47、BJの黒いシワ・2
オレンジの街頭に 照らされて
街は、寝静まっている。
Tシャツとライダースジャケットで
深夜の街を うろつくオウジに、
真冬のNYは、容赦なく厳しかった。
骨の芯まで、今にも凍り付きそうだ。
だが、ショウゴの店や
ローズの働くレストランには行かれない。
こんな惨めな姿
絶対、誰にも見せたくない。
おぼつかない足取りで、オウジは
ダウンタウンを
彷徨うしかなかった。
5丁目の通りまで降りてくると、
まだ、いくつか灯りのついている店があった。
見覚えのある、こげ茶色のドアがある。
その前でヒョロ長い店員が、
錆びついた鉄格子の
シャッターを閉めている 最中だった。
―― あ・・・
アイツ
あん時の、もやしバーテンダー?
ダウンタウンに到着したその夜、
ひとモンチャクあった店だ。
カイと初めて、会った場所。
―― あの店、
こんなトコにあったのか・・・。
ポケットに手を突っ込んでいるオウジは、
ここで一切の金を 持っていない自分に
気が付いた。
これじゃ、
ドコの店にも入れない。
地下鉄の通路にでも 転がりこもうか。
そう思った時、
ポケットの奥にしまいこんでいた
小さなビニール袋が 手に触れた。
「あ・・。」
キングコングの残していった、ヘロインの袋だ。
おりしも、通りの向かい側に
小さなドーナツショップが 開いている。
さほど広くも、明るくもないそのスペースには
カウンター席と、
使用済みの紙コップや、ナプキンの散乱した
四角いテーブルがいくつかあり、
酒を飲んだ後の 酔い覚ましに、
数人の客がダベっていた。
フロアの奥に、レストルームのドアが見える。
―― イケそうだ・・ 。
オウジは店員が 後ろ向きになって
客用のコーヒーを注いでいる間に、
店に入り込み、
足早にレストルームに向かった。
そしてその途中で、
片付けられていないテーブルに
置いてあるストローを1本、拾っていった。
誰もいない トイレの個室に駆け込んで、
ビニール袋を取り出す。
オウジは、残っていたヘロインを
ストローから一気に吸い込んだ。
鼻腔の奥で、
ドぎついドラッグの苦味が、体に吸収されてゆく。
――もうすぐだ
・・ もうすぐ
こんな暗闇からは、おサラバだ・・!
白いタイルの床にうずくまり、
凍える体を両腕で抱え込んで、
オウジは、ドラッグが効いてくるのを待った。
薄暗いレストルームの中の
ドーナツとコーヒーと、アンモニアの匂いが
混じり合って 澱み
オウジの体を包み込んでくる。
冷やかに じわじわと
オウジを嘲笑うように。
「・・う・・」
そして、空気の中に ひっそりと身を隠していた
重たいベースの音が、
汚れたタイルの床から、湧き上がってきた。
黒くじっとりとしたモヤが、
次第に、スニーカーを履いた
オウジの足元から、這い上がって来る。
「う、ぅわッ・・!」
悪夢の中で聴いた音、
自分が創りだした あの夜の闇の音が
体中を取り囲み、
ねっとりと、まとわりついてくる。
「や、やめろ・・ クソッ!」
オウジは立ち上がって、
手で黒い音を追い払う。
が、離れない。
心臓が 激しく波打った。
そして、ここからはおキマリなのだ。
いつもの声が、訪れる。
『 オレはオウジだ 』
――わかってるさ・・
オマエは オレそのものさ・・!
オウジの胸を、
凍えた夜が 四方からギリギリと押しつぶしてくる。
指は ますます震えだし
体はフリーズして、動けない。
『 オレはオウジだ! 』
―― そうさ!
地球の ドコまで行っても
逃れられないんだ・・
「 オレはオウジだ!! 」
淀んだ霧の向こうに、黒い服の痩せコケた少年が
ゆっくりと浮かび上がった。
黒のライダースジャケットも、
ピアスも髪型も
自分とまったく同じな その少年の
開いたままの瞳孔が、
オウジを見ている。
オウジのおびえる目は、
彼から 逸らすことができなかった。
そして、その少年は、
そこにはいない観客の波を かき分けて、
オウジに向かって進んできた。
歪んだ薄笑いが、迫ってくる。
「く、来るな
・・・ 来るなぁッ!!」
『 やめて・・! 』
いつも、声しか聞こえないその少女の言葉で、
オウジは目をハッと見開いた。
「・・!!」
体がわずかに動いたその瞬間、
金縛りになっていた石の体に
ありったけの力を込め、
オウジはレストルームの外に
跳ねるように、飛び出した。
「ハアッ ハアッ ハッ・・!」
なんとか店の外に出ようと
逸る足がもつれた時、
彼はドスンと音を立てて、何かにぶつかった。
「うわっっ・・!!」
「おっとっと・・いけねえや」
ぶつかった相手は、
チリチリの髪が白くなってきた
初老の黒人男性だったが、
床に倒れこんだのは、
若いオウジの方だった。
「おい、大丈夫か? ボーイ」
老人は、床に転がっている少年の横に
ゆっくりとかがみこみ、
そのカオを覗き込んだ。
「ん・・?」
ガタガタと震える少年の、
やっとのことで 焦点を合わせているその目は
おびえていたが、
この黒い瞳を、老人は覚えていた。
「ィヤー
また逢えて嬉しいぜ、ボーイ!」
やけに馴れ馴れしいスマイルで そう言われ、
霧散していたオウジのイシキが、
やっとその老人に、集まった。
「 アンタ・・・
あ・・ あん時の・・?」
あの夜、もやしバーテンダーの店にいた
音のおぼつかない ベースマンじゃないか。
「ハッハ~ッ 忘れないぜボーイ!
オレのベースにケチつけやがった奴は
このマンハッタンじゃ、オマエが初めてだからな!
いったい、その髪はどうしちまったんだぁ?
真っ白ケんなっちまって、
まるで悲劇のフランス王妃じゃねーか」
老人はアハハとゴキゲンに笑いながら、
オウジを起き上らせ、
ウムを言わさず 近くのイスに座らせた。
そして自分は
テーブルの 向かい側の席に着いた。
「ヘイ! コーヒーを2つな。
それからいつものヤツも2つずつ!」
ベースマンが 店員に向かって声をかけると、
店員も右手を上げて応えた。
本来なら、
自分がカウンターでオーダーしたドーナツを
席まで運んで 食べるシステムだったが、
この老人は、よほどの常連客らしい。
赤いチェックのシャツに、蝶タイという
制服姿の メキシコ系の顔の店員が、
すぐにコーヒーの
なみなみと入ったマグを2つと、
ドーナツののった皿を2つ 運んできた。
「ようBJ! 今夜は珍しい客を連れてるなぁ」
「ハハッ オレの孫さ!」
アフリカ系アメリカンの老人の
お茶目なウインク。
店員は、どこから見ても
東洋人まる出しの“孫”を見ると
濃い眉毛を上にあげて、
真夜中にふさわしくない 大声で笑った。
老人は白い砂糖のたっぷりかかった
ドーナツを頬張りながら、
もうひとつの皿を オウジの前に差し出した。
「これこれ! 仕事の後はコイツが一番だ。
ホラ、オマエも食いな ベイビー」
オウジは、
うつろな目で、老人を見返した。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




