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73、漆黒のクイーン・3





「痛ッッ・・ てえなァ・・・!」





古ぼけたピアノに叩きつけられ


背中に走った痛みで、オウジはカオを歪めた。






「弾きな!!クソガキっ」




「あ~っ? 弾けるかよっ バーーカ」




「汗水流して働きやがれっ!! 


酒かっ食らってクスリやって 女オモチャにして、

た~~だ暇つぶしのために 生きてっから


オマエみてーな、クソガキが出来上がんだ!

 


オマエも ミュージシャンのハシくれなら


猫ふんじゃったでも何でも、弾いてみろッ!!」






「あれえ~、知ってるのぅ?

ボクちゃん ギャラ高いのよォ?


ピアノは専門外だから、超~上乗せだけどぉ~?


ギャハハハッ」





「ふん 

そうやってまた、逃げる気かよ?」





ショウゴは、凍った目で見下ろした。





「どこまで行ったって 逃げられるもんかよ!!


オマエなんかな、一っ生~~ カイのヒモだ! 

このロクデナシっっ!!!」





ガ・ガガーーーーーーンッッッ!!





ピアノが凄まじい音をたて、



鍵盤を叩いたオウジの拳が、


そのままブルブルと 震えていた。






「いいやがったな イカレカマ野郎・・・ッ」





オウジの眼の放つ 青い火が、


一直線にショウゴに飛んだ。






「後悔すんなよ カマじじい!! 


テメエの店、ぶっ潰してやるッッ!!!」







そして、それは一瞬だった。






ドーーーンという、鈍いピアノの音が 店内に鳴り響き、



空気が揺れ、


店中みせじゅうの灯りが消えた。




落雷とともに電源が落ちた・・・、


のだとショウゴは思った。




いや、


ちゃんと点いている。






一瞬、暗闇になったように見えたのは、


空気の色が まったく変わってしまったからなのだ。






その張りつめた空気の中で、


誰にも 聴き取れないような早さの


ピアノ曲が展開している。





曲というより、



押し込めていた感情を 吐き出したような


音の羅列だ。






激しく体をゆらし、床を踏み鳴らし、



全身全霊を、鍵盤に叩き付けて





オウジは自分の感情を 


音に変えた。





そして、あっという間にそのメロディーで、


残っていた客とスタッフ、




そこに居たすべての人の心臓を


ワシ掴みにして、



自分の世界に引き込んだ。






ショウゴは理解した。




一瞬でオウジが


店中を、闇の中に 突き落としてしまったのだ。







「 な、何なの 


   この子・・・ っ  」






健康を絵に描いたような、


筋肉質のショウゴの背中に、冷たい電気が走った。





驚いたことに、


オウジは、調律されていない 


ピアノの不協和音を逆手にとって




すぐさま使いこなし、



重く、破滅的な曲調に


さらなる深みを 与えていた。




店の中にいる全員が、


身動きひとつできない、緊迫感。






「 な、なんか・・オウジから 


青い火花が・・  散ってマセンか・・? 」






ごくりとノドを鳴らしたキースのタワ言も、


この時ばかりは 妙に言い得ていた。





オウジの生み出したメロディーが




聴いてるものを


ぐいぐいと地の底まで、引きずり込んでいく。






「シ・・ショウちゃんマズいデスよ 

こんなヘヴィな曲・・!


まだ お客さんいるのに・・・」





「アタシ ・・なんか  息苦しい・・ ?」






アルバイトのリカが そう言って胸を押さえたが、


その眼は、オウジを見つめたままだ。




逃れたいが、


離れることもまた、できない。





彼の奏でる 圧倒的な音は、


残酷で、




どこかが 甘美なのだ。







「・・カイちゃんと ツルんでる訳だわ・・・


    この子・・




   なんて子なの・・!!」






ショウゴは、ゴクリと唾を飲み込んだ。






何かに取り憑かれたように


オウジのピアノは続く。




まるで、赤い靴を履き、


踊ることが 止められなくなってしまった、




童話の少女のようだ。







「 なんて激しくて・・・



   悲しい曲かしら・・。 」






やがてショウゴの胸の奥で、


しまい込んでいた何かが、



ずくずくと うずき出した。




そしてショウゴの心臓の真ん中から、


ドロリと 澱んだ液体があふれだす。







「 えっ  な・・ 


    何 なの・・? 」






ぐにゃりと、ショウゴの視界が  歪んだ。



そして 忘れもしないあの顔が


目の前に現れた。







「 お父さん ・・・っ ! 」










警察官の父に、憧れていた。







疑う余地もなく、自分もまたその道を選んだ。




青年期にゲイである事を自覚しながらも、


ひた隠し、




塗り固めた心の奥で、本当は 



悲しみが煮えたぎり


出たがっていることを 知っていた。




そして、すべてを捨てて


この街に流れ着いたショウゴは 




安い給料で皿を洗い、床を磨き、


笑顔の上に 笑顔を重ね、



なんとかこの店を持つまでに 至った。




そんな、せわしない日々の中で、


振り返ることを許さなかった、悲しみ、


痛みが、






ゲイだとカミングアウトした時の



父親の自分を見る


さげすんだ、あの目が






今、いきなり目の前に現れ、


ショウゴを体ごと 呑みこもうとしてきた。








「 い、いけない・・っ !! 」






ショウゴはぶるぶると、思いきり首を振った。





現実の店の中に、我を取り戻すと



棚に並んだ酒瓶が、カタカタと揺れている。




オウジのピアノは、大音響で続いていた。






そして、ショウゴは 奇妙なものを見た。





キースは青ざめ、


リカの指先は震えていたが、




エンリケも、運悪く居合わせてしまった客も、


みな同じ 



無表情な目をしているのだ。





それは、たった今まで 自分がそうであったように




1人1人が


自分自身の見たくない 心の迷宮に、



迷い込んでしまっているさまだった。





そしてオウジもまた、


完全に 自分の闇の中にいた。






「チクショウ   



  チクショウっっ・・!!」







オウジの叩くピアノは、どんどん激しさを 増していく。




ショウゴは息をのんだ。



首筋にじとっと、


イヤな汗が 滲み出てくる。







「 ・・なんてこと・・  


  この子  





  て  天才だわ ・・! 」







オウジの 飛びぬけた感受性が生み出す 


音楽と言う奇跡を




今、店の中の全員が 目の当たりにしていた。






たぎるような怒りも


突き抜ける悲しみも




哀愁も    絶望も






誰もが持っている 負の感情を


 

これほど深く


感じているからこそ




聴衆はみな、こんなにも


この少年に 引きずり込まれるのだ。






でも、あらゆる苦悩に


こんな傷みを 感じているのだとしたら・・







はたして


まともな精神状態で いられるだろうか。




人は、生きて ゆけるだろうか。





オウジは 誰かに理解され、



共感されることが、あるだろうか。







「ムリよこんなの・・・ !  



 こんなの 


誰にも わかるワケがない・・。」








その孤独が音に乗って


ひしひしと ショウゴに押し寄せる。





才能とは孤独であり、 残酷なものだ。







「こんな孤高の闇の中に・・

    


   いつも一人で


閉じ込められてたっていうの・・?」







自分ではどうにもできずに、


ずっともがき苦しみ 




彼もまた傷だらけで


この街に辿りついたのだろうか。






『 い~~んだよぅ


  死んじゃうんだから~・・・ 』






1番街で見つけた時の、自嘲するオウジの顔。






「この子・・・ 

あのまま放っておいたら・・

 

ホントに 死んじゃう気だったんだわ・・・」





ショウゴの心臓が、ギュウッと締め付けられ、


涙が突き上げた。






「と、止めましょうショウちゃん!! 

 もうヤバイですヨ!」





止めに入ろうとしたキースの腕を


がっしりと、ショウゴが掴んだ。





「駄目よ! 止めちゃダメ・・・!」




「えっ・・?」




「あの子の中で、何かが起きてる・・!

今止めちゃだめだわ・・・!」




「で、でも・・!」






その時ショウゴが、ハッと目を見開いた。






「カイちゃんよ! 

カイちゃんを呼んで頂戴! キー坊、早く!!」





「カイ・・? どしてカイを?」





「カイちゃんだけなのよ、きっと

・・・この子の心にまで 手が届くのは!


  早くっ!!」






キースは強張った顔で、うなずいた。




そしてドアを開け


店の外に出たキースは、




そのままカイの家に向かって、まっすぐに走った。







---------------------------------To be continued!



このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。

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