43、永遠のメリーゴーランド・3
オウジはローズから
シャンパーニュを取り上げると、
残りを 一気に飲み干した。
チリチリと灼ける、甘い香りが
ノドから腹に 落ちてゆく。
床で果てているカイに、
ローズは呆れたように 微笑んだ。
そして赤い爪の手を伸ばし、
そこに脱ぎ捨ててあった オウジのジャケットを
彼の上に掛けた。
オウジは黙って、それを見ていた。
母性、なんてものが
こんなオンナの細胞にも、朽ちずに
組み込まれてるのかな。
クニに息子を捨てて来た、
この身勝手な オンナにも。
「・・アンタ カイの事、愛してるの?」
「はぁ? ンなワケあるか
オレはストレートなんだよっ!」
「そう・・。
この街に 好きな子いる?」
「いねーよ ドコにもな。」
「ココには何しに来たの?」
「・・・・・」
「家族は? ニホン?」
「いちいちウルセーなっ」
カイの寝息と時計の音だけが、
静かに、
一定のリズムを 刻んでいる。
「だったら 長くココにいちゃダメ。」
ローズは花柄プリントに彩られたスカートの、
膝を抱えた。
「この街は生きてるの・・。
野心やシットや 欲望を呑み込みながら
世界中から集まった情熱が、
渦を巻いて
アメーバみたいに 増殖し続けてるのよ。
でもね、
渦の中心にいられるのは、ホンの限られた人達だけ。
あとは・・・
知らず知らずのうちに グルグル回されて、
呑み込まれて
息もできないまま、もがいて
・・もがいて
気がついたら
沢山の月日が 流れてて。
大切なものは、いつの間にか
みんな どっかに消えてるの。」
呟きは、まるで 詩のよう。
ローズも、カイも、ショウゴも、
こいつら、みんなクレイジーだ。
みんな 芝居がかってる。
「アンタは まだ若いわ・・。
渦にのみ込まれて
目の腐ったジャンキーになる前に
クニに帰んなさい。
ママからの忠告よ、ベイビー?」
「ふん 目を覚ませ、ヨッパライ!
オレはアンタの息子じゃねーし。
・・アバズレの母親なんか、1人いれば充分だ」
「1日も
アンタを忘れたことはなかったの・・・!」
ローズにいきなり抱きしめられて、
一瞬、オウジは固まった。
突き飛ばそうとした、その時。
「許されようなんて思ってない・・
ただ、
アンタには 幸せんなってほしいの」
その声があんまり、やるせなく。
オウジはただ、人形のように
そのままじっとしてるしか なかったのだ。
主演女優としての賞味期限が
とっくに切れた この酔いどれオンナは
悦に入って芝居してるのか、
本当にムスコと 間違えてるのか。
赤ん坊を捨て、
生まれ育った国を後にし
野心を胸に
たどり着いたこの街で
もがき続け
生き残るためには、
より強くなるしかなく
その強さとプライドが、
ローズの魂の輝きを 鎧のように包み込み
彼女をますます
つまらない女優に 仕立てあげていた。
悲しみはコンクリートで固めて 海に捨て、
怒りの炎をガンガン燃やし
蒸気機関車のように 突き進んできたこの女は、
場末のキャバレーで 歌い続けてきた
オウジの母親と、同じ匂いだ。
「近頃泣いた? ボーイ」
「・・まさか。」
「泣くってイイものよぉ。
涙の雨で、心がすっかり洗われる。
でもアタシはもう、
涙なんてすっかり枯れきっちゃった。
・・・だから、
アンタが代りに泣いてくれる?」
ローズはオウジの肩に、
その重たいアタマを のせてきた。
強すぎる 花の匂いの黒髪が、
オウジの唇に触れた。
「あと少しよ。
・・もうあと5年もすれば
今度は、老け役のチャンスが来るの・・!」
そう自分に言い聞かせて閉じた瞼の、
二重に入れた 手術の跡。
「なんでだよ・・・っ」
なんで、そこまでして
ナンのために
このオンナは舞台に、しがみついてるんだろう。
なぜ、逃げ場も作らず、
これほど捨て身になりながら
走り続けてられるんだ。
―― オレは 逃げて来たんだ・・・
ステージから
歌えなくなることで
逃げたんだ ・・!
この部屋も
マンハッタンも
人生も。
全ては
大きなステージだ。
ひとりひとりが
自分の人生の、主人公。
それが悲劇であっても
喜劇であっても
役者はみんな
酔いしれて、
孤独を 深くかみしめながら
死ぬまで
演じ続けるしかない。
オウジはそっと、
ローズの瞼に
ローズの痛みに、口づけた。
こんな時、衝動的にそうしてしまう
ロクデナシ男の、悲しい習性だ。
「クククッ・・ アハ
アハハハハッッ!」
「な、なんだよっ・・」
「ボーイ、 アンタって とんでもない子ね!」
くしゃくしゃになったその顔は、
笑っているのか 泣いているのか、わからない。
「小汚いスラングばっかり吐くくせに
同じ唇で、
姫を守るナイトみたいな キスするなんて・・!」
「う、うっせーよ クソババアっ!」
オウジはソッポを向いた。
ヤバい、赤くなってる。
自分でも なんで、
こんなシュミでもエロでもない年増に
キスしてしまったのか、わからないのだ。
「フフッ わかったわぁ
アンタ、
どうでもいいオンナには スグ手が出る癖に
本命の子には
どうしたらいいかわからないタイプね?!」
「バッ・・ んなことあるかよっ!」
「ダメよ ベイビィ・・」
ローズはゆっくりと、
額を、オウジの額にくっつけた。
彼女の吐息からやってくる、
シャンパーニュの甘い香り。
「この街で、哀れな女に
いちいちそんなキスしてたら、
アンタの心が
ズタズタんなっちゃうわ・・・?」
近すぎる彼女の うるんだ瞳が、
オウジをまっすぐみつめた。
「誰かを 愛しなさい、
心から。」
天井で
アンティーク調に彫られた
木製の4枚羽が
年増の女優と、
青いシンガーの想いを かき回す。
この街に渦巻く
果てない欲望は
メリーゴーランドのよう。
子どもの頃
どうしても乗りたかった
夢の 乗り物だ。
「 この街で生きていけるのは、
心から
誰かを 愛してる人だけなのよ・・。 」
いつまでも回る、
古ぼけたメリーゴーランドに
乗り続けるしかない 年増のアクトレスが、
歌をなくした
ロクデナシ小僧に、
囁いた。
古くなって 傷んでも
止むことなく憧れる
おとぎの国の 乗り物は
仮面をつけた道化に ペテン師
詩人や画家や ジャンキーを乗せ
今日も
回り続けてる。
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このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




