57、5番街の女神・1
久々に、オウジは髪を 逆立てた。
玄関先の 全身鏡に映った自分を見ると
穿きっぱなしのブラックジーンズが、
随分くたびれている。
見かけはイイが、いかんせ冬のNY、
穴あきデニムは
膝小僧から風が入ってきて寒スギだ。
なんか、新しいの買わないと。
カイが選んだ、桜色のザクザク編みセーターは、
オウジのスタッズだらけの
黒革のチョーカーや ブレスレットにも
なんかイイ感じ。
シルバーアッシュになった髪が
やわらかな桜色と、
ワイルドなメタルアクセサリーを 程よくつなげてる。
――やっぱ アイツの趣味、
悪くねーかな・・・。
オウジはフリマでみつけた、
スパイダー付き、蜘蛛の巣モチーフの指輪を
つけた指で、
前髪をかきあげてみる。
うん、いいカンジだ。
「うし。」
オウジは、黒のミリタリーブーツを履いて
――通常カイの部屋は、日本式にクツを脱ぐスタイルだ――
リビングに戻った。
「あれっ?」
キッチンカウンターで
ニュースペーパーから カオを上げたカイが
オウジを見つける。
「オウジ君、オシャレして
どっか出かけるの?」
「別に。」
テーブルの上にのっていた
アメリカンコミック柄のマグから、
オウジは湯気の立ち上るコーヒーを 一口飲む。
「イカしてるよオウジ君、 戦闘モード」
「そりゃ、どーも」
こんなイカレ野郎に、褒められたって
どってコトないけどよ。
ハン親父の店の カリフォルニアロールに
コーヒーメーカーの作ったアメリカンコーヒー、
それと丸ごとのリンゴが、
この日の2人のブランチだ。
BGMは、ラジオから流れてくる
ワケのわからないフランス語。
カイの髪のトップだけを
後ろでひとつに くくってある、白い皮ひもに
こないだオウジがあげた
シルバーの小さな羽の、
ペンダントヘッドがつけてある。
羽の根元には、小さな黒曜石がついてるけど
黒よりも 真っ青なターコイズの方が
カイには似合ってたかな。
とかって、何 考えてんだ、オレ。
オウジが首を、ブルブルと横に振る。
――なんだってオレは、ヤロウに こんなもん・・
バカじゃねーのっ?!
そもそもオウジは、人にプレゼントなどしたコトがない。
貢がせたコトはあっても、
貢いだコトもない。
そんなコトしなくても、オンナに不自由はなかったし、
何かを贈りたくなるような 感情なんて
なかったのだ。
――・・そういえば、ガキの頃
母の日に ハンカチかなんか
・・やったことが あったっけ・・?
そんな、こちょばゆい想い出までを思い出し
オウジは再び、ブルブルと首を振る。
気がつけば、カウンターの向こうの席の
カイが、ニコニコ顔。
「ぁんだよっ」
「オモシロイ。
オウジ君、脳内一人芝居してる」
「してねーし!」
脳内一人芝居なんて、カイの専売特許じゃん。
――ヤベえ・・
オレいよいよコイツの
ファンタジック星宇宙毒に 侵されてきたかも・・!
甘口の妄想を 振り払うように、
オウジはアボカド入りの巻きずしを
ソイソースにジャバジャバつけて、口に放り込む。
カイがコーヒーポットを取ろうと立ち上がった時、
シャラン、と小さな音を立てて
皮ひもの先についている、羽のペンダントヘッドが
白い首のアザにあたった。
「・・・・。」
「ん? オウジ君、どうかした?」
「そのアザさぁ・・・ 」
逢った時から ずっと気になってた。
気にしているコトを
知りたくなかったアザなのだ。
「なんでついたんだよ?」
「このアザ? なんでかな・・・
双子の絆?」
「あ?」
「ハハッ」
均整のとれた骨が形作る カイの指が、
リンゴを持ち上げて、
彼はひと口、それをかじった。
「ヒナが事故に遭ったのと
同じ日にできたんだ、このアザ」
「慌てて、どっかにぶつけたんか?」
「ううん・・・」
いつもの美しさで答えたカイは、完璧だった。
「あの日は深夜に母に起こされて・・
父と3人で 病院に駆けつけたんだけど、
間に合わなかった。
ヒナはもう ・・逝ってしまってた後だったよ。」
シャクリ、と オウジもリンゴをかじる。
「ヒナの細い首が、白い包帯で ぐるぐるになってた。
頸動脈からの失血死だって、
あの医者、やけに若かったな・・。
医大を卒業したばかりだったのかな。」
「・・・・」
口の中のリンゴが、甘くて 酸っぱくて。
切なくて。
完璧な美しさの 仮面の下で
カイも きっとこの味を
噛みしめてるんだ。
「後で気がついたら
ボクにもこのアザがついてた、いつの間にかね。
だから、これヒナの傷だよ。」
「マジかよ・・!」
確かにカイのアザは、
左側の頸動脈の 上あたり。
白い首筋に
青い龍が昇っていくような 形をしてる。
ヒナが天に昇ってく時に、
その想いを
カイに遺していったのかな。
「ちょっとミステリーだろ?
もともとボク等は 色んなとこで
シンクロしてたからね。
ボクが転んで ヒザを擦りむいた時に、
あいつも同じ場所に ケガしてきたり・・」
コーヒーを飲むカイの口元が
大きな 白のマグカップで隠れ
もし、彼がまだ 完璧に微笑んでいたのだとしても
瞳の映す、もの哀しさだけしか見えなかった。
「ふぅん」
それ以上のコトは、聞かなかった。
ここから先の悲しみは、
彼が抱え
精一杯守ってきた領域だ。
ラジオから流れてくる、フランス語のお喋りの
音色がやわらかで
それがほんの少しだけ、オウジの気持ちを軽くした。
「せっかくだから、出かけようよ」
「いーよ」
カイが いつもの声で誘い、
オウジも いつもの声で応えた。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




