77、モーニング・ペリエ・1
閉じたまぶたの、まっ黒な視界。
ソコが、やんわりと明るみを帯びて
一筋の光が届く。
とたんにオウジは、激痛で目を覚ました。
「 イッッテ ぇ・・・。 」
アタマはガンガン鳴り響き、胸はムッカムカ。
あー、
コレ 二日酔いだ。
乳白色の朝の光が、
ロールカーテンの向こうから 射してる。
めずらしく、本当に早い時間に 目が覚めたみたい。
ベッドにネコロがっている、自分の50センチ先に、
カイが眠ってる。
あちら向きだから、カオは見えない。
その栗色の髪の 後姿を見て
頭のズキズキの向こうに、
昨日の奇妙なコトバが 蘇った。
胸に、さわさわとさざ波が起こる。
『 カイ
オレ 人殺しなんだぜ・・?』
『 偶然だね。 ボクもだよ 』
まるで 舞台のセリフでも言う様だったカイの
いつにもまして 端整だった微笑み。
それは、ホントの気持ちを 覆い隠すための
仮面なのだと、
もうオウジは知っている。
いったい何を想って、そんなコト?
全身のダルさで1mmも 動きたくはなかったが、
とても、コイツの横には寝てられない。
容赦ない頭痛に アタマをカチ割られないように
ゆっくりと起き上って、
オウジはフラフラと、バスルームへ向かった。
気づけば、着ているTシャツやブラックジーンズが
ドロやら何やらで、ヒドい汚れだ。
「 あーー・・?
オレ ・・ナニやらかしたっけ・・・??」
熱いシャワーの粒を 全身に浴びながら、
昨日の記憶を、掘り起こす。
―― BJの店で ジェシーに出くわして~~
そうだ、一緒にいた男が、
なんかオレのコト知ってて・・・。
ダウンタウンの どっかの店で~~
ラリった・・よな?
あれっ ・・
・・・それから・・?
その後がどうも定かでないが、
腕から胸から、エも言われぬ場所まで
激しいスポーツでも したかのような筋肉痛。
音階の怪しいピアノを、演奏したような気もしてきた。
あれは、ショウゴの店じゃなかったっけ。
ハッキリ浮かんでくるのは、
ショウゴの泣き顔と
カイの言葉。
『 偶然だね。 ボクもだよ 』
―― どーゆーコトだよ・・
カイが
人殺し・・って・・・?
オウジは数種類ある シャンプーのボトルから
ミントの香りを選んで
髪をガシガシと洗い、
ついでにそのまま 体も洗った。
キリリとした清涼感に包まれても、
胸のムカつきは現役バリバリ。
ああ、ドコかで、ウォッカを瓶ごと回し飲みしたな。
「クソッ! ドコのどいつだ・・
あンな安っすい酒、回しやがって!」
呑んだ自分のことは棚に上げ
大っきめのバスタオルで 雫を拭きながら
洗面台の鏡に映った 自分の首筋を見て、
ギョッとした。
誰かが噛んだ、歯の跡。
そいえば、なんか痛かった。
ひとつじゃなくて、ふたつ。
それからキスマークも、複数。
慌ててタオルで拭き取ってみるが、落ちるハズもなく。
―― ヤっっべえ・・!
記憶の片隅のスクリーンに、
ドコかのオンナの
黒いマニュキアの指が、ぼんやりと浮かんだ。
シルバーのネックレスで、
なんとかソレを隠そうとしてる、
鏡の中の自分と目が合った。
「なにアセってんだよ・・ ?!」
――歯型のひとつやふたつ、
別に、隠すことねーじゃん、
アイツだって、ヤロウなんだしよ!
キ、キスマークくらい・・!
開き直って バスルームのドアを開けると、
キッチンから、
いつもより芳ばしい コーヒーの香りがしてきた。
ドリップで淹れたんだ。
どうやら、アイツも起きてるみたい。
あーっと・・、どんなカオすればイんだ?
謎のセリフといい
キスマークといい、
オウジの足取りは ますます重い。
胸がやけに冷ややかなのは、
さっきミントのシャンプーで洗ったからだぜ?
「モーニン。
ゴキゲンはいかがです、オウジ様?」
涼やかな、いつもの声。
「サイアク・・・。」
二日酔いの朝の、フキゲンな返事。
「だろうね。 すっごいサケ臭かったよ、昨日」
「う~~~~
キモチ悪りぃーーーっっ」
力なくクローゼットまで歩き、
フリマで買ったグレーのスウェットパンツと
カイのワッフル生地の
Tシャツを出して 素肌に被る。
戦闘モードの服しか 持ってないオウジが
カイの服を選ぶときは、
ム意識に 休息モードに入っているときだ。
「じゃ、コーヒーよりこっちかな?」
カイが冷蔵庫から
ペリエのグリーンボトルを出して 栓を抜く。
半分に切ったライムは、
テーブルの向こうから投げてよこした。
こんな、いつもと同じ朝。
オウジのヒヤやかだった胸も 少しばかり、軽くなる。
「このライム、ショウゴさんが昨日置いてったんだよ。
明日は、サッパリしたものが 飲みたいだろうって。
さすがだなー オウジ君のコトわかってるなぁ~」
「ちっ・・ ニンプじゃねっつの」
一瞬、カイの視線が オレの首筋で止まったような。
気づいてないのか、
誰かとの情事をアバく その印を見つけながらも
ム関心を 装ってるのか。
って、
なんでそんなコトでハラハラしなきゃなんねんだよ。
半ばヤケクソな気分で ライムを皮ごとかじり、
キッチンカウンターの丸いストゥールに 腰かけて
オウジは冷たいペリエを口の中に、ブチ込んだ。
ほろ苦いライムの皮と 爽やかな香りが、
炭酸にハジけながら
ノド元を通ってく。
―― あれ・・? セーター
どうしたっけ・・?
ベッドの横に 脱ぎ捨ててあるはずのコートも
桜色のセーターも見当たらない。
うーん、そういえば
なんか昨日は ヤケに寒かった。
カイがお気に入りのマグカップで コーヒーを飲みながら、
ラジオのスイッチを入れた。
クラッシック音楽専門チャンネルに合わせると、
流れてきたのは、
煌びやかなモーツァルト。
「ヤメロよ この曲・・!」
「モーツァルト嫌いだったっけ?」
「この曲を好きだったオヤジが、嫌いなんだよっ」
「じゃあ、オウジ君の好きなボクが
この曲を好きだから、 プラマイゼロね」
「ああ~~?
何ワケわかんねーこと言ってんだ クソ宇宙人!」
「ハハハッ」
いつもの朝だ。
いつもの陽ざし、
部屋を満たしてゆく アメリカンコーヒーの香り。
でも、胸がずっとザワついてる。
触れることを戸惑うような 相手の痛みに眼をそらすほど、
オウジは大人になりたくないのだ。
「 アンタが殺した相手って、ヒナだろ 」
ラジオのチューニングを変えているカイの
指先が、止まった。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




