50、銀の羽・1
どこかのトラッシュカンから あふれ出たゴミが、
風に煽られて
コンクリートの上を転がってゆく。
そんな様が、
いっそう寒々しさを醸し出す ダウンタウンを
オウジはひとり、歩いてる。
ココがどだか わからない。
迷路の中にいるように
足元は 不安定極まりなかったが、
手には茶色い紙袋を、持っていた。
ドーナツショップの店員に
――店を出たオウジを わざわざ追いかけてきて――
そのBJからの土産を渡されて、
空が白み始めた頃から 歩いていることだけは
なんとなく、記憶の中にある。
―― あれ・・? ココ・・
どこか見覚えのある
大衆食堂的な、カフェレストラン。
――ローズの店
だったっけ・・?
だが、年増アクトレスの働くレストランとは
ビニールシートの色が 違ってる。
窓際のボックス席で 白髪の老夫婦が、
ブレックファーストであろう食事をとっていた。
10代の少年から見たら、スローモーションに近い
その動きで、
彼等の今日一日が、
のんびりと始まってゆく。
老夫婦の向こうに 位置するカウンターに
陳列されたカップケーキや
ビールのネオン管の 蛍光ランプが、
どれもこれも 目に沁みるほどに、カラフルだ。
ホラホラ~~ なぁに暗い顔してんだよ?
人生は もっと楽しむモンだぜ!とかって
話しかけてきそうな、
色には ウンザリだ。
灯りの消えた街灯の下には、
誰かの捨てた、スプリングの効かなくなった
マットレスの上に
ホームレスが寝転がっている。
―― 生きてんのかよ
このオヤジ・・ ?
この中年男は、昨夜の寒さの中を
どうやってやり過ごしたのだろう。
BJとの再会がなかったら
自分だって、あの男みたいに
道端に 転がっていたのかもしれない。
―― その方が よかったかな・・。
もしオレが、ラリったまま
NYのダウンタウンで
ゴミみたいに死ねて、
めぐり廻ったウワサが、運よく日本に流れでもしたら
来年あたり、ZerOのヴォーカル、オウジは
“伝説”を超えて
“神格化”されていたかもな。
美津子なら、
自分ん事務所の落ちぶれたタレントを
それらしく黒服のガキどもの
カリスマに作り上げ
めでたく 美しい伝説に仕上げて
終わらせたに違いないんだ。
―― その方が
カッコよかったじゃねーかよ
オレ・・。
何もかも凍り付くような 寒さだけが
心地よかった。
街に覆いかぶさる雲の 鉛みたいな灰色が
オウジの心と、シンクロしてる。
長い迷路のような道の
どこをどう、
どれくらいの時間歩いてるだろう。
カイの部屋に戻ろうかな
でも、
どんな顔で?
絶対ダメだ、
今オレは、サイテーの敗け犬ヅラしてる。
アイツには見られたくない。
逢いたくない。
フリーマーケットで買った スニーカーを引きずりながら
ぼやけた視界の中を 歩いてゆくと
オウジの行く先に、
軽やかなリズムで 動いている人影が見えた。
一歩一歩近づくと、
やがてそれは
オウジのよく知っている人物を 形作った。
この灰色一色の世界に、目の覚めるような
マリンブルーのロングコートを身に纏い
カイが、チョークを
コンクリートのキャンバスに 走らせているのだ。
これは偶然か、
なにかのイタズラか、
それとも、都合のいい夢か。
だって、たった今
カイの事、考えたばかりだろ。
オウジは辺りを見回して、
自分が昨日、カイとコラボした場所に
たどり着いていたことを知った。
風も吹きぬけている 寒空の下には、
観光客などいない。
まだ通りのショップも 開いていないような
朝早い時間帯である。
つまりは、ストリートパフォーマンスとして
全くイミを成していないのだ。
「何やってんだよ」
と、出そうになった言葉が、
目に飛び込んできたその光景に、
驚いて消えてしまった。
昨日 2人で描いた、ミルキーウェイの宇宙空間に
昨日は無かった桜色の羽が
画面いっぱいに ちりばめるように、
描き込まれていたのだ。
そしてそれは、オウジが昨夜の悪夢の中で見た光景に
よく似ていた。
いや
むしろ、カイが
オウジのアタマん中を 覗いたと思うほど、
構図が酷似してたのだ。
―― コイツ・・・ !
なんで・・?!!
ただ違っていたのは、
カイの描く羽は、桜色だった。
オウジの見た、
血のような深紅で 描かれた地獄絵図とは
真逆の
淡く優しい世界が、そこには在った。
そして、その偶然に驚きながらも
どこかで 当たり前のような気がしてる、
この確信めいた気持ちにも、
オウジ自身が 驚いていた。
―― やっぱりだ・・・
やっぱり コイツとオレは、
どっか、
繋がってんだ・・・ !
カイはオウジが 傍に来たことにもまるで気づかず、
相変わらずの集中力
というか、ブッ飛び力で
創作の世界に、入り込んでいる。
そんなカイの傍らに置いてある、ひっくり返したソフト帽
――通常はギャラリーからの
チップを受け取るために そうしてある――
の中には、
銀色のハーモニカが入ってた。
それは、明らかに
自分のために、彼が用意したモノだった。
「・・・」
オウジは、そっと
銀色のブルースハーモニカを、拾い上げた。
重く固まっていた心臓に、
こみ上げて来た 切ない何かが
沁みてゆく。
「ふう・・」
カイが手を止めた。
彼はこの寒さの中で 描き続けていたのに、
顔が上気してる。
そしてやっと、
傍らに突っ立っている オウジの存在に気が付いた。
「ハィ。
また逢えたね、 黒猫クン」
やけに初々しい、その笑顔。
「は・・?」
それは、初めて会ったあの晩の、
天使画の前で 偶然再会した時のような。
この一期一会を、
心から喜んでいるといった表情。
オウジは、ちょっと戸惑った。
だって
つい 数時間前まで一緒だったろ?
「オウジ君」
「・・んだよ」
「愛してるよ。」
“おはよう”の言葉と同じくらいの、さり気なさで
ヤツはそう言った。
「・・・あ? 」
「キミ、いついなくなるかわからないから
今言っておくよ。」
そう言ってカイは、微笑みをよこした。
目に焼き付いて 一生忘れられないくらいの
美しい、それを。
「 な、なっ 何言ってんだよ・・っ!」
マズい。
声がうわずった。
―― な、な、 なんだ
何言ーだしたンだ コイツ・・?!
カイはそのまま、
何事もなかったように 再び作画に入ってる。
――・・イヤちょっとマテ、 マテ・・!
こんなのアメリカ(こっち)の挨拶だろ?
そ、そうだよ な・・。
?
??
? ?
地獄の1丁目を彷徨っていたオウジが、
いきなり“10代男子“に
戻される。
ネボケていた脳ミソは叩き起こされて
強制労働、
心臓は慌てて、赤い血液を送り出した。
が、カイは、たった今自分の口から出た言葉も
忘れたように、
もう羽を描くことに夢中なのだ。
オウジは逸る気を抑え
2、3度咳払いすると、
営業ブッチョウを作って、
昨日と同じ場所に 腰かけた。
バカじゃねーの、オレ。
考えるのはヤメだ、ヤメ。
こんな、お星さまの上にピンクの羽を描くよーな
くそ甘ファンタジック野郎の
ゲンドーなんて、気にしてられるか。
コイツは地球外生物だ、
砂糖漬けの宇宙人だ。
ドギマギする気持ちにフタをして、
オウジはブルースハープに 息を吹き込む。
「アハハッ」
と、カイが笑った。
朝の
グリニッチ・ヴィレッジに
向かいのレストランで コーヒーを飲む
老夫婦の
1日の始まりに
オウジの紡ぐ
銀色のハープの音が
溶けてゆく。
夢見るような まなざしで
桜色の羽を描き続ける、
世界一シアワセそうな
街の 落書き屋。
そんなカイが、
ただ
隣にいるだけなのに。
彼の指先から
なめらかに流れ出す
美しい色のシンフォニーが
オウジの頭上で、
音楽となって 輝きだす。
そっか。
もし、オレが
何かの宝物をにぎりしめて
生まれてきたんだとすれば
きっと今は、ソイツが
ひょっこり 顔をのぞかせている
時間なんだ。
キミと出逢ってから訪れる
偶然ではない
いくつものサイン。
キミはいったい、 誰なんだろう。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




