84、破壊と創造の神話・2
ベッドに下ろされ、
オウジは、小さな猫のように
体を丸めこんだ。
熱い。
体中、
心まで。
「・・命ってさ、
生きるように できてるんだよ。」
カイは、ヒナの祭壇に生けてある、
一輪のバラを見つめた。
オウジは耳だけを、傾ける。
「 知ってる?
地球なんてさ、氷河期が来たり
巨大隕石が落ちたりして、
90%の生物が死滅したことが、何度もあるんだって。
でも、その度に生き残った生命が、
進化して 生き延びて
また新しい種ができて、 命が続いてゆくんだ。
何もかもを 失ったように見えてもさ、
きっとボク等は、生きるようにできてんだ。
命って強いんだよ」
「 じゃあ・・
なんで、ヒナは死んだんだよ・・・」
それをコトバにした途端、
夢想の中の白い羽も、パステルカラーの風も
みんな消えてしまった。
ふたたび何もなくなった 乳白色の空に、
オウジは、ぽっかりと浮かんだ。
カイはベッドに腰かけたまま
横たわるオウジを 見下ろしてる。
「 命は、・・神秘だよ。
100歳で元気な人もいれば、
子どものうちに 死んじゃう子だっている。
余命宣告されてから 奇跡的に治る人もいるのに、
転んだだけでも、
打ち所が悪くって 死んじゃう人もいる。
ボクは 思うんだけど・・
きっとさ 1人1人の人生に、
その人だけの時間と、意味があるんだよ・・」
「・・・」
アトリエの壁にカイが描いた一面の桜が
ほのかに香り、
2人を包みこんでいる。
オウジは眼を開けても、どこが現実かわからない。
「ボクは・・
NYに来てから、天使ばかりを描いてた。
ヒナの人生は 幸せだったかな?
誰かを愛していたろうか?
ずっと、アイツの事考えながら・・。
でも、どれだけ彼女を描いても、
今となっては 確かめようもない。
ヒナの人生の意味は、
ヒナにしかわからない・・」
オウジは、見るのをためらった。
ヒナの話をする時、
決まってカイは遠い、哀しい目をするのだ。
それでも、見ずにはいられなくて
見上げたカイの瞳は、
違った。
凛と 澄み切っていた。
「 過去は変えられないよ。
失った人も、戻らない。
でも大切なのは、
ボク等が、生きてるって事だ。」
――・・生きてる こと ?
「 生きてるから、
今を、変えて行くこともできるんだ。
だから、ボクは決めたんだよ」
その声を 深くカンジる。
強くもあり、穏やかでもある、
ヒナに似ていて、ヒナではない
オウジがNYで 出逢った
サカモトカイという、
ひとりの オトコの声。
「 ボク自身を、
幸せに、生きる事に決めたんだ 」
海の底から 聴こえてくるような
碧い声。
「 ボクはここで、
ショウゴさんやローズ・・
みんなと出逢って 気づいたんだ。
幸せってさ、
たまたまやってくるものじゃないんだ、
自分で、作り上げるものなんだ。」
浮かんでくる、ショウゴの黒い顔。
心だけが やたらと乙女な、
ゴツイ中年のオヤジだ。
アイツの人生は、どんなだったんだろう。
自分の体と 心のギャップを
受け入れるのは、しんどかったろうか。
あの エセ女優なんか
家族も子どもも捨てて、
マンハッタンで 必死に舞台にしがみついて
いつまでも売れなくて、
呑んだくれて、喰って、吐いて、
サイテーのクソババアじゃねーか。
―― でも きっと・・・
もし明日、隕石が落ちて
地球が 滅亡したとしても
ローズは笑って、死にやがるんだ。
ああ、やったわ・・
アタシは 精一杯、自分を生きてやった!
とかって、
天に向かって 叫びやがんだ。
カイの長い指が
オウジの乱れた前髪に、そっと触れた。
幼子を寝かしつける、母のように。
少し年上の、兄のように。
「だからオウジ君も、幸せになって欲しい。
自分で、
幸せになる事を、選んでほしいんだよ」
幸せに 生きる・・。
オウジにとって、それは
思いもつかない
遠く離れた キーワードだ。
「・・オウジ君まで ドラッグに奪われたら、
ボクはまた、 悲しみのどん底だ」
「・・・なんでだよッ!!」
ふいに込み上げてきた切なさで、
思わずオウジは、ベッドから跳ね起きた。
「なんでそんな事言うんだ!
なんでオレに・・
キレーなモンばっか 見せんだよっ?!
天使も・・朝焼けも、星空も・・・!
そんなもん
オレに見せてどーすんだよッッ・・・」
そう吐き捨てた唇を、きつく噛みしめる。
「・・・ オレはもう、
なんにも創れやしないのに!」
「嘘だ。」
目と目が、繋がってる。
湖のように静まり返った、
カイのまなざし。
思いのたけを ぶつけている筈なのに。
オウジの恐れも、苛立ちも
何もかもが、吸い込まれてしまう。
この上なく静かな、
彼の瞳に。
「キミはいつも、当たり前に
風の中から メロディーを紡ぎ出してるだろ?」
「それは、アンタが隣にいるから!」
思わず、
吸い込まれそうな彼の瞳に、とき放った。
「カイがいるから・・!
コーヒーの苦い味も
風の歌も、
アンタがいるから
取り戻せるんだ・・・!」
揺れる黒い瞳から
体中に惑っていた、この熱を。
「・・ボクもだよ。
オウジがいるから 見えるんだ。
朝焼けも 煌めく星空も
キミの音が、見せるんだ。」
カイのまなざしが
暖かな、波が
淡く、オウジを包み込む。
「 世界が壊れて、
何もかもが 無くなったあと
キミは何を 歌うのかな? 」
「・・・っ・・」
上体を起こしていたオウジの腕が、
体を支え切れなくなって、グラついた。
「ホラぁ、
ちゃんと寝てろって。」
しょうがないな、と笑って
伸びてきたカイの腕が、
オウジを再びベッドに 横たえた。
肌に触れる
ひんやりとした、シーツ。
熱に浮かされている今だから、
カン違いでもいい。
同じモノを、カンジてる。
互いの中にしか見いだせない
特別なモノを
目の前にいる、この人とだけ。
ただひとりだけ、
世界を 分かち合える人が、
ここにいる。
小さな熱いバイブレーションが
音もなく オウジの体に広がった。
それは、見てくれのいいオンナと体を繋げるより
ステージの上で、
何千人に 崇拝されるより
オウジの胸を満たしてくれる、
確かな 幸福だ。
この胸のふるえを 逃したくなくて、
オウジはそっと、目を閉じる。
今だけでいい。
その声を、
まなざしを
自分だけの モノにしたい。
命が生きるように創られて
人は 愛を知る。
世界は、
破壊と 創造の繰り返し。
だから
今だけでいいんだ。
「 カイ・・。 」
眼を閉じたまま
一度だけ、呼んでみる。
「いるよ、 ここに。」
歌ってもいいのかな。
オレ、
幸せになんて
なっていいのかな。
2人がすっかり忘れている イヴの宵に
クリスマスソングが、
静かに部屋を 流れてく。
窓の外では夕闇が
夜へと
姿を変えようとしていた。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




