51、銀の羽・2
グリニッチ・ヴィレッジの空を
覆う雲の隙間から
うっすらと陽射しが差し込んで
オウジの心の霧を
そっと払う。
ブルースハープの音色が
ねぼけた赤煉瓦の街に、流れてゆく。
カイの描く 無数の羽。
自分にだけ訪れるあの悪夢を
なぜか彼は知っている。
世界中
どこにも逃げ場がなくなっても
もう自分は 歌ってはいけないのだとしても
このイカレたオトコの隣にだけ
オウジは、
自分の居場所が あるような気がした。
「ドコ行ってたの?」
ピンクと白のパステルを、指先で合わせながら
カイが問う。
「黒いジジイにコーヒーおごられた」
って、ブルースハープで答えると、
「何言ってるか、全然わかんないよ アハハッ」
と、カイが空を仰いだ。
「コレ。」
茶色の紙包みを、掲げて見せる。
「・・何?」
「土産。 黒いジジイから」
「ふぅん?」
カイがゆっくりと立ち上がり、
階段に座っている
オウジの隣までやってくる。
包みを覗いて、中からチョコのたっぷりついた
ドーナツを取り出した。
その流れで 一口かじって。
「うわ、甘っま!
これ5丁目のドーナツショップだろ?
コーヒーはぁ?」
「ねーよ
ぶはっ。ブサイク!」
激甘ドーナツで歪んだ、カイの顔。
「・・・なんで、こんな朝っぱらから描いてんだよ」
「ん? 描きたかったから?」
「バッカじゃねーの、
客なんかドコにもいねーじゃねーか」
「夜中に出てくヤツがいて、
眠れなくなっちゃったしさぁ」
「え・・・。」
うなされて飛び起きたこと、やっぱ気づいてたんだ。
「よし、ウマいカプチーノ飲みに行こ!
リトルイタリーに。」
それを知ってか知らずか、
カイが勢いよく立ちあがる。
「リトル・・? ドコ?」
「リトルイタリー。
もっと下に
イタリア系の移民の街があるんだよ。
本場のパスタと、カプチーノがウマイんだ。」
「へえ~」
「その下がチャイナタウンさ。
中華料理が、安くて大盛り!
ん~、朝粥もいいな。
北京ダックが 軒先にいーっぱい、吊るしてあるんだ」
「中国人て、クマでも何でも喰っちまうからなー。」
通りを一本隔てて、街が変わり
住む人が変わる。
つくづく、マンハッタンは
様々な人種が大勢ひしめき合って
暮らしている街なのだ。
カイのエスコートで、
2人はグリニッチヴィレッジから
マンハッタンを南下する。
「うーー 寒っみぃーー」
「そんな薄着してるからだろ」
カイが、被っていたソフト帽を
オウジのアタマに乗せてやった。
お、体感温度が全然違う。
帽子は北国の冬の、必需品だな。
「夜逃げには、ちゃんと支度してけよな。
冬のマンハッタン舐めると、死ぬよ?」
「・・・チェッ・・。
くそっ、なんだよこの砂糖でマッチロな
激甘ドーナツは!」
歩きながら頬張っていたドーナツに、八つ当たり。
「あのジジイ平気な顔して喰ってたぜ?
アメリカ人の舌ってのは、完っ全にイカレてんな!」
「うん、こっちのもイカレてる」
カイが食べかけのチョコドーナツを、
やっすいワルモノ顔で 差し出して。
「いらねって。」
「エンリョするな、これぞアメリカ~ン!」
「ぶえっ!
クソ甘ドーナツは、
クソ甘野郎が喰ってりゃいんだよっ!」
甘すぎるドーナツの、相手の口にねじこみ合戦。
カイが笑って。
いつの間にか、
いつも通り。
あれ、なんか オレも笑ってる。
そっか。
きっと、オレが死ぬほど
浮いたり沈んだり 繰り返しても、
宇宙人のコイツには、全然関係ナイんだな。
何も変わりゃしないんだ。
仰々しい凱旋門をくぐり、
2人はワシントンスクエアを 通り抜ける。
ダウンタウンの中心地とも言える 公園だ。
ホリデーには
様々な大道芸や パフォーマンスが繰り広げられる
観光名所。
そして、夜にはキングコング男のような
ドラッグの売人が行き交う、ヤバい場所。
そのワシントンスクエアを中心に
西側のグリニッチ・ヴィレッジ、東側のイースト・ヴィレッジ、
南側のソーホー。
50年代、60年代から
ミュージシャンや劇作家、詩人、
アクターに絵描き
多くのアーティストが 拠点を持ち
それぞれの才能を 形作っていった街だ。
ジョンとヨーコも
ジミヘンも。
そんなコトは知らなくっても。
ホラ、
歩くごとに カンジる。
赤煉瓦と 自由と
創造のこの街に 沁みこんでいた、
すげーヤツ等の
ありったけの情熱が
ダウンタウンの鼓動となって
ストリートから還ってくる。
一歩一歩こうやって歩くたびに、
体に入り込んでくる。
そんな風にカンジんのは、
きっと、隣に
コイツが、いるからだ。
カイには
いつも、かき乱されてばかりだけれど。
浮いたり沈んだり忙しい オウジの心は
まちがいなく明るい方、
楽しい方へと 引き戻される。
追い越してゆく イエローキャブの黄色も
通り沿いのカフェにある パラソルの生成りも
風にたなびくショップの
ミントグリーンのフラッグも。
地獄みたいだったこの街は
いつの間にか
こんなに 色鮮やかだ。
ハウストンストリートを越して
ブロードウエイを南下する。
19世紀にイギリスから伝えられた
カースト・アイアン建築の建物が
残っているソーホーは、
住人にも観光客にも 人気の高いエリアだ。
小さなギャラリーも多く カッコいい。
交差点についている信号機が、
黄色いボックス型で、おもちゃみたいだ。
カイが、ひとつ咳払いをした。
「ご覧ください。」
ちょっと気取った声。
そして、その信号機の根元に付いている
道路標識を、へんちくりんな動作で指して見せた。
「貴方の道ですよ、 王子様?」
あ、城に仕える従者のつもり?
見上げた先に、“ONE WAY”の標識、
そして、もうひとつのプレートに書いてあった
この通りの名前は
“プリンスストリート”だった。
「だからぁ
オレは王子サマじゃねえっつの!」
「違うの?
・・じゃあ、オウジってどんな字書くのさ?」
「“桜”に “男児”の“児”だよっ」
「・・桜児くん・・?
ワオ 綺麗な名前だな!
名付け親は ロマンチストだね」
「フン、日本のオトコに惚れた
バカなオンナがつけた名前だ・・!」
こんな話したくない。
オレの名前は、父親に繋がる符号だから。
でも、サプライズを狙って
こっそり プリンスストリートに連れて来た、
マヌケな従者の計らいは、
なんか、ちょこっとこそばゆい。
西に向いた 小さな一方通行の、その道を
2人は東に向けて歩く。
「・・・ オレのかーちゃん、
韓国人なんだ。」
「ふぅん。
お父さんは・・日本人?」
「顔も覚えてねーけどな。
オレは私生児だから国籍は韓国、
遺伝子的には
在日韓国人と 日本人のハーフだ。」
「ダブルだよ」
「ダブル?」
「そ、ダブル。
キミは 日本と韓国の半分半分なんじゃなくて、
両方の民族の血を持つ、ダブルだ。」
「・・・ ダブル・・。」
「“ハーフ”を“ダブル”に変えるだけで、
なんかお得なアイスみたいな、キブンじゃない?」
アハハッと笑う、このファンタジック宇宙人にかかれば、
オレはそういうモンに、なるらしい。
街には、そろそろ
観光客が繰り出してきた。
風はまだ冷たく
カイの髪を揺らして 通り過ぎる。
「なあ、
さっきアンタが描いてた桜色の羽・・
アレ、何?」
「ん?
昨日の夜、コーヒー飲んでたらキた。」
「キた って・・?」
「目の前に、バッとね。
ハッキリした完成図が いきなり見えたんだよ。
キレイだろ?」
「・・オレ時々・・
あれとソックリの夢見んだ。
でも、オレのは
羽が 血みたいな真っ赤でさ・・ 」
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




