61、雪色のスポットライト・1
「まだ見つからないって どういうことよッ?!」
受話器の向こうで、カン高い声が叫んだ。
その受話器を耳から10センチ離し、
ため息をついてから。
「むちゃ言わないでよ、
いったいマンハッタンにどれくらいの
人口がいると思ってるの?
世界中から観光客やら 家出少年やらが、
毎日毎日あきもせずに 転がり込んでくるのよ?!
名前しかわからない小僧なんて、
見つかる方が キセキってもんだわ」
オンナは窓の外に広がっている、
ミッドタウンに 視線を移した。
日本のTV局である東松TVの、
NY支局オフィスから見える
夕暮れのパークアヴェニューは
今日も大渋滞である。
何台ものイエローキャブが
赤いテールランプを点しながら 信号待ちし、
通りを横切る人々が
コートの襟を立てて 家路を急ぐ。
NYは午後5時を回った時間帯なので、
日本は朝の3時頃のハズだ。
受話器の向こうの美津子は
今日も徹夜で 仕事しているのだろう。
イラ立っていても、ムリはない。
しばらくの沈黙の後で、
なんとか落ち着きを 取り戻した声が言った。
「悪かったわ・・。 ・・・・その通りよ 」
「写真だって、
今日着いたばっかりなんだしぃ?」
真っ赤なピンヒールを履いた足を 組み替えながら、
デスクの上の数枚の写真を広げて、
真由美が言う。
NY在住の、東松TVプロデューサー 井上真由美が
親友の美津子から、預かるハズだった少年が
行方不明になって3週間。
なんの情報も得られぬまま、
ようやく日本から
リ・オウジの情報が入った茶封筒が 送られてきた。
その確認の電話を、
オウジの所属事務所の 副社長である美津子が
真由美に入れてきたところである。
写真には、オウジの営業用のプロフィール写真と
プライベートで撮った 素顔があった。
小ナマイキな表情でこちらをニラんでいる
プロフィール写真のオウジは、
少年の尖った感性と
大人びた男の色気が ほどよいバランスで映っている。
宣伝材料として、コレは
申し分なく 彼の魅力を表していた。
そしてプライベート写真の オウジの横では、
美津子のダンナでもある
事務所の社長の貴章が
この上なく愛しそうに、オウジを見つめている。
――ああ、なるほどね・・。
これはホントに デキてるかも・・。
そんな事を思いながら、
真由美が写真を 1枚1枚めくる。
「この子、ホントに全身黒い服ばっかりね」
数枚の写真を見終わって、
もう一度最初の
プロフィール写真のオウジと目が合った時、
真由美は、ふと誰かを思い出しそうになった。
――あら? この眼・・・
どこかで・・・?
「でも、なんだってこんなジャンキーの子ども一匹、
NYに飛ばせてまで 守ろうとしてるの?
アンタのダンナ寝取った 相手なんて、
一緒に、豚箱行きにすりゃあい~じゃないの」
「フン
あんなノラ猫でも、守るのは事務所存続のためよ」
「とかなんとか言っちゃって・・
あーあ、アンタってば昔からそうよ
つまんない男に肩入れしちゃ、貧乏くじ引くんだわ」
「アタシがいつっ?!」
「哀れで愛しいダンナのために、
そのノラ猫 手放したくないんでしょう?
その子がいなくなったら、今度こそホントに
貴章も帰って来ないんじゃないかって、
心配なんじゃないの?」
「そんなわけないでしょッ?!」
「そうやってツッ張ってるからがダメなのよ。
心配なんだとか、愛してるんだとか
認めちゃえば楽なのに・・・」
女がこういうモットモらしいセリフを言う時、
たいてい自分のことは 棚の上に上げたままだ。
「ま、いいわ。」
真由美はきちんと片付いた 灰色のビジネスデスクの上で、
今度はオウジのプロフィールを
パラパラとめくった。
「ロックバンド“ZerO”のヴォーカル 17歳・・・
休養中・・?
この子、クスリがそんなにクセになってるの?」
「違うわ、
・・歌えないのよ、ヴォーカルのクセに」
「ええ? なんでまたそんなオトコ・・・」
「ウチに来たときは確かに上物だったのよ!
ヴォーカリストの中でも 群を抜いてたわ。
子どものクセに、声はセクシーでノビがあるし、
曲も人を引き付けるパワーがあるし、
・・眼がね、
一度見たら忘れない眼をしてるの。
天性のカリスマ性が、備わってるのよ。
こんな子、めったに出ない逸材だわ」
「なんだかんだ言って、ホレ込んでんじゃないの」
「ホレ込んでるのは 私じゃなくて貴章よ!
オウジは絶対に オレが売るんだって言って
トントン拍子に話を進めて・・!
久しぶりに 彼がやる気になってたから
私も全面的に任せたんだけど・・」
「なんかポカしたの?」
「・・・事件が起きちゃったのよ。
ちょうどインディーズから、
ウチと契約してメジャーに移ろうって時に、
ラリった観客がケンカ始めて
殺傷事件、起こしてくれちゃってね。
貴章が必死んなって
警察の方も 報道関係も、ウマく黙らせて
バンドからはオウジだけ、引き抜いたの」
「事件の責任とイメージは
残ったメンバーだけに 押し付けたってワケ?
ああ~、そりゃまぁ 恨まれるわね」
「もともと
貴章が惚れ込んでたのは オウジだけだったから、
ちょうどよかったのよ」
「で、なんでそのロクデナシ小僧は、歌わないのよ。
ボイコット?
元のメンバーも契約しろとか?」」
「そんなタマじゃないわ。
自分がのし上がるためならなんでもする、
シタタカな子よ。
なのに 声が出なくなるの
・・ステージの上でだけ、ね」
「ステージの上でだけ・・?」
「医者が言うには 一種の神経症らしくて
本人の中の
なんらかのトラウマを取り除くしかないって」
「ふぅん・・ 意外と神経質なボクちゃんなんだ。
で、なんとかなったの?」
「いいえ。
貴章も久しぶりの大仕事の出鼻をくじかれて
自暴自棄んなって・・
暫く休養させるって名目で あの子をマンションに囲って、
クスリに乱交に・・ もう好き放題やってたわ!」
「アンタ、男運悪過ぎ。」
真由美はあっけらかんと笑って、
白と黒ツートンカラーの マグカップから
本日5杯目のコーヒーを、一口すすった。
オフィスのコーヒーメイカ―のが作る
不味いコーヒーはぬるくなって、
ますますマズくなっていた。
「ま、そんなタマなら
どっかでなんとかやってるわね。
写真も着いたことだし、
もうちょっと当たってはみるけど・・
気長に待ってよね?」
「悪いわね ・・アンタも忙しいのに」
らしくない、
しおらしい美津子の声に 真由美は苦笑した。
夫の逮捕劇やら、
事務所のタレントの面倒やらで
普段は 鉄の女のような美津子も、
疲れ果てているのかもしれない。
「じゃあ、また連絡するわ
いい? アンタも ちょっとは寝なさいよ?」
受話器を置いて、
真由美はもう一度 オウジのプロフィール写真を見た。
確かに 美津子の言うとおり
印象的な眼、なのだ。
―― どこで見たのかしら・・・?
局内で見たタレントに 似てるのかしら
でも最近、
東洋人のタレントなんて使ってないし・・・
凝った装飾が施された 銀細工のシガレットケースから
細いタバコを取り出して、火をつける。
赤いヒールと同じ色の
ルージュを塗った唇の端に タバコをくわえて
眼を細めたまま、
真由美は写真を じっと見つめた。
その時、
「お疲れさま~っす」
と、いつもの気の抜けた声で、キヨシが戻ってきた。
NYヤンキースの帽子の下の
メガネの奥の目をショボショボさせて、
「僕は疲れています」と言わんばかりだ。
「あっ!!」
「な、なんすか?!」
キヨシを見た途端に
記憶の回路が、
パシッと音を立ててつながった。
真由美は思わず立ち上がって キヨシを指差した。
「アレだわ! あの銀髪!!」
真由美の加えていたタバコが、
ポトリと 床に落ちた。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




