64、煌めきの音・1
「だああぁぁぁーーーーっ めんどくせえーーッッ!!」
銀色のハーモニカを、ベッドの上にブチ投げて、
ついにオウジが叫んだ。
グラマシーの路上で、
怪物サックスマンの 演奏を聴いて以来、
オウジはおかしい。
カイのスケッチブックを取り上げて、
ブツクサ言いながら
ずっと音符を、書き込んでいる。
彼はNYに着いてから 浮かんだ曲を、
思い出せる限り、楽譜に起こしていた。
アタマの中でセッションしてる、
たくさんの楽器の音を 整理するために、
広い音階を 奏でられるものが必要だ。
なのに、この部屋で音階の作れるものは
10ホールズのブルースハーモニカだけ。
「どっかにねーのかよ ギタ~~っ!」
「・・ギター?」
「ピアノとか~~」
カイの大きなベッドの上に腰かけて
楽譜を書いていたオウジが、
ドサッとふて寝して、天井を仰いだ。
年代物の4枚羽のファンが ゆっくりと回りながら、
愚かな若者を見下ろしている。
「ピアノならあるじゃないか、ショウゴさんの店に」
カイはキッチンカウンターで
コーヒーブレイク中。
その目は読んでいる詩集から 離れないまま。
「えっ!
あのホコリ被ったヤツ、弾けんのかよ?」
「ときどきショウゴさんが弾いてるよ、
“エリーゼのために”」
「うげっ 聴きたくねーーっ!」
「あ! ・・でも・・」
甘すぎるキャラメルでコーティングされた胡桃を、
先にひと口。
濃いめに入れたハンドドリップコーヒーとの組み合わせが、
カイのお気に入りなのだ。
「でも、何だよっ」
「ちゃんと調律してないよ。音がヘンだもん」
「だああーーーーっ!!
そんなんじゃなくてマトモなよぉぉーーー」
と、足をバタバタさせたところで、
いきなりオウジは
かの黒い顔を、思い出した。
「あっ!! そうだ、あのジジイのトコなら!」
言うなりオウジは飛び起きて、
クローゼットまで走り
一番とりやすい場所にあった コートを取った。
それはカイの、オフホワイトのカシミアコートだったが、
もうナンでもいい。
「おっと、いけねー!」
玄関から まさに出ようとしたところで、
キッチンにバタバタと戻ってくる。
「金、金!」
そう言ってオウジは、
キッチンカウンターのクッキー缶に 入っていたお札を
ゴソッともぎ取って、ポケットに突っ込んだ。
――この中には、2人の唯一の収入である、
ストリートパフォーマンスのチップが、
そのまま入っている――
そして、そこにあったカイのマグカップに
3分の1程残っていたコーヒーを
口の中に流し込むと、
玄関から、弾丸スタートで 飛び出していった。
いきなりスイッチが入った オウジに、
カイは目を丸くしながら、眺めているばかりだ。
「・・真夏と真冬しかないみたいな
オトコだな・・・」
BJがベースを弾いていた あの店に行けば
ピアノがある。
5丁目の通りに向かって、オウジは急いだ。
途中、ハンの店でノートを10冊買いこんだ。
茶色の紙袋に突っ込まれた
ノートとシャーペンに混じって
またしても1本のロリポップが サービスされていた事にも、
気づく余裕なんかナイ。
迷っているのも、
正体のつかめないものに
ガンジガラメにされているのも
もうヤメだ。
走り出したい。
何処に向かうのか
明日がドコかなんて
わからなくても
敗けたくない
敗けたくない
あの路上のモンスターに
カイに
違う、 自分にだ。
オウジは息を弾ませて、
固いブーツの底で コンクリートの歩道を蹴った。
ネオンサインの灯りはじめた
イーストヴィレッジを、 今、
オウジは全速力で、走っていた。
5時ちょうどに、ジャズバーのドアを開けた。
オウジがこの街に 初めて来た日と同じ、
モヤシみたいに ひょろっと背の高いバーテンダーが
アーリーアメリカン調の テーブル席のイスを
机から降ろし、並べ直してる。
バンドマンたちは、まだ来ていない。
開店前の店内は、
棚に並んでいる酒のボトルも よそよそしく
空気がまったりと淀んでる。
BJを当てにしてきたオウジは、
灯りの消えているステージを見て 舌打ちした。
どうしようか、戸惑う。
ここにいるのは、
自分が数週間前に、思いきり悪態をついた相手だけ、
つまりは、アウェー。
アウェー感、超満載。
が、迷っているのも歯がゆくて
思い切って、バーテンダーに切り出した。
「よう、 ・・ピアノ貸してくれ」
「何だって・・? お前、誰だ?」
「えっとぉ・・ BJの孫?」
「ああっ?」
どこからみても黒人の孫には見えない
オリエンタルボーイのカオを、
しばらく見つめていた もやしバーテンダーが、
アッと目を見開いた。
「オ、オマエ! あん時の・・
フダツキのガキじゃねえか!」
「今日はジジイ来ねえの?」
「・・BJのことか? ならいつも9時ごろだぜ」
「ちっ 遅っせえな老人は!
三途の川でカオでも洗ってんのかよ・・」
ついぞ日本語で文句を言いながら、
オウジはピアノの蓋をあけた。
使い古したアイボリーがいいカンジの、
鍵盤と目が合った。
コイツとは、気が合いそうだ。
「弾かせてくれ! 客が来るまででイイから!」
そう言ってオウジは、
返事を聞く間もなく 鍵盤を叩き出した。
「オイっ 小僧!!」
傍若無人なチンピラキッドを つまみ出そうと、
ピアノに歩み寄ったバーテンだったが
そこにたどり着く前に、足が止まった。
流れてきたメロディーは、
思いもよらない 流麗な調べだったのだ。
そして、弾いている少年の瞳は
あまりにも真剣だった。
誰も近寄るなと言わんばかりの殺気を
ガンガン発してる。
が、正直に言えば
もやしバーテンダーも、
もうちょっと、その音を聴いてみたくなったのだ。
「コイツ・・・
ホントにあん時の フダツキか・・?」
どんなに音楽に疎かったとしても わかるくらいの才能が、
この少年の中から 溢れ始めていた。
BJが眼をかけるのも、うなずける。
オウジは暫くピアノを弾いては、
ノートに音符を起こすという作業に、没頭した。
音が
世界が
どんどん広がってゆく。
――10個の穴しか吹けないハーモニカとは
大違いだ・・!!!
オウジの中に閉じ込められていた
音符たちが今、
指先から次々と 飛び出してくる。
それは彼の中で
枯れることを知らずに、
ずっとずっと 自由になる事を待っていた
音楽という名の 光の結晶だった。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




