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70、月のない夜・3





月明かりの、まったく届かない


ダウンタウンの夜を



オウジは、やみくもに走りまわっていた。





真冬のNYの夜を、コートも着ずに


ただならぬ顔つきで 走ってゆく少年に



人々が眉にシワを寄せ、すれ違う。





ドコにたどり着きたいのか



自分がいったい 何から逃げているのかも


わからない。




考えるための脳はフリーズし、




ただ、オウジの足だけが




恐怖をエネルギーの源にして、


壊れた 機械人形のように、動き続けていた。







「ハァッ ハァッ ハァッ・・  

   

   っ・・!!」






冷酷な空気が、肺に入り込み、


オウジの胸がきしむ。




街を覆う灰色の雲は、


頭上からのしかかってくる脅威だ。




小さな罪人を、


自分を、




容赦なく押しつぶしてくる。







人通りもまばらな 交差点を渡ろうとした時、


オウジは車のライトに、



ハッと目を見開いた。





パッパ・パーーーッッ!!!





クラクションを大げさに鳴らされ、


まぶしさによろけたその先で、



オウジは人にぶつかった。





力なく転ぶ少年に、通行人達が振り返る。




ぶつかった相手である白人の老女は、



そのシワの上に、


さらに苦虫を噛みしめたような 表情を乗せ



オウジを見た。






そして、オウジの触れた自分のコートを


パンパンと手で払い、



シッシッと、赤い爪のついた手で


ノラ犬でも追い払うような身振り。






普段のオウジだったら、瞬間的に火がついて



相手がババアだろうと キングコング男だろうと


みかかっているところだ。




だが、コンクリートの上に 投げ出されたままになっている


その眼は、すっかりおびえていた。






―― なんで 

 オレを そんな目で見んだ・・?  



   オレがザイニチだからか? 

       オリエンタルだから?

 

    それとも





  ・・ 人殺しだから・・?!






通りゆく人々が立ち止り、自分を見てる。




ひとり、またひとりと 


白い眼球が 自分を取り囲み、見下ろしてくる。






――なんだ? ・・・コイツら  



     みんな、


   オレを

     知ってるのか・・?






オウジは、感覚のおぼつかない足で


じりじりと後ずさる。




背中を汗が、



冷ややかな嗤いのように 伝って落ちた。





街中が 自分を見てる。




空から雲が覆いかぶさり、じわじわと迫ってくる。





ダウンタウンは 一切の音もない。



そして、


老婆の囁きだけが聞こえた。






  コイツは 人殺しだ  



      と。





自分を取り囲んでいた たくさんの白い眼球に


いっせいに黒い瞳孔が 浮かび上がった。






「うわっっ・・!!」






途端に冷たいコンクリートから


黒い霧が、もわっと立ち上がる。




霧はみるみる広がり、オウジにまとわりつこうとした。






「 や、やめろ・・っ! 」






ガタガタともつれる足で、立ち上がり


また、走り出す。




だが、逃げても逃げても 


重たい雲が、




黒い霧が、追いかけて来るのだ。







『 ZerOのヴォーカルの・・』





 『 コイツは 人殺し 』






「やめろぉ・・っ  



   来るなっっ・・!!」







カイの声も BJのベースも




この世にある


美しいもの全てが 届かない。






「 ハァッ  ハァッ・・ ハァッ・・!」






オウジは独り、もがくしかなかった。






「  ・・あっ・・    ! 」






視界がすべて、黒いモヤで 隠されそうになった時、




赤煉瓦の壁に 打ち付けられた


パープルのネオン管の灯りが わずかに見えた。





“ mist and shadow ”





そう書かれたネオン管が、地下へと矢印を向けている。





―― どこでもいい、



      どこでも・・! !






息苦しさにむせながら、


オウジは、その店に続く階段を



転がるように駆け降りた。







階段に座り込んでいる、数人の人影と


風で 飛ばされて来たゴミを




吊された電球から、うす暗い灯りが 



心もとなく照らしてる。





狭い階段の 両脇のカベには、



店で行われている イベントのチラシやステッカーが


ベタベタと何重にも貼られ、




スプレーやマジックの落書きで


埋め尽くされていた。





うずくまっている人の陰は


みな、虚ろな目。





白くモヤっている煙は、マリファナだった。





荒い息をなんとか吐き出しながら、


オウジは


よろよろと座り込んだ。






マリファナの香りは 日本にいた頃の


貴章の部屋を思い出させる。





そこは決してオアシスではなかったが、




今のオウジには


やっと息のできる 場所だった。





のしかかる雲も、黒い霧も


ここには追って来ない。





ふうっ、と力なく 壁にもたれかかる。







―― ドコだ  



    ここ・・ ?






目の前に座り込んでいる 若いロン毛オトコは、


トリップしていて、



オウジに興味を示さない。






――・・・オレ・・  




  ・・なんで こんなトコに


    いんだっけ・・?







恐怖が通りすぎてゆき、 


脳ミソが、少しずつ動き出す。






―― そうだ・・ 



あのデブ女が 


変な日本人を 連れてきやがったんだ・・。







目の前に、


ぼんやりと浮き上がる 桜色。





ふるえる自分の両腕を、


カイの選んだ、桜色のセーターが包んでる。





切なさが、胸に込み上げた。







遠いのだ。







あんなに近くに居たはずのカイが  



今は、ひどく遠い。









 『 愛してるよ オウジ君 』








記憶の隅に 残していた



やわらかな、彼の声。







やめてくれ





アンタは  


オレのコトなんか ナンも知らないだろ 






オレは、正体を知られんのが怖くて


逃げ回るしかない



ただのドブネズミだぜ?





殺したオンナの呪いで 


声を奪われ 




歌えなくなった





もう、何の価値もねえ 


  

クズヤロウだ・・ !








彼の声によく似た、


やわらかな 桜色が




オウジを、ますます


いたたまれない気持ちにさせる。




思わずセーターを脱ぎ、


力任せに 壁に投げつけた。







「チキショウ ・・っ!」






両手でアタマを抑え込み、


オウジは そこにうずくまった。





薄いコットンの長そでシャツと


冷たいシルバーのアクセサリーだけになったオウジに、



たちまち容赦ない寒さが、襲いかかる。




ひとり、震える体を抱えた。






「アンタ 苦しいの・・? 」 






そのオウジの肩を、


黒いマニュキアの 細い指がつかんだ。





「こっちおいでよ」







---------------------------------To be continued!



このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。

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