40、赤と青のロリポップ・3
あてどもなく歩いていった オウジの前に、
大きな石造りの門が 現れた。
パリの凱旋門に似た そのアーチの向こうには、
公園が広がっている。
隣接する通りの 名前からして、
ここは“ワシントンスクエア”て、トコらしい。
大きなサークルを描いた 噴水は
冬だからなのか、水が張っていなかった。
学生達が、ぶらぶら歩くのどかな公園。
古びた木製のベンチに座り
ユウウツな気分で 背もたれに寄りかかると、
オウジの頭上に 覆いかぶさるように張り出している
枯れ枝の 隙間から
旅客機が一機、
ダウンタウンの上空を 通り過ぎて行った。
―― JFK空港に 向かってんのかな
・・アレ。
自分がNYにたどり着いたのは、
ほんの10日ほど前だったのに
もう随分長い時が 過ぎたみたいだ。
貴章は、どうなったかな。
ブタ箱から、いつ出られんだろ。
美津子は、オレがバックれて
少しはアセってやがるかな。
――日本に戻ったところで どーなるんだ・・。
カイのいないトコで
オレに
曲が 書けんのか・・?
うっすらと飛行機雲の 尾を引いて
旅客機が、
薄く冷たい空の水色に 消えてゆく。
あの飛行機には
どんなヤツが、
どんな想いを胸に 乗ってるんだろう。
欲望と、野望の渦巻くこの街に、
いったい
毎日毎日
どれだけ数の 人間が
まっさらな希望と
漆黒の絶望を 胸に、
たどり着くんだろう。
オレは、
ドコに 行くんだろう・・。
鉛のような胸から、
重たい息を吐く。
その時、ふいに
この街に着いた晩に出会った、キングコング男の顔が
記憶の隅を よぎった。
『 ヤクが欲しくなったら、火曜の0時
ワシントンスクエアに来な! 』
―― ワシントン
スクエア ・・?
ココが、
そのワシントンスクエアだ。
陽のあるうちは 健康的なこの公園も、
夜には、その表情を変えるのだ。
かさり、と音をたてて
乾いた枯葉が
冷たいコンクリートの上を 転がった。
―― ・・そうだ・・。
あの時のヤクが、
まだ半分残ってる・・・!
オウジは、ブラックジーンズの尻ポケットに
手を入れる。
すっかり忘れていた、
小さなビニール袋が 指に触れた。
どくどくと
心臓の鼓動が、寂れたリズムを刻みだす。
ゴクリと生唾を呑みこんで、
オウジがヘロイン入りの袋を 取り出すと、
同時に何かが、
コロンと音をたてて 地面に落ちた。
「ん・・?」
振り向いたオウジの目が、
ベンチの下に転がっている、
赤と青2色の、らせん状になった
小さなロリポップキャンディーを見つけた。
「 ・・何んだ コレ・・? 」
思わず拾い上げてみる。
なんでこんなモンが 目の前にあるのか、
イミ不明。
オウジは、今ココに至るまでの
行動を、逆再生に巻き戻してみた。
「・・・あ・・っ。」
缶詰、ミルク、ポテトチップ
海苔巻、
そして ズブトく笑う、
コリアンデリカテッセンの骨太店長と、
レジの横に陳列されていた
色とりどりの ロリポップ。
「さては あの赤鼻オヤジ ・・!」
骨太なハンのオヤジが、
暑苦しい笑顔で オウジの尻を叩いて来たあの時、
ロリポップキャンディーをひとつ、
ジーンズのポケットに 滑り込ませていたのだ。
「だからぁ~~~・・!
オレは、
アンタの甥っ子じゃねーーっつのぉ。」
オウジは ため息と共に、
もう一度ベンチに座り込んだ。
「あ~~あ・・
もう・・っ」
ガキ扱いしやがって。
なんか、オレ
もうすげーマヌケじゃん。
『 おい、兄ちゃん
ナンか困ったら、ここに来んだぜ! 』
いかにもコリア~ンな一重瞼の、
人懐こい赤ら顔が 浮かんでくる。
――別にアンタになんか、ちっとも似てねーよ
オレは奥二重なんだしよ。
地球の裏側で、
逢ったばかりの韓国人に、同胞扱いされるなんて。
韓国の血が入ってるコトで、
親切らしきモノを受けたのなんか 初めてだ。
ワケのわからんイラ立ちと 戸惑いで
ぐちゃまぜなオウジの胸の
奥の方が
なんかちょっとだけ くすぐったい。
あーー ・・。 なんだかなあ。
ヘンな気分。
――ああ チクショウ ウゼぇ・・!
と、枯れ枝に覆われたベンチに座る
オウジの目の前を、
コ洒落たコートと 帽子を身に着けた、
紳士のジジイ版と、
そいつと腕を組んでいる 淑女のババア版が
ゆっくりと 通りすぎて行った。
見るともなく、彼らを追う。
いったい何歳なんだろ、あの白人夫婦。
仲むつまじいってゆーか、
歩くのノロ過ぎ。
その、ジェントルマンの方と 目が合った。
品のいい紳士は、あろうことか
オウジに向かって
“べーーーっ”と、舌を出して見せた。
「・・あっ?!」
目がテンになったオウジを 横目で確かめ、
お茶目ジジイはご満悦。
すぐさま紳士の顔に戻って、
花飾りのついた帽子のババアと、行ってしまった。
「 ・・ぶ・・っ 」
ナンだアレ。
ああ、
やっぱヘンだ、この街!
こんなに 個人主義な国なのに。
目が合った 誰かが
知りもしない誰かを
ホンの少しだけ、支えてる。
オウジは、手の中にある
ロリポップの棒を、指先でくるくる回し、
それから その包みをベリッと、ひっぺがした。
らせんのキャンディーを 口に放り込んで、
木製のベンチに
寝転がって空を仰ぐ。
口いっぱいに、
ただしつこく甘いだけの 砂糖の味が広がって
オウジの胸の奥をくすぐった、
こちゅばゆい何かも、
もう少し広がって
体のそこここに 沁みわたっていった。
遠い空
乾いた空が
オレを見てる。
あのウエスタンの老人達や
キングコング男から見たら、
韓国人も 日本人も 中国人も
みんな同じなんじゃ ないだろか。
黒髪に 黒い瞳の モンゴロイド。
カイ、
ショウゴ、 ハン、
オレ。
いったい ドコが違うんだ?
小さな島国で、
ニホンジンだ、ザイニチだと
分け隔てられることに
いったい どれだけの
何のイミが、
あったんだろう。
オレは今まで
何に、
こんなに 縛られてきたんだろう。
誰かに硬く 繋ぎ止められていたと
信じてた、鉄の鎖は
本当に 外れない、
オレの 生涯の自由を奪うほどの
威力を 持ってたんだろか。
だって、海を越えてしまえば
そんなの どこにもナイんだぜ?
イヤ、あるさ。
米国だって、白だ黒だ、黄色だと
肌の色で分け隔てる、
散々な歴史と、
力の支配が、どっぷりと。
地球上の、きっと何処にでもある。
偏見、 差別、 見えない鎖が。
誰かが誰かより
優位に立つために作った牢獄が。
「 くっだらねーの ・・・! 」
オウジは
ゆっくりと目を閉じた。
ブチ破ってやる。
要らないモノ、 邪魔なモノ、
オレを繋ぎ止め
この心臓を
冷たく 強張らせ
オレの力を
奪っていた 鉄格子を。
だって、そうだろ
そんなの、唯の まやかしだ。
オレが信じなければ
見えない鎖に
囚われたままで いなければ
誰も
オレを繋ぎ止めることなんか
出来やしない。
誇りを持つんだ。
クソみてえな偏見に シガミついてしか
生きらんねー くだらねえヤツ等の
罠にハマるな。
そして、開いた。
母親譲りの、奥二重の奥で
黒く輝く その瞳を。
自分の両手両足を抑え、
自由を妨げていた
錆色の 見えない鎖を
牢獄を
オウジは思いっっきり ブチ壊す。
打ち砕かれた鉄の鎖は、四方八方に飛び散ると
やがて微塵となって、
ワシントンスクエアの、空の中に消えて行った。
これはイニシエーションだ。
オレが自由を、手に入れるための。
オレはもう二度と
他人が作った 牢獄に
オレを 支配させたりしないんだ!
オウジは起き上がり、
口の中のキャンディーを
ガリッとかじった。
ハンのくれた
赤と青に、白く線の入った
韓国カラーのロリポップ。
「うえっ!
クソ甘めえっっ!!」
今日も、オウジの舌は
確かに味をカンジてる。
遠い遠い 親戚の
クソ甘な味。
暑苦しい、おせっかいの味。
気づけば、
ここから続く 5番街の街灯がもう
点々と ダウンタウンを、照らし出し始めていた。
「 アイツ
そろそろ 飢え死にしてっかな・・・ 」
オウジは
すっかり冷え切ったミリタリーブーツを
踏み出して
セブンス・ストリートに向かって
歩き出した。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




