75、極彩色の闇・2
演奏を止めたいのに、
古ぼけたピアノを叩く、自分の指が止まらない。
まるで現在のオウジまでもが、
遠い過去の ライブハウスの渦に
呑み込まれているようだ。
何もかもがオウジそっくりの、ヤセた少年が
踊り狂う人混みの中を 突き進む。
「ンだよテメエ 邪魔クセんだよっ」
別の1人が、その少年を押し戻した。
「ああっ?! 引っ込んでろや このクズが!」
ヤツ等は 口々に罵り合いなが絡み合った。
周りの観客も2人をヤジり、
少年達の、行き場を持て余した 感情が次々に点火し
炎となって燃えあがった。
オウジは、それを知っていた。
オウジは彼らの 心の闇を、
巣くう狂気を、知っていた。
そして自分の歌声が
この狂気を 創り出しているコトを。
崇拝者たちの
自分をみつめる絶対的な、畏敬のまなざしが、
オウジを、ますます傲慢にする。
――そうだ もっとだ
もっと狂え!
怒りを 爆発させろ!!
喰らい付き合って噛み砕け!
ここにいる全員が 死ぬまでだッッ!!!
オウジの歌声で
破壊の熱に 突き動かされた2人の少年は、
どんどんエスカレートしていった。
周りの観客もエキサイトする。
ライブのエネルギーは 異様なまでに
ヒートアップした。
その場にいる全員が 破壊のエネルギーに同調し、
それは莫大な大きさへと 拡大する。
そこにいる全員が狂っていた。
ただ1人を、除いて。
やがてオウジそっくりの出で立ちの
ヤセコケた少年が、
鋭く光る バタフライナイフを振り上げた。
どよめきと悲鳴が上がったが、
演奏に 書き消されてしまう。
「・・・ォレは オウジだ・・!」
ブツブツ呟いていた少年が、そう叫んだ。
彼は瞳孔が開いた 焦点の定まらない目で、
相手の少年を捕えようと、
ナイフを振り回す。
その動きに反応した 観客の人ごみが
波紋のように蠢く。
それは 何度も何度も、
オウジの夢の中に 訪れている光景だった。
「ダメだ・・!
それ以上、歌っちゃダメだ・・・!!」
ピアノを弾いているオウジが 必死で叫ぶが、
届かない。
「ク クソッ・・!」
自分を地中に 引きずり込もうとして来る
ベースの音に、必死で抗って
なんとか鍵盤から 指を離したオウジが、
その音のもとに駆け寄って
彼の肩を揺すった。
「ジュンギ やめろ、止めてくれっ!!」
振り向いたベーシストのジュンギが、
薄笑いを浮かべてる。
「やめる・・?今更?
裏切ったのはオマエだろ?」
「何言ってんだ 、今はそれどころじゃないだろ?!
あのオトコを止めないと・・ッ!!」
「わかってるさァ
あのイカレ野郎が 起こした事件のお蔭で
オレ等は解散するのさ。
事の罪は、ぜーーんぶオレ等にかぶせて、
オマエは1人で メジャー行きだもんなァ?」
いつの間にかオウジは
バンド仲間の3人に散り囲まれていた。
バンドの爆音は、鳴り響いている。
だが、演奏しているハズの彼ら
――ベースのジュンギ、
ドラムスのクロウ、ギターのジン――は、
突っ立ったまま
オウジを冷やかに見下ろしていた。
――えっ? ・・ど、どうなってんだ
ライブは・・?
そう頭をよぎった瞬間、オウジは別の場所にいた。
そこはいつも、バンドの練習をしていた、
廃墟と化した倉庫の中だった。
取り残されたドラム缶や、パイプや
鉄鋼の機材が 雑然として、
クロウがバイトで やっと買い揃えた
ドラムセットがある。
ビールやコーラの空き缶が
ホコリにまみれて転がっている、
懐かしい場所だった。
「裏切り者ッ!
そんなにテッペン取りてえかよ」
これもまた、悪夢のなかで何度も聞いた
ジュンギのセリフだ。
半分開いた 錆びたドアの向こうから
セミの声が、滝のように降り注いでる。
むし暑さが、体にまとわりついてくる。
「ああ 取りてえよ!
オマエ等だってそう言ってたじゃねぇか!」
イラ立つオウジの声。
―― そっか・・ ここはZerOが解散した、
あの、夏の日だ・・・。
「そうさ、オレ達ずっと4人で
そう言ってやって来たんじゃねえか・・。 」
こんな時でも 冷静なリーダーのジンが、
短くなったタバコを、投げ捨てて言った。
「それがなんでオマエだけ残って、
オ、オレ等全員 切られるんだぁ!?」
オーバーなアクションで
クロウの逆立てた、髪が揺れる。
いつも情緒が不安定なのは
シンナーを常習しているせいだ。
「オレが知るかよッ!」
――そうだ、オレは本当に知らなかったんだ・・・!
「クロウ、無駄だぜ
コイツはそういう奴さ。
テッペン取るためなら、手段なんか選ばねんだ」
ジュンギが嗤う。
「だからって・・・信じらンねえよ
ここまで来て、オウジがオレ達を 裏切るなんて・・」
ジンの握りしめた両手に、力がこもる。
「だから、オレは何も知らねえって言ってんだろッ?!」
「お、おかしいと思ったんだぁーー
血がブワァ~って出て、き、救急車が来て、
あんだけ大騒ぎンなったのに
事件の事、ちっともウ、ウワサんなんねえしよぅ~」
「おーかた 事務所の社長が
金で揉み消したんだろ?
でも、社長が欲しかったのは
オレ達のバンドじゃなくて、
オウジだけだったって事さ!」
「オ、オウジは社長の お気に入りだからなぁ~
くくっ・・オマエ、あのインポ野郎~
た、たぶらかしたんじゃねぇのかよぉ
得意の エロい目つきでぇ」
「ンだとこの野郎ッッ
もういっぺん言ってみろっ!!」
クロウの胸ぐらに掴みかかる オウジの横で、
ジュンギが冷然と、吐き捨てた。
「しょせん最初っから
コイツは仲間なんかじゃねえのさ!
同胞じゃねーんだ。
・・・オウジの親父は、ニホンジンだからな」
その言葉だけが、
エコーでもかかっているように、
オウジの中でこだました。
聞きたくはなかった。
仲間だなどという、甘い感情を持った事はないが、
それでも 在日韓国人である彼らとは、
同じ痛みを持って、ここまで歩いて来てるのだと
どこかで信じたかったのだ。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




