5、フライデーナイト・2
店内には、
アーリーアメリカン調のテーブルとイスが並び、
その向こうに 小さなステージがあった。
けっこうなトシの
黒人のカルテットが 演奏しているのは、
オウジの母親もよく歌っていた
オーソドックスな ジャズのナンバーだ。
「ちっ・・・ヘッタクソ!」
日本語でツブヤき、オウジは
立ち飲みのカウンターまで歩いた。
古びた棚にスコッチや バーボンが並んで
なんかアメリカってカンジ。
とりあえず、知ってるヤツを注文。
「ワイルドターキー ソーダ割り」
ひょろっと背の高い短髪の
白人バーテンダーが、
チラリと 横目にオウジを見て、
アメリカのTVドラマかよって位の
オーバーアクションで 肩をすくめた。
「家出してきたガキに出す酒はねえんだ。
近頃 サツも ウルサくなってよ」
「ガキじゃねーよ
アンタが 老いぼれてるだけだろ 、オッサン」
「じゃあパスポート 見せてみな」
「んなもん 家に置いてきちまったよ」
「ウソつけ
ほらよチビ、コーラでも飲んでな」
世界中から流れ着くワルガキどもに
いちいちかまっていられない、とばかりに
バーテンは無表情のまま、オウジの前に
コーラの入ったグラスを置いた。
カウンターにいる 他の客達から、笑いが起きる。
そして 次の瞬間、バーテンダーの顔に
コーラの黒い泡が ブチ撒けられた。
「ぶはっ・・!
このガキ・・ッ 何しやがる!!」
「水やってだよ〜〜 モヤシ野郎っ
痩せコケて
干からびちゃってるぜぇ ガハハッ!
・・・っと、
アメリカにモヤシってあんのかな?
ま、いっか
Fuck you! Asshole! Mother fucker!!」
とにかく知ってるスラングを並べたて
ゴタブンに漏れず 中指を突き立てる。
自分の1、5倍はありそうな大男にケンカをふっかける、
見かけない チビっ子東洋人のハデな登場に
店の中はザワついた。
このままではバーテンダーの面目も、丸つぶれだ。
「おもしれぇ小僧だな オマエ・・・」
長身のモヤシバーテンダーが、
カウンターの向こうから
オウジの胸ぐらを
つかもうと手を伸ばしてきた、その時だ。
「お待たせしちゃって ゴメンなさい!」
オウジの肩に、
1人のオンナが手を置いた。
「マスター、彼は私と待ち合わせだったのよ。
ごめんなさいね
まだNYに 慣れていないものだから・・。」
思わぬ展開に、 オウジはオンナをじっと見た。
ブラウンヘアをヘアピンでとめ、
緩めのタートルネックのセーターに、
ママが買ってきたみたいな ジーンズ。
微笑みかけてくる唇から、
子供のようなスキッ歯を のぞかせている
白人女だ。
白いセーターの上からでもわかる、
鏡もちかよオマエはな腹。
彼女はオウジに向かって、目くばせした。
――なんだコイツ・・・ 超ドンくせぇ オンナ・・。
「ホントかよ、ジェシー?
ちっ・・
お利口さんのオマエが言うなら、そういうことにしてやるさ」
「ありがとうマスター。
ね、貴方も仲直りして!」
どこの誰であろうと、
“チビ”は オウジのホットボタンである。
が、このどんくさオンナの登場によってハタと気づくと、
周りからの 明らかにガキ扱いな目つきが、
思っきしのアウェー感を醸してた。
ちっ。
モヤシバーテンダーが 無言でバーボンソーダを作り、
オウジの目の前に、トン、と置いた。
しょーがねえ 許してやるよ。
オウジも、無言でそれを啜った。
喉を冷ややかなバーボンが、ちりちりと通り過ぎる。
「アナタ、ニホンカラキタノデスカ?」
ジェシーと呼ばれたオンナは、
人懐こい笑顔と
ちょいヘンな発音の日本語で、オウジに話しかけてきた。
オウジは、オンナの顔をまじまじと見返した。
――日本人びいきの アメリカ女か・・?
人の良さそうな表情で、
頬をピンクに染めている。
都会慣れしていない、メガネの奥の おせっかいな目つき。
毎週日曜の朝、教会に行って、
せっせとボランティア活動に いそしんでそう。
――こいつ、 イケそうじゃん・・。
うまくすれば、
このオンナのところに転がり込める。
こんなオンナ、シュミじゃねーけど
野宿よりはマシだろ。
オウジは、
彼女に とっておきの笑顔で微笑んだ。
--------------------To be continued!
この物語の設定は1980年代。
また、作者本人により以前「イースト・セブンス・ストリート~NYの夢追い人~」のタイトルでアメブロに掲載されていたものです。