41、永遠のメリーゴーランド・1
マンハッタンの12月。
日は短い。
暮れだせば、アッという間に夜の帳が 降ろされて
気温もググンと下がってくる。
コートのポケットに手を突っ込み
ロリポップの棒をくわえたまま、
オウジは冷蔵庫から 冷凍庫に変わりつつある寒さの中を
急ぎ、7丁目に戻った。
セブンスストリートの路上から
カイの部屋を見上げると、
電気がついてる。
「アイツ
まぁだ 描いてんのかな・・?」
ひんやりとした アパートメントの階段を
オウジは3階まで 駆け上がった。
一段一段上るブーツのかかとが、
小気味よいリズムを刻み、
コンクリートに反響する。
吊り下げ式の丸い電灯が 揺れながら、
オウジの影を、映していた。
「おーーーい
食いモン 調達してきたぞーー」
鍵のかかっていないドアを開け、
ブーツのまま、まっすぐな廊下を進む。
リビングの様子が視界に入った途端、
オウジはまたしても、
オドロキの声を あげなければならなかった。
「ぐげ・・・っ!!」
オンナが、ベッドの上に寝てる。
あちら向きになっているため、
顔が見えない 黒髪ソバージュ女は、
大きな花柄プリントのロングスカートが
めくれ上がり、
ガーターストッキングの 太モモまでもが
ニョッキリ現れ出ている。
10センチはあると思われる
黒いピンヒールを、履いたままだ。
オウジの心臓が ドクドク。
カイの姿は、ベッドにはナイ。
思わずバスルームを振り返るが、
シャワーの音は、しなかった。
ホッ、じゃねーだろ、オレ。
アタマを左右に振って、
もう一度、オンナに視線を戻す。
と、ベッドの上に寝転がっていたそのオンナは、
正面に向き直り、
手に持っていた、シャンパーニュのボトルを
がぶがぶと ラッパ飲みし出した。
オンナの脇には、
冷蔵庫の牢名主に なっていたハズの
ブルーハワイ色のケーキが、箱ごと引っ越して来ていて、
オンナの真っ赤な唇に、
べっとりと ブルーのクリームがついていた。
そして、そのインパクトがありすぎな厚化粧に、
オウジは見覚えがあった。
――あっ・・
あの、ウエイトレスの エセ女優!!
・・コイツ、
やっぱ カイの女だったのか?!
口の端からシャンパーニュがこぼれ、
胸元の大きく開いた
ブラウスに、びちょびちょ染みている。
「あーあーーっ もう!
ベッドにこぼすな、ヨッパライっっ!!」
思わず駆け寄って、
酒をひっぺがすように 取り上げた。
こんなアバズレ、カイの女のハズないじゃん。
その泥酔女はオウジを見ると、
重そうな瞼を よーく開いて観察し、
次にゲラゲラと、オッサンかよな豪快な笑い。
「やっだわーーーーっ
髪が白いから
どこのジーさんかと思ったじゃないぃ!
なんでクッソガキがココにいるのぉ~~?」
「オマエこそ
何でココにいンだよ、エセ女優!」
「だってアタシんちは、この上だものーぉ」
エセ女優ローズが タクトを振るように、
天井の上にある4階を指した。
「だったら自分の部屋に帰れ!」
「あーら、アンタこそ自分の家に帰ったらぁ?」
「う・・・」
そう言われたら、身もフタもねーわ。
ここはカイの部屋で、
オウジの部屋は、地球の裏の六本木。
「・・・う・・ん??」
と、ネボケた声のするアトリエを見ると、
カイが床に転がっていた。
「オイッ、なんなんだよ このヨッパライはぁ?!」
「・・ああ、オウジ君 帰って来たんだね・・
よかったもう一度逢えて。
ボクは もうダメ ・・
動けない・・・」
カイは転がったまま、弱弱しくオウジに手を伸ばす。
「なんも喰ってねーからだろ、バーーカ!!
ったく、どいつもこいつも・・
オラよッ!」
オウジは 買ってきたもろもろが入った
紙袋を、ドサッと降ろす。
「ああ、パンだ・・!
パン・・。 ウレシイなぁ。
・・でも、 もう手が動かない・・・
オウジ君、食べさせて?」
目をつぶったまま、お口をア~ン。
「うっしゃ!」
オウジは パンを袋ごと
カイの口に ぎゅうぎゅうと詰め込む。
「ウエッ・・! 何すんだよーーっ
愛がないなーー
せめて袋から出せよ~~」
カイも飛び起きて、反撃に出る。
「うわっ、テメ
元気じゃねーかよ!」
「 あら・・・。 」
酔いどれたローズが、
ケーキにトッピングしてあった
ショッキングピンクのチェリーを 口に放り込み、
ギャアギャア、パンをねじ込み合ってる2人を
眺めてる。
「 まるで5歳児と 3歳児ね・・・。 」
やがてパンは宙を飛んで、雪合戦ならぬパン合戦へ。
カイのこんな くだらない姿を、
ローズは見た事がない。
「ふぅ~~ん。
カイって こういうクソガキも趣味だったのかしら?
つくづくわかんないオトコねぇ・・。
ねーねー そこのクソガキぃ、タバコある~?」
「オマエにやるタバコはねーよっ!
帰れ、アバズレ」
口に突っ込まれたパンを、
今度はアバズレ女に投げつけて。
「ケチなオトコね、出しなさいよぉーー」
ローズはベッドから立ち上がると、
絵に描いたような千鳥足で 近寄ってきた。
「・・・そーとー飲んでんな、 オバサン・・。」
レストランのエプロン姿ではない 今日のローズは、
フレアのスカートを翻しながら
黒いピンヒールで
踊るように歩いた。
そしてソファにぶつかり、
キッチンカウンターにぶつかりしているうちに
タバコの事はすっかり忘れて、
勝手知ったるキッチンへ。
酔っ払いオンナは、フンフンと鼻歌まで歌い始め、
食器棚から 砂糖の入ったガラス瓶を取り出すと
コーヒーメーカーの煮詰まったコーヒーの中に
ソレを ドカドカと入れ始めた。
「ぅわっ!! ナニすんだっ」
そして、砂糖の沈殿したコーヒーポットから
アツアツのコーヒーを
マグカップに注ごうとしているが、
なかなか狙いが定まらない。
「あ~っ こぼすこぼす!
あっっぶねーな 貸せっ、泥酔ババア!」
オウジは思わず ローズのコーヒーポットを取り上げ、
白いマグに注いでしまった。
「キャハハっ
うまい、うまい。 アンタ最高~~よ、ボーイ!」
「ち・・。」
ローズは、コーヒーの入ったマグを握りしめて、
何がそんなに可笑しいのか
ゲラゲラ笑いながら
カイの転がっているアトリエまで フラフラと移動する。
そして、そこに脱ぎ捨ててあった オウジのコートから
勝手にタバコを取り出して 唇にくわえ、
ZIPPOで火をつけた。
「あっテメッ! どろぼー!!」
「タバコ一本くらいで、いちいちウルサイ男ねぇ~っ」
「熱ちいっ! 危っぶねーな
コーヒーこぼすなクソババア!」
「あらぁ~? ケーキがないわぁ??
あーーっ、そうかぁ
ベッドに忘れちゃったーー ギャハハっ」
床から立ち上がろうとして、
酔っ払いには不似合いな、
10センチのピンヒールがグラリ。
「わーーアブねって!
わかった! わかったからオマエは座ってろ。」
オウジが、女の足からヒールを脱がせる。
「・・ちくしょう、
何っで オレがっ・・!」
ついでに、泥酔女から取り上げた
シャンパーニュをあおる。
カイの横で、グニャグニャんなっている
本日のローズは、
とびきり気合の入った厚化粧だ。
華やかな赤い唇から煙を吐き出す
酔いどれた中年女は、
ステージが終わった後の
オウジの母親の影を チラつかせた。
クソガキは、ついついベッドまで行って
牢名主ケーキを持って来る 始末。
「クソッ
地球の裏側に来てまで、ヨッパライ女の世話かよ・・」
ブツブツ言いながらも、
かいがしく世話をしてしまうオウジを、
カイは目を細めて 見守っている。
「ローズはダイエットしてるから
部屋に砂糖を置いてないんだよ。
だから、欲しくなったらボクの部屋にくるのさ」
「ええっ! しょっちゅー来んのかよ?
このヨッパライ」
「うーーん、時々ね。
・・落ち込んだときとか、いいコトあった時とか。」
「キャハハ~ッ これこれー!」
耳をつんざく金切り声で笑い、
ローズは オウジが持ってきたケーキに、
そのままかぶりついた。
「いったいアタシのドコが 気に入らないっていうのよ?!」
「あ?」
なぜかいきなり、アバズレ女が怒鳴り始めたのだ。
酔っ払いのやるコトには、脈絡がナイ。
「あのハゲタカみたいな 演出家よっっ!!」
彼女はその、三角形に盛り上がった鼻から、
バッファローのような鼻息を吐いた。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




