68、月のない夜・1
「まったく~~っ!
ショウちゃんは、何処行ってんデスカーっ?!」
13丁目、多国籍居酒屋・SHOCHANの
カウンターの中で、キースが叫んだ。
ダラダラと、泡のあふれるビールグラスを
とっかえひっかえ、
キースは慌ただしく、ビールサーバーから
ビールを注ぎ続けている。
さっきまで1人の客もいなかったこの店は、
午後9時を過ぎるなり混み出して、
今や大盛況、
立ち飲みの客まで 出ている始末だ。
この晩のシフトは、日本オタクのおしゃべりキース、
スレンダーなロシア女のリカ、
陽気な南米系のエンリケと、
イカレ店長のショウゴ・・・
のハズであったのだが。
「おおかた、
カイの所にでも行ってるんでしょ?」
店を出て行った時のショウゴの、
両手いっぱいに抱えた愛情料理と
つやつやと黒光りしていた ニヤケ顔を思い浮かべて、
ドライなリカが、声まで無表情に答えた。
黒髪のベリィショートの彼女は
スカーレットレッドの口紅と、ツンとすました高い鼻が
タカビーに見える、クールな女である。
「呼び戻しマショウっ! 電話しまショウっ!」
「アンタ、カイの番号知ってるの?」
「・・・・」
カイの7丁目のアパートメントの部屋は、
みんな、知っている。
が、フシギなことに電話番号まで知っているのは
ショウゴとジェシー位。
そのジェシーも、あいにく今日は非番なのである。
「も~~~っ ホリデーシーズンなのに!
ショウちゃぉぉーーーん!!」
カウンター席に、たった今座ろうとしている
NYヤンキース帽の男が、アハハと笑った。
「オウ、キヨポン、イラッシャ~イ!」
馴染の客の登場に、キースは気を取り直し
熱いおしぼりを、キヨシに渡す。
「ハイ! 儲かってまんなぁ、キース」
ヤンキース帽のツバを上げて見せたキヨシは、
上キゲンだった。
ショウゴが店にいないのは、すこぶる好都合なのだ。
キヨシのボス、井上真由美――通称ヘビ女――が
血マナコになって捜している 少年、リ・オウジは
カイとツルんでいる、あの銀髪だ。
→→って事は、この店にも、当然ヤツは来てるハズ。
→→ここの従業員が、ヤツを知らないワケはない。
なら、なんで、オウジに関して
今まで ナンの手掛かりもつかめなかったか?
→→ショウゴに口止めされていたからだ。
そしてもしオウジが、カイに出逢う前に
髪を染め、服も変え、自分の素性を隠し通して、
ホントに、誰もヤツの正体を知らない。
のだったとしても、
→→逃亡中の、未成年でジャンキーのジゴロに
梨園の御曹司がカモられている!
ってコトだろ、
コッチも なかなかイケるネタじゃん。
キヨシはアタマの中で描いた構図に ほくそ笑みながら、
改めて、店内を見回した。
カウンターの向こうで
スペイン語で歌いながら 調理しているエンリケは、
英語も日本語も、カタコトのハズ。
テーブル席で忙しそうに
客の注文を取っているリカの日本語も、接客程度。
日本に留学経験を持つジェシーは、今日はオフ。
つまり今、
この店の中で 日本語がわかるのは
日本オタクで、しかもウワサ話が大好物の
キースだけなのだ。
これが、神の与えてくれた絶好のチャンスでなくて
なんであろう。
――ショウちゃんのいない所でなら、
キースはきっと ボロを出す・・!
キヨシは左の口端だけを引き上げて、
声を立てずに笑った。
「その後 ナンカわかりましたカ?
カイの事・・。」
しめた事に、キースの方から声をかけてきた。
もちろん秘密談義用の日本語、
そしてルンルンな青い目だ。
――ヨシ、
ちょっと カマかけてみるか・・・。
「あのさぁ ウワサで聞いたんだけど、
カイに 新しい恋人ができたってホント?」
「えっ コイビトですカ~? あっ・・・!」
「やっぱりぃ?
キー坊なら、絶~対知ってると思ったんだよ!
さっすが、早耳だなあ~」
「イヤっはぁ・・」
キースは白い頬を、ややピンクにして照れている。
スナオで単純なのが取り柄だが、
どちらかと言えば アダに成りがちなオトコだ。
「ブロンドの美女だって~? いいよなー」
「ノーノー、オトコですよ!
ブロンドじゃなくてシルバーヘアです!」
「え、そうなの?」
――やりぃ!かかった!!
「でもまだカレシじゃないと思うヨ?
仲のいい シンユウてとこデスネ!」
「なんでわかるんだよ?」
「カイはともかく、
相手の方はノーマルだって、言い張ってマスから」
「へーっ、そうなんだ?」
――チェッ デキてんじゃねーのかよ
つまんねえな。
「でもさ、一緒に住んでるんだろ?」
「みたいですネ」
「ソイツとは長いの?」
「ノー! 相手は、まだ日本から来たばかりですヨ」
「どんなヤツなんだろ? やっぱアート系かな」
「オ~ゥそうでデス!ミュージシャ・・・」
“ン”と言う前に、キースの顔色が変わった。
「オゥ~~ノ~」を言いかけた口が、
「オ」の形のまま止まっている。
「オオっ・・とぉ
イケナイイケナイ、
1番テーブルのお皿下げなくっちゃデス!」
むりくりゴマカして、
キースはそそくさとフロアの方に、逃げて行った。
その後ろ姿に、キヨシの目がねっとりと光る。
――日本から来たばかりの ミュージシャン!
あの銀髪は リ・オウジで間違いない・・・!!
零れ出てくる笑いを見られないように
レモンハイをグイッと煽る。
――ヤサは7丁目、カイの部屋だ!
もはや、事件のナゾを解いてゆく名刑事キブン。
さて、ここはもうひとネタ欲しいトコだが
キースはもう、ディフェンス態勢だ。
おまけにカウンターの中で、
大入り満員の忙しさに、引き戻されてしまっている。
キヨシは、カウンター席にいる常連客と、
当たり障りのない会話を交わしたり
フロア席に来ている女の子を 眺めたりしつつ
キースの気がそれて来る タイミングを待った。
そして、
「キー坊、エイヒレもらえる~?」
と、声をかける。
「ハイヨ~! エイヒレ一丁~!」
ショウゴの居ないカウンターの中、
ピンチヒッターのキースが
慣れない手つきでエイヒレを あぶり始めた。
「ゥアチチチッ・・・!」
店に広がる、換気扇に吸い込まれなかった分の
エイヒレの 香ばしい煙。
そして、アツアツのエイヒレに
マヨネーズを どっぷりかけて運んできたキースの耳に、
キヨシが、そうっと囁きかけた。
「あのさ、ココだけのハナシだけど、
絶対オレとキースだけの 秘密だぜ?
カイの実家の嘉川家ね、
・・・ちょっとオモシロイことが、わかったんだよ。」
「オモシロイこと?」
キースのゴシップに飢えた目が、命を吹き返す。
彼は、汚れてもいないカウンターをダスターで拭きつつ、
キヨシの方に、ダンボの耳をかたむけた。
「ソレ、どんなことデス?」
「カイにはさ、
妹がいたって知ってる? 双子の」
「ノー、初めて聞きマシタよ!」
キースの声が弾んだ。
――よっしゃ、食いついてきたぞ!
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




