65、煌めきの音・2
小さな光が波となり 重なり合って
やがて
それが海になる様に
街角でチョークを走らせるカイと
2人で創ってきた曲たちが
今、オウジの中で
熱を持ち
化けはじめる。
羽のように舞う雪と
ハッシュドポテトの香ばしさ
白いタイルを照らす 裸電球
古着屋の匂い
木々のざわめき
ほのかに香る
栗色の髪
酔っぱらった女の 尖ったヒール
ラジオから流れる フランス語
カフェオレの中に溶けてゆく
キラキラの シュガースティック
リンゴの酸っぱさ
クラクション
喉をつたうヘロインの刺激
いつも隣にカンジてる 美しい人
そして
このダウンタウンの街に
満ち満ちる
創造神の 光
オウジの中に降り積もっていた、
ひとつひとつの想いが、
混ざり合い
古びたアイボリーの鍵盤から
流れる音に
多彩な波を、加えてゆく。
いつしかオウジは
譜面を起こすことも 忘れていた。
ただ音楽の懐に抱かれて
オウジはたゆたう。
時だけがしずかに、
彼を通り過ぎて行った。
眼を閉じてピアノの調べの中にいたオウジは、
ふと、感じた。
大きな、暖かなものがある。
大海に浮かぶ小舟のように、
オウジの音は、自分とは別の
大いなるうねりに 導かれているのだ。
それは
自分の痛みや苦しみなど、
そこではまるで、ちっぽけであるほどの
確かな、何かだ。
―― ・・・ ?
うっすらと開いた目に、
ウッドベースの音を重ねてくる BJが映った。
「よう、久しぶりだな リトル・リー!」
ピアノの真横で笑う、黒いシワくちゃの顔で
オウジの意識が
イッキに現実に引き戻された。
「うわっ・・!」
一瞬、ピアノから離れた指に、
BJが“続けろ”と目で合図する。
アセリまくりつつ弾きながら
辺りを見回すと、
いつのまにか随分と客が入ってた。
まるで、店がOPENしてから
もう何時間も経っているようだ。
この店には珍しい音に、
「今日はフリージャズの日かい?」と
オモシロがっている客や、
演奏など気にも掛けず、
となりの客とのオシャベリに夢中のヤツもいた。
もやしバーテンダーは、
カウンターの中で
素知らぬ顔でカクテルシェーカーを振っている。
―― 弾いてても
イイ? ・・んだよな。
気を取り直してピアノに向かう。
オウジのアドリブについてくる BJのベースは
すこぶるゴキゲンだ。
自分の何もかもを受け止め、
包み込んでくる
この老人の奏でる音の、偉大さと優しさが
なんだかくすぐったくて。
「辛気クセー音出すなよ、クソジジイ!
くたばりぞこないの曲じゃねーんだぞっ」
「ハッハーッ
相変わらず口の減らねえ小僧だぜ!」
BJは、白い歯をムキ出しにして笑い、
今度は思いきりハズんだ音を 出してくる。
子どもが 初めて手にした楽器を
めちゃくちゃに、かき鳴らしてるみたい。
「ぶゎははっっ」
オウジも吹き出した。
そしてまた、オウジがその音に乗せて
ピアノの音を、踊らせる。
客席から「ピュ~ッ」という口笛と
歓声が上がると
背後から、ドラムスの軽快な音が入ってきた。
ドラマーはBJよりも 随分若い白人男性だったが、
それでもオウジの親の年齢くらいには見えた。
キレのいいタイコが、
刻む、時。
新参者のチンピラキッドと 老人の
勝手気ままなお遊びに
オレもつきあってやるよ、と
タイコの音が語りかけ
やがてオウジとBJ、
そしてドラマーの
鼓動が、ひとつに合わさってゆく。
――なんか、
ヘンだな・・。
地球の裏側で生まれ、
育った環境も
年代も違う3人が NYで逢い
黒と、茶と、ブルーの瞳の間で
たくさんのコンタクトが、交わされる。
音楽が、
ひとつの世界を紡ぎだす。
オウジの心も跳ねる。
音が、
春の波しぶきのように
きらきらと輝いている。
―― スっっゲぇ・・・
気持ち イイ・・・ !
手拍子だけでは モノ足りなくなった客が、
テーブルをパーカッションにして叩いたり
踊りだす中年夫婦がでてきたり
店の中は
みるみるパーティー騒ぎだ。
音を楽しむことを“音楽”と言うのなら、
感情を吐き出すために歌ってきた
オウジにとって、
それは初めての、“音楽”体験だった。
アンティークの椅子の背もたれに、
オウジが着てきた カイのカシミアのコートが
脱ぎっぱなしのまま、
かろうじて引っかかっている。
――ああ
アイツも 居たらよかったのに・・。
音に酔いしれて。
胸の中に
ずっと居座っていた 迷いの何もかもが、
溶けて行く。
「モスコミュールを2つね。」
店に入って来たばかりの男女2人連れの、男の方が
もやしバーテンダーに声かけた。
女の方は、ショウゴの店にいるはずのマシュマロ女、
ジェシーだった。
「えらく賑やかな店だね」
時差ボケで、少し眠そうな目をした男が
もの珍しそうに 店内を見回す。
日本から着いたばかりの、音楽好きの友人を、
今日はオフ日であるジェシーが、
ココに連れて来たというわけだ。
「どうしたのかしら?
いつもはもっと落ち着いたジャズなんだけど・・・」
「いや、オモシロイよ。
いかにもNY!ってカンジだ」
「なら、よかったわ。」
モスコーミュールのグラスを合わせて、
久しぶりの再会を乾杯すると
2人はしばらく 演奏に聴き入っていた。
軽快な演奏にノッて、
時差ボケも吹き飛んだかのように
楽しそうにリズムを取る男の、満足げなカオに、
ジェシーも嬉しくなる。
当の本人は知らないが、
彼はジェシーが日本に 留学していた時に、
ひそかに心を寄せていた 相手なのだ。
黒の革ジャケットをはおった彼は、
高校生だった当時よりもグッと大人びて、
男臭くなっていた。
「あれ・・? この音 なんだか・・・」
モスコーミュールのグラスを口から離して、
男が言った。
「どうかしたの、洋一?」
「うん・・この曲調、
ちょっと聞き覚えがあるような・・」
演奏者のことが気になった男は、
グラスを持ったまま
ピアニストのカオが見える場所まで移動して、
思わず息を止めた。
「・・・!」
洋一の驚きようを 不思議に思ったジェシーも
ピアニストのカオを見た。
そして、自分も更に驚いてしまった。
演奏しているのは、
よく知っている 銀髪の少年だったのだ。
「えっ・・?
オウジ?」
その言葉を聞いて、洋一はますます驚いた。
「ジェシー、オウジを知ってるの?!」
「ええっ? 貴方こそ・・ なぜ?」
顔を見合わせた2人の間を、
オウジの指から生まれた ハジケるメロディーが
何も知らずに、通り過ぎて行った。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




