42、永遠のメリーゴーランド・2
「い~カンジだったのよ、昼まではぁ!
それが 3次審査になったとたんに
キツネ目んなって
“キミはよくやった ご苦労様” だって!!
あのヘタレ野郎っ、
休憩中に、どっかのオンナにたぶらかされに
違いないんだわ!」
ローズは、芝居のオーディションに 落ちて来た模様。
「ご苦労様ですってぇ~~?
アタシがどれだけの苦労をしてきたか
アンっタにわかるのかってのよーーー
このクソハゲっ!!」
ブルーハワイ色のケーキに、
ローズはグサグサとフォークをブッ刺している。
「へっ、 苦労の多さでオーディション受かるなら、
そこらで死にかけてるホームレスは
みぃ~~んな
アカデミー主演男優賞だぜ」
「キャハハハッ
違う違う、舞台はトニー賞よ~~~ぉ」
と、のけぞって2秒後。
「ちっがーう! アタシの話!!
ブロードウェイのオーディションの話よおっ!
あの演出家、アタマおかしーわ
アタシの 何がいけないって~いうのさ!? 」
「ババアだから」
「もっとババアもいた!」
「デブだから」
「アイツは巨乳好きなのよ!」
「じゃあシワくちゃで~、ブスで~、
芝居がヘタクソだからじゃねーー?」
「・・・・・」
「こんだけ食って飲んで
テメエの体重管理も 出来ねーオンナが
なぁにが ブロードウエイ女優だよ! ぶははっ 」
「キャハハっ いいのよ~~ぅ
後で下剤飲んで ぜーーんぶ出しちゃうんだから!!」
「バッカじゃねーー
だったら最初っから喰うな、ブタ!」
「い~のい~のぉ
今日はね、酒も~タバコも~砂糖も~
な~んでもOKなのーっ!
ほら、アンタも付き合いなさいよぉ」
「いらねーよ ひとりで太れ、デブ女」
酔いどれローズは叫ぶだけ叫んだ後、
急に黙り込んで
箱の中のケーキをフォークで、グチャグチャし出した。
パンと冷たいベーコンをたいらげたカイは、
いつの間にか床で、すぅすぅと 眠りに落ちている。
まったりと 流れてゆく沈黙。
酒のまわった中年女の目が
オウジの顔を、まじまじと見つめた。
そして、熱いコーヒーの入ったマグを
グイっと差し出してくる。
「・・・ んだよ」
「アンタ 歳いくつ? 15かしら、・・・14?」
「17だよっ!
うげぇーー甘っめえ~~ もはや汁粉だぞコレ!!
ジャパニーズスイーツ シルコ! ユーノウ??」
そのシルコマグを、ローズに突っ返して。
「ふん・・・」
ローズも一口、激甘シルココーヒーをすすった。
「アタシの息子と同じ年ね」
「えっ アンタ子持ちかよ?!」
「フフッ
若気の至りってヤツよ。
・・カイショナシの男の、子どもができちゃってさあ~
育てらんないから、国の施設においてきたわ。
だってアタシは 女優なんだもの!」
「ケッコーな、大女優さまで!」
こういうム責任な親どもは、
置いて行かれた子どもの気持ちなんて
まったく考えもしない。
常に自分だけが、世界の中心だ。
この女もカイの父親も、
オレを置いてった親父も、みんな同じだ。
「アタシがここに来たのも、アンタと同じ年の頃だわ
アハハっ 懐かしいわねぇ・・」
やわらかな部屋の 灯りに透けた
ローズのダークブラウンの瞳が、
17年前のイースト・ヴィレッジを見ていた。
部屋はヒーターが 効いている。
天井の4枚羽のファンが 静かに回って、
この部屋の空気を 動かしていた。
ファンの羽は、模様の彫りこまれた
木製のアンティーク調で、
それは 記憶のどこかにあった
懐かしいメリーゴーランドを
思い起こさせた。
ただ、
ただ 回り続けている。
「8丁目なんて、
もう マリファナの煙でモックモクでさ!
霧がかかったみたいだったわ~ アッハハッ」
「ちっ・・
なんでババアの昔話を 聞かなきゃなんねーんだよ・・」
70年代後半。
ベトナム戦争が 若者たちの心に影を落としたまま、
LSDや、サイケデリックアートが横行した時代。
ジョン・レノン、 ジミー・ヘンドリックス
パティ・スミス
たくさんの偉大なアーティストが
この小さな街に 寄せ集まって来たように、
この女もまた 何かを掴みたくて
マンハッタンに
やって来たのだろうか。
ローズはマスカラを 塗りたくった長いまつげを、
夢見がちに閉じた。
近くで見ると、目じりのシワが
よりくっきりと カオに刻まれている。
オウジはローズの赤い爪の間で、
根元まで灰になったタバコを
奪い取って捨てた。
「イカレた奴らばかりだったわぁ
ドラァグクイーンに、ジャンキーに
売春婦、
画家に 詩人に ギタリスト・・
あっちで誰かが 飛び降りたー、
こっちでコソドロに 入られたーーって、
そりゃ~もう忙しかったの、
フフフッ」
「イカレ野郎と、オカマオヤジと エセ女優が
呑んでわめいて・・・
今と同じじゃんか」
「ふふっ・・
そうかもね、 ボーイ」
ローズの手が子どもをあやすように、
オウジの頬を、ペチペチと叩く。
「アンタ男の子なのに。
東洋人って肌がつるっつる、ゆで卵みたいねぇ」
彼女はシャンパーニュの ボトルを傾けて、
赤い唇の中に注ぎ込んだ。
「・・な~んでもできると思ってたわ。
世界の中心の、大劇場の真ん中で
光り輝くスポットを浴びながら
アタシは歌うの。
煌びやかな衣装と 拍手が
アタシを包み込んでるのよ。
みんな、煙の中で夢見てた。
・・・自分たちのアートがアメリカを、
世界を変えるんだと
心の底から 信じてたのよ」
オウジは、ハンの店で会った
若いアーティスト達を 思い出す。
―― コイツも昔は アイツ等みてーに、
ワガモノ顔で
この街を 歩いていたのかな・・。
シワだらけの肌も、
夢をはらんで ピンと張りつめ、
野心を映す、栗色の瞳は
とびきりの美人でなくても
イカシてたことだろう。
だが今、目の前にいる このオンナには、
ステージの上に立つ者にとって最も大切な
輝ける何かが、
どこにも見当たらなくなっている。
―― 売れるワケねーよ・・
こんなオンナ。
芝居など見たこともない ロクデナシの小僧にさえ、
ハッキリそう思えるほどに。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




