72、漆黒のクイーン・2
午前1時を回って、
ダウンタウンには分厚い雲から、白い物が落ち始めた。
気温がキリリと下がってる。
「あーーーっもう、寒いわねっっ!!」
ショウゴはコートの襟を立て、
雪の降り始めた歩道を
滑らないように気を付けながら 急ぎ足だ。
「ハンさんのお店が開いてて、助かったわぁ」
足りなくなった食材の
買い出しの帰りである。
これは忙しい店を放っぽらかして
カイの部屋で油を売っていた、
ショウゴに与えられたペナルティ。
店長といえど、気の強いオンナには勝てない。
「こんな寒空に 一番の老体に買い出しさせるなんて~
リカもキー坊も、愛がないわねっ!」
口をとがらせながら歩く。
一歩踏み出すその度に、
抱えた茶色い 紙袋の中で
ナンプラーとコチュジャンの瓶が
カチャンカチャンと、リズムを刻んだ。
アパートメントの入り口の、
固く閉じられたドアの前に
白髪が天然ドレッドになっている
ホームレスが、寝転がっている。
ショウゴがダウンタウンに住みついて10年、
こんな光景にも慣れっこになってしまったが
今夜の冷え込みは、
この老体には命取りになるだろう。
「ちょっと、おじさん!
雪降って来たわよ!
こんなトコで寝てたら 死んじゃうわよっ」
弱っている者を放っておけない オカン体質のショウゴが、
老人を揺り動かすと
彼は焦点のおぼつかない眼で、シブシブと立ち上がった。
よろけながらも、どこかへ歩き出す。
地下鉄の階段にでも 行くのだろう。
吹きっ晒しにあわなければならない道端よりは
マシなハズだ。
「やれやれ・・ グッドラックね、おじさん。」
その薄汚れた寂しい背中に、ショウゴは呟いた。
ここ、ダウンタウンの1番街は 国際色豊かである。
インド料理に、ドイツの立ち飲みビールバー、
日本の寿司バーなども、軒を連ねる大通りだ。
今夜は“ドロボー市”
――盗んだ品を売っていると、もっぱらのウワサ――
と、呼ばれるフリマも 路上いっぱいに広がり
人々が、ソコここの露店で
服や雑貨をひやかしては、賑わいを見せていた。
寒さに肩をすぼめ、
ホリデー気分に浮かれた若者たちと、
すれ違ったショウゴの足が、ハタと止まる。
何か心に引っ掛かるものが
視線のハシっこに、映ったような気がしたのだ。
振り向いてみたショウゴの目に、
案の定よく知っている
シルバーアッシュの髪が、飛び込んできた。
「オ・・・
オウちゃん・・っ?」
とりあえずミリタリーブーツを 履いてはいるものの、
雪のちらつく深夜の街に
部屋着同然な、綿シャツ1枚。
明らかにオカシイ。
街灯にもたれて座り込んでいるカオは青白く、
イシキがないように見えた。
「ち、ちょっと、どしたってのよ!!」
思わず駆け寄って、頬を叩く。
「オウちゃん!
オウちゃんっ、起きなさいっ!!」
「・・・
っっせ~~えなあー・・」
覗き込んだショウゴの黒いカオを手で払い、
オウジは道端に 寝転がった。
とりあえずイシキがあったことに、
ショウゴは胸をなでおろす。
「こらこらっ
ダメよ、こんなとこで寝てたら! 死んじゃうわよ!」
「い~~んだよぅ・・・
死んじゃうんだから~ クククッ」
「相当酔ってるわね! んもう、面倒くさいわ~~」
ヨッパライの扱いには慣れっこだ。
相手が若くてカワイイ男なら、
なおさら放っておけない ショウゴなのである。
「ホラ、帰るわよ 立って!」
「あ~~っ? 誰だぁ オマエ・・?」
「ショウちゃんよ! 忘れたとは言わせないわよっ!!」
うつろな瞳で、暫くショウゴを見つめていたオウジが
ハジけるように笑い出した。
「ぎゃ~~っははぁ
なんだオカマヒゲオヤジかーー ヒャッハハ~ッ
どーっから 降ってきやがったんだぁーー?」
「どこだっていいわよ! さあ・・・」
腕を掴んで起き上がらせようとした
そのオウジの首には、
チェリーピンクの口紅の跡と、
どぎつい香水の匂い。
「・・・ふん、安っすい口紅 ベタベタつけさせて!!
アンタもいー趣味してるわね!
もう~、こんな姿カイちゃんに
見せられないじゃないのっ」
「カイ~~ィ??・・・」
オウジの眼が開いたその一瞬を、
ショウゴは見逃さなかった。
グデグデのヨッパライ小僧を ひょいっと持ち上げ、
すかさず肩に担ぐ。
「うわっ!! ・・な、何しやがる?!」
「店に帰るのよ! アタシはまだ仕事中なの。
こんな所でヨッパライと 遊んでらんないのよっ」
「降ろせよバーーーーカぁ
オカマーーイカレポンチ――ブスーーー」
足をバタバタさせ、幼児さながら。
「ふんっ 何とでもお言い!
カイちゃんのいいコを 放っていくわけに行かないのよ。
まったくーーこんなになるまで呑んで、
このクソガキがっ!!」
オカン的ショウゴの怒りの半分は、
口紅の跡にメラメラ来た、オネエ的嫉妬でもあるが。
「もーーっ いったいどうしたってのよ?!
ピアノを捜しに、
意気ヨーヨーと 飛び出して行ったんじゃなかったの~?」
ショウゴは元警察官である。
がっちりしたガタイの柔道3段、
男の中でも、力はある方だ。
オウジを担いだまま6ブロック歩き、
自分の店に入るや、
たちまちショウゴは 一番隅っこのテーブル席に、
抱えていたウラブレ小僧を、どっさりと降ろした。
「あ~~っ 久々に力仕事しちゃったわ!
疲れたーーーっ
明日 筋肉痛んなっちゃう~っ
キー坊~~ おしぼり持ってきて頂戴~~っ」
店には満席時の 3分の1程の客がまだ残ってて、
始まったばかりの
クリスマスホリデーを楽しんでいた。
「筋肉痛ってのはな~~
若っかいヤツがなるんだよーーー
オマエはジジイだから
痛くなるのは3日後だつーのぉ~~ ククッ」
「んまっ! このヨッパライ
変なトコだけちゃんと聞いてんのね」
「いったいどしたんデスカ~?」
心配そうな顔で、おしぼりをたくさん
抱えて持って来るキース。
「ドロボー市で拾ったのよっ!」
オウジの首筋についている口紅を
ゴシゴシふき取りながら、ショウゴが答えた。
泥酔状態のオウジは、
ぐにゃぐにゃの赤ん坊のように、されるがままだ。
閉じた瞼の黒いまつ毛に ついた雪が
クリスマスイルミネーションの点滅を映し、
濡れて光った。
その唇に、どこかの女が残して行った
淫らなルージュが、
彼の赤ん坊のように なめらかな肌を
一層際立たせ、
そこから無防備に 放たれている色香の、
どこかミステリアスな匂い。
この、東洋の少年だけが醸し出す 神秘のエロスは
ショウゴのドストライクなのだ。
「や、や~ねこの子、
なんでこんなにセクスゥイ~なのかしら
・・・ちょっと得しちゃったかもアタシ」
「触んなデブっ」
オウジの固いブーツのかかとが、
ショウゴの胸をケリ飛ばした。
「俺はなー デブとぉ~ブスとぉ~
オカマが大っキライなんだよーーー」
「痛ったいわね~~。
もう、ヨッパライは大人しくしてなさい!!
・・ったくゴムくらいちゃんと付けたんでしょうねっ?
エイズなめてると死ぬわよ!」
ショウゴはおかまいなしに オウジを抑え込み
さらに力を込めて、オウジの顔を拭いた。
「ん・・?」
そしてその時、ショウゴの鼻がクンクンと、
シルバーの髪にかすかに残る
マリファナの匂いを嗅ぎ付けた。
「 ・・・ねえオウちゃん・・・
カイちゃんが悲しむようなことだけは、
しないで頂戴よね?」
「カイ~?
なんだよさっきから カイカイカイカイうるせーな!
オマエもカイ・サカモトの信者かよぉ~~?」
「そうよ。 あたしだけじゃなくてね、
カイちゃんはここらの住人みんなのアイドルよ、
マドンナよ!
傷つけたらタダじゃおかないんだからっ」
突然、オウジが跳ね起きる。
「バッカじゃねえの?!!
何がマドンナだ!
勝手に偶像作って、崇拝しやがってっっ!!」
いきなり大声で 怒鳴り始めたオウジに、
店中が驚いて 注目した。
「カイには いい迷惑なんだよッ!!」
ひとつため息をついてから、ショウゴが口を開いた。
「何にもわかってないのはアンタの方よ。
カイちゃんはね、そんなの百も承知よ。
こんな・・薄汚れた世の中で 傷ついた人間にはね
時に偶像が必要なのよ、
カリスマだろうが、アイドルだろうが、
マドンナだろうがね。
あの子はそれをわかって 引き受けてるの。
まだ年端もいかない
こん~~なちっちゃな頃からね!!」
「あ・・ああ! それって、
カブキのアクターだった時の事デスね?
3歳でデビューよね? す、すごいデスねーーっ」
この気マズイ空気をなんとかしようと、
キースが、店の真ん中で愛想笑い。
が、その気遣いも、一瞬で吹き飛ばされた。
「百年続いた伝統の重みが アンタにわかる?!」
「ハッ、知るかよっ!!
オマエの かわいーカイちゃんは
そっから逃げ出して来たんだろぉ~?
なのに、まだこ~~んなダウンタウンの
クッソみてえな店で アイドル気取りかよーー
ククッ ダッセーーー!
さっきの公衆便所みてーなオンナの方が
ずーーっとマシだぜぇ~~」
「・・・・・」
手を止めたショウゴから、
メラメラと怒りが立ち昇る。
キースはすかざず、2人の間に入った。
「あ、あのっ お水飲んだ方がいいよね?
ね? ホラ、オウジ・・」
が、キースの差し出したコップは、オウジの手で払いのけられ、
床でガシャンと砕けた。
「この街にはオカマと公衆便所しか
いねえのかよ~~
もっと上ー等ーのオンナ連れてこいよーーオヤジ。
俺はオカマじゃ、タたねえんだよぉ~~お」
そう言って、ショウゴの顔をびたびたと叩いて見せた途端、
オウジは宙に浮いた。
そして、ショウゴの太い腕に 胸倉をつかまれたまま、
店の奥に、連れて行かれた。
「シ・・ショウちゃん・・!!」
キースもほかのスタッフ達も、息をのむ。
普段は、くねくねオネエのショウゴが
怒りで男モードに入ると、
どうにも手が付けられないことを、皆が知っているのだ。
ガンッッと鈍い音がして、
オウジはピアノに 叩き付けられた。
--------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




