38、赤と青のロリポップ・1
カイは、アトリエの壁いっぱいに、
桜の花びらを描き続けた。
いったい何日が経ったのか、わからない。
オウジの腕からは 時計も外れたまま、
ゴツゴツビカビカな シルバーアクセサリーも
外したまま。
何度か 眠ったり起きたり、
外が暗かったり、明るかったりしたその間、
カイはずうっと 桜に向き合っていた。
いったい、いつ眠ってんだろう。
オウジもまた
日がな一日、ソファに転がったまま
カイの作業を見ていたり、
本来の主のいないベッドから
天井でくるくる回る 4枚羽のファンを眺めていたり。
何もない
空白の時間。
音楽をかけない部屋の中には、
時計の刻む 小さな音と
通りのざわめき。
初めのうちは、リビングスペースの
大きなソファが オウジの寝床だったが、
主がベッドに寝ないので
オウジがソコを、使うようになった。
カイはと言えば、パステルを手に持ったまま
サスペンスドラマの死体かよってカッコで
アトリエに転がってたり、
ヒーターの前のソファで死ンでたり、
ベッドで眠っているオウジの
横に、寝てるコトもあった。
最初は、さすがにアセったが
キングサイズのベッドは、
4畳半で、バンド仲間3人と雑魚寝した時みたい、
てか 部屋全体が広い分
それよりずっと 空間があるし
そのうち、気にもならなくなった。
オウジのお気に入りは、
セブンスストリート沿いの 非常階段だ。
アパートメントの 外壁につけられている、
黒くペンキで塗られた階段から
通りを行く、この街の住人を
見るともなく見る。
凍り付くような、真冬のNYなのに。
カイの部屋の一部である その場所は
なんか 温ったかいカンジがする。
カイの部屋は、オウジにとって日常では無く、
イーストヴィレッジでさえ無い。
どこか知らない場所で行われている サマーキャンプに
参加している子ども等みたいに、
ソコは日常から まったく切り離された
時間と空間だ。
そこにたたずむ、
痛みも苦しみもない 別の次元の様な錯覚が、
アレもコレもぐちゃぐちゃで
身動きできなくなっている、
今のオウジを守っていた。
ショウゴの差し入れを 食べつくした
カイの部屋は、もはや食料が尽きた。
コーヒーメーカーのコーヒーは 煮詰まり、
冷蔵庫には
ミネラルウォーターと ペリエが数本。
そして、ブルーハワイ色のケーキが
今も牢名主のように 居座っていた。
「な~っカイ~~
ハラ減んねーのぉーーーー」
何を言っても、オウジの声は宙をつらぬいたまま、
届かない。
カイはまたもや、
不思議の国の 桜の貴公子さま、降臨中。
「 カスミ食って生きてやがんな、コイツ・・・ 」
煮詰まって濃くなった コーヒーの香りが
漂う部屋。
買い出しはクソめんどいが、
あの甘すぎるケーキは 死んでも喰わねーし。
残り1本になったKOOLをくわえて、
オウジは ようやく腰を上げた。
カウンターに残っていた、コインをかき集める。
チラリと横目で
貴公子ちゃん絶賛主演中のカイを確認し、
オウジは1人、街に繰り出した。
午後の遅い時間帯。
今日は、やや雲が多い。
風は冷たく乾燥してる。
行きすぎるブラウンストーンの アパートメントの窓に、
誰かがスプレーしたエセ粉雪と
赤やグリーンのオーナメントが
ぶら下がっているのが見えた。
―― あ、そっか。
もーすぐ クリスマス・・
だっけ・・?
道端にはクリスマスツリー用の
生のモミの木が並べられ、
「よう、兄ちゃん どうだい?」
と、ちょっと聞き取りにくい英語で
話しかけてくる、黒人の露天商。
ダウンタウンの街は
日本ほど、クリスマスオーナメントに湧いていない。
――なんか・・
けっこう ショボい・・かな?
この街を行き交う人種は様々で
キリスト教徒が 主流なワケでは無いからか?
日本だってキリスト教徒が多いワケでもないが、
結婚式は神前で、葬式は仏式、
クリスマスにはツリーを飾ってケーキとチキン。
イヤ、ホントは七面鳥だけど、
そんなのもあるしな。
間口が広いと言うか、なんでもアリと言うか。
あらためて外から見ると、日本もヘンな国なんだ。
数ブロックをオウジが歩くと、
英語とハングルで
「ハンの店」と書かれた、デリカテッセンがあった。
チラリとソコを 覗いてみる。
デミグラスソースとコーヒーと ごま油の入り混じった、
独特の匂い。
ショウゴの店ともまた違った、
ココだけの。
オウジが足を 踏み入れると
コンビニと総菜屋を、足したようなその店には
いかにもアメリカ~ンな
赤や黄色の ハデな缶詰やチョコレート、
スナック菓子やロリポップが
ぎゅうぎゅうに 陳列されてた。
その極彩色の中にいるだけでも、
気分はニューヨーカー。
アメリカ映画の中に 入り込んだみたいで、
オウジは、ちょっとハイになる。
――お、やり!
カップヌードルまであんじゃん。
うわ、でっけえ牛乳ーー!
ガソリンタンクじゃねーっつーの。
・・こんなん ガブガブ飲んでっから
乳がデカくなんだな、コイツ等は・・。
ケーキもミルクもジュースも、
なにしろビッグサイズの オンパレードだ。
――そういえば 空港のトイレの便座も、
ケツが落っこちそうに デカかったな・・!
ひとり、思い出し笑いをこらえる。
オウジはとりあえず、パンとベーコン、
5リットルは入っているであろうミルクと バドワイザー、
リンゴとポテトチップス、チョコクッキーに
KOOLを3箱。
そして観光客向けの、
カンタンなマンハッタンの地図も カゴに入れた。
惣菜コーナーで 韓国風の海苔巻をみつけ、
思わず オウジの足が止まる。
ほんの数回しか 覚えてないけど、
母親が作ってくれたコトがあったよな。
運動会かなんかだっけ。
「 懐っつかしー・・」
ニューヨークのダウンタウンで
母ちゃんの思い出に 出くわすとは思わなかったけど。
いや、
こんな風に離れたから 思い出すのかな。
レジ前から、30代半ばと思われる骨太の店員の、
いかにもコリア~ンな
切れ長の目が、オウジをじっと見ている。
――んだよ、あのオヤジ
ガンつけやがって・・!
オウジは骨太店員の目を、見返した。
そのタイミングを同じくして、
背中に、ドスンと固いものが当たって来た。
「痛ッてっ・・!」
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




