83、破壊と創造の神話・1
乳白色の空。
ところどころに 淡く
虹の7色が溶け込んだ、
どこかで見た空。
天使が ぽっかり浮かんでる。
そっか、
ここはカイの描いた、 空の中なんだ。
天使が、その白い羽に お似合いの
ふんわりと 柔らかな微笑みを
オレに向けてくる。
――カイに 似てる・・・。
あの日、
NYに着いたばかりの夜に
8丁目の路上で 出逢ったヒナよりも
今日のヒナが、人間らしく見えるのは
なんでかな。
――・・・?
ふいに懐かしさが、オウジの胸を訪れる。
―― アンタ・・ どっかで、逢ってる・・・?
ヒナは微笑って カイよりも少し小さ目な、
その手のひらを 差し出した。
あれ、オレもテレパシー通じてる?
そっか、 ココ 天国だもんな。
そっと開いた彼女の手から
白い小さな羽が ふわりと舞いあがる。
魔法のように、
ヒナの手のひらから生まれてきた 沢山の羽たちが、
彼女を讃えているように、その周りを 浮遊する。
甘ちょろファンタジー過ぎだって。
そして揺らぐ風に乗り、
今度は オウジのところまでやって来た。
しょーがないか。
だってココは
アイツの描いた天国だから。
羽が舞い踊るその向こうに
小さな部屋が、ぽうっと浮かび上がる。
その小さな部屋には、 ほんのりとゆずが香っていた。
幼いオウジが カゼで寝込んだ時に母親が作った、
ゆず茶の香り。
流れているのは、父親の大きな 指先が奏でる
おもちゃのピアノだ。
「ヨンジャ、見ろよ! この子は天才だ!!
弾いてみせた曲は、すぐ覚えるぞ!」
「フフッ や~ね~。
まだ言葉もしゃべれないうちに、
親バカなんだから。」
嬉しそうな、父親の声。
オウジの耳は、彼の声を 記憶してる。
そこにいる小さなオウジが見上げている、
2人の笑顔。
父親の顔は、曇りガラスがかかったように
ぼやけていて、
ここからは、よく見えない。
ストーブの 炎が揺れて、
その上に掛けられたヤカンから、お湯がシュンシュンと
小気味いいリズムで、湯気をたてている。
母親の、軽やかな笑い声。
橙色の灯りに照らされた、
小さな部屋。
――ああ そうだ・・
こんな頃も
あったっんだっけ・・
オウジは、おだやかな風に包まれる。
不思議なことに、
父親の記憶に いつもついてまわる
どす黒い感情が
キレイさっぱり見当たらない。
心がシン、と澄んでいる。
きっと体中のすべての 戦闘モードは、
風邪のウイルスをやっつける事で、
今は 精一杯なんだ。
だから、心の中は 休戦中。
そう
あの頃は、暖ったかかったんだ。
父親のことも
音楽も。
世界はいつも、失われるハズのない
愛おしい物で あふれてた。
白い羽が
雪のように 舞い降りる。
カイの描くパステルカラーの風にのって
羽たちが、
そのふちを 淡く虹色に染めながら
舞い 踊るのを、
オウジは 切ない甘さの中で
ぼんやりと、眺めてる。
「 いい夢見てるんだね? 」
いつの間に戻って来たのか、
夢の向こうから
聞きなれた声がする。
目を開けたココにいるのが カイなのか、
降りてきたヒナなのか
オウジには、わからない。
「 ん・・。」
なんだかスナオに 返事もできる。
だって今は、夢の中だから。
時間も喧騒もなくなった、ゆるやかな時の中に
オウジはただ、身をまかせてる。
カイの好きな 桜色や
ミントグリーン、すみれ色。
パステルカラーの風が
オウジに触れては、
消えてゆく。
「ホラ 口開けて。」
カイがローズからもらってきた 解熱剤を飲ませるために、
オウジのアタマを、抱き起した。
「う・・ ン・・」
全身ダルくて、抵抗はムリ。
だから 動かない体を言い訳に、
カイの腕を受け入れることが、
今ならできた。
ラジオから流れる曲が
大きくなったり、小さくなったり。
オウジの耳に 歪んだ音が訪れて、
くすくすと耳元で
笑うように 過ぎてゆく。
コップを口にあてがわれ、
口に入れられた2錠の錠剤を オウジは飲みこんだ。
冷たい水が
オウジの体を、洗い流すように下りてゆく。
ぐったりと体を預けてくるオウジを
カイは、そのまま抱えてる。
愛しくて。
いつも ニクまれ口しかきかないキミの、
何もかもを ゆだねてくるその姿が
まるで、小さな子どものようで。
「オウジ君のピアノ曲、カッコよかったな。」
「・・聴いてた の・・・?」
オウジは 夢うつつ。
「最後の方だけ。
でもわかる。
13丁目に近づくにつれて、空気が濃くなって
ビリビリして、
亀裂が入ってるみたいだった。
すぐにわかったよ、
ああ、これ オウジ君だって。」
「 ・・・? 」
まぶたを開いて、瞳で訊いてみる。
きっと カイにも通じるから。
「オウジ君は、シヴァみたいだ。」
「・・・ な に・・?」
「破壊神シヴァ」
「 破壊の・・ 神・・?」
「そうだよ」
ヒナの祭壇のバラの花びらが、一枚落ちた。
自分の位置からは、
背後になっていて 見えないハズなのに
なぜか、オウジには それがわかった。
「シヴァは
世界を作り直すために
全てを破壊して、 ゼロに戻すんだ」
「・・破 壊 ・・
すべて・・を?」
「シヴァはインドの神なんだ。
大洪水が起きて
川沿いの 何もかもが流されたら、
世界の全てが
失われてしまったように 見えるだろ。
でも、
洪水によって そこに運ばれてきた豊かな土から
土壌が育ち、また反映する。
自然界は 尽きることのない
破壊と創造の 繰り返しだ。
シヴァは、
破壊と創造の神 なんだよ」
「 ・・・ンな
カッコイ もんじゃ ね ーだろ・・っ
オレは・・。 」
切れ切れにしかならない言葉を、
なんとかすくい上げて、オウジは目を閉じる。
カイにまで神格化されるなんて、まっぴらだから。
その閉ざされたオウジの瞳を
カイはまっすぐに
見下ろした。
「オウジ君はきっと、
ブチ壊さなければいけないもの、
突き破らなければいけないものを
たくさん見て 感じて来たんだ
だから、
その激しい想いに 突き動かされていたから、
キミの歌に 大勢の人が心奪われて、
共鳴したんだ。
・・違うかな? 」
キッチンにあるハズの 時計の秒針が、
耳元に 大きくこだまして聞こえる。
カイの居るこココは
確かに時間が流れて、
現実の世界に属してる。
「 オ レは 壊すだけだ・・
アンタ と違う・・・」
「ボクは知ってる。
キミの 本当の歌を」
「・・・・」
カイはやさしく目を閉じて、
出逢ったあの日
8丁目のヒナに歌っていた
オウジの声を、耳元に呼び起こした。
「言ったろ?
一瞬で、ボクは落とされたって。
オウジ君の歌声は、特別だ。
音が 金砂みたいに輝いてる。
その、ハスキーな声に
たくさんの光が 宿ってるんだ。
ピュアで、深くて、強くて
そしてエロティックで・・
それは、オウジ君 そのものだ。
・・キミが どれだけトガっても、
汚い言葉で 毒づいても
キミの中にある、確かな光を
ボクは いつもカンジてるよ。」
「 なに 言って・・・ !
バっ カじゃねーの?
触んな 下ろせ、
この、クソ甘野郎・・っ! 」
「アハハッ!
そのセリフが出れば、もう大丈夫だね。」
動かない体で、
精一杯、力の限り、悪タレる。
いつものセクハラなジョークより聞いてられない。
タチが悪い。
だって
アンタのそのコトバが、
ホンキだってわかるから。
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