた。
そして、この日の夜は
何かが 特別だった。
熱帯夜の蒸し暑さに、空気は澱み
まんまるの月が白く、
大きく
ヴォーカリストの声は、いつにも増して 禍々しく
黒い艶を おびていた。
彼の熱狂的なファンの中には
タチの悪いグループも、いくつか存在し
それぞれ、自分が一番
この絶対的なヴォーカリストに 近い存在だと
陶酔していたのだが、
この日は、その中の1人の少年が、
深いバッドトリップに 入り込んでいた。
そして彼の敵対関係にある、
別のグループの少年達もまた
異様にヒートアップしていた。
彼らはたちまちトラブルになり、
その争いの波が、あっという間に
周りの少年達にまで 広がりを見せたのだった。
もみくちゃな人混みの中で
踊りまくっていた洋一が、先に気づいた。
「うおっイテーな、何だよっ」
フロア中央あたりから、
満員電車のなかのような 荒々しい人の波が、
何度も 押し寄せて来るのだ。
波の来る方向を見ると、
2人の少年が 取っ組み合ってる。
それは、さほど珍しい光景でもなかった。
このバンドの持つ性格上、
こんなことは 日常茶飯事なのだ。
「なんだ、またかよアイツ等!!」
洋一もまた、アドレナリンと
闘争本能で 体中がいっぱいだ。
「なんなの?」
隣で踊っていたヒナも、そちらを見る。
ただでさえ目立つ 大きな黒い瞳に
クッキリと描かれた 漆黒のアイラインが
更に 彼女の、凛とした美しさと
聡明さを、強調していた。
フロア中央あたりは、
グループ同士の小競り合いに 発展していたが
ほとんどの少年達は
ステージに トランスしているままだった。
崇拝者たちの 陶酔したまなざしと、
ほとばしるエネルギーとが
カリスマ的なヴォーカリストに
ますます力を与える。
そして、その声の持つ魔力が
2人の少年から
膨大な、破壊のエネルギーを引き出していた。
周りの観客も 異様な形相だ。
さらに激しく ヒートアップして行く。
「 いけない・・! 」
思わずヒナは彼らの方へ、
人混みをかきわけながら 進んでいた。
何か、いつもと違う。
ヒナの胸が 激しく騒いだ。
あの渦の真ん中にいるオトコを、止めなければ。
理屈ではない
そして、怒りでもない
何か別の熱が、
彼女を 衝き動かしていた。
「お、おい ヒナ! ヤメとけって!」
洋一は 彼女の腕を掴もうとしたが、
踊り狂う観客たちに 押し戻され阻まれて、
すぐに見失ってしまった。
「しょーがねーなァ あのハネっ返り~」
「ヒナ 大丈夫かなぁー?」
仲間の少女も心配そうに ヒナの行方を捜したが、
大勢のアタマの波の向こうに、ヒナも、
主犯格の2人までも
消え行ってしまった。
ライヴは続行している。
荒れ狂うドラムと、
重く粘るベース、叫ぶギター
そしてヴォーカリストの 圧倒的な歌声が
彼らを煽る。
ライヴは最高潮に、上り詰めていた。
「 す、スゲえ・・・っっ !!! 」
歌う彼の
獣のような 黒い瞳と、飛ぶ汗が
なまめかしく光る。
洋一の全身が、総毛立つ。
そして彼の このうえなく婀娜やかな声が
黒の炎となって
洋一の体を、天に向かって突き抜けた。
「うぉおおぉぉぉぉぉーーーーっっ」
次の瞬間、洋一は
いつもより 数倍激しく地面を蹴り上げた。
思わず、彼の名を叫び
狂気の中に身を埋め、 跳ね続け
洋一も仲間たちも、
ライブハウス中の 全ての少年たちが
その歌の持つ、強引な渦に
巻き込まれていった。
「だけど、そのヴォーカルが
いきなりブッ倒れちゃったんすよ」
「ど、どうして・・?」
ジェシーが不安な顔で、問いかける。
「わかんねーけど、
ヴォーカルが倒れるわ、フロアは大乱闘になるわで
ライヴが中止になってさ。
仕方なくみんな 引き上げ始めて・・・
そしたら・・・・」
ム意識に首のアザをおさえている
カイの長い指先が、震えていた。
その先を聞くのが、ひどく怖かった。
洋一の口から出てくるその話は
つい今朝がた
自分の部屋で聞いた告白と、
あまりに 似ているではないか。
「そんなハズ ない・・
・・ そ んなハズ・・・」
カイは必死だった。
その2つの物語のパズルが、合わさってゆくのを
くい止めたかったのだ。
「そしたら 誰かが悲鳴をあげて・・。
行ってみると、人混みが引いて行った後の
フロアの隅っこに
ヒナが 倒れてたんすよ・・。」
「ノゥ!」
ジェシーが叫ぶ。
「倒れてるヒナが見つかった時には
もう首から すんごい出血で、
これはヤバイ!って 救急車呼んだんです。
店の人が慌てながら
応急処置とか、必死にやって・・・!
あ、オレ達いっしょに 救急車に乗ろうとしたんすけど、
バンドのスタッフが付いていくからって
閉め出されちゃったんです。
それ以来、オレら誰も
ヒナと、連絡取れなかったんすけど・・」
洋一の言葉は、
霧の中に 吸い込まれていくように、
もうカイには、聞き取れなかった。
自分の中のム意識が、
自分の大切なモノを 護るために
思考回路を
白いヴェールで覆ってゆく。
「そのバンドって・・・?」
カイにはとうてい
切り出すことのできない問いを、
ジェシーが代わりに口にした。
「ああ、
ジェシー昨日逢っただろう?
あのジャズバーで、ピアノ弾いてた・・」
その言葉と同時に 店のドアが開いて、
銀髪の少年が
少し照れくさそうに、入って来た。
「オウジが歌ってたバンドだよ」
「・・・・・!」
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




