36、白い月とワインの夜・2
「キライなものの趣味は違ったけど、
スキなものの趣味は 似てたな~。
一緒にマンハッタンに来てたら、
同じ人をスキになって、取り合ってたかもしれないね?」
「ヒナも両党デビューかよ! 怖え~双子だな!」
「アハハッ それはわからないけど・・」
ヒナの話をする時に、
こんな風に笑うカイは 初めてだ。
なんかちょっと、オウジの心も軽くなる。
「実際取り合ってたんだ。
一人の人の愛情を」
ふとカイが見せる、
氷のように 透き通った表情。
「父親だけどね。」
「え、 父親? ・・なんで?」
カイはいつものやわらかな笑顔に戻って、
オウジを見た。
プライベートなことに関わろうとしない
孤高のノラ猫が、
自分に興味を示したことが、スナオに嬉しかった。
「ボクの家は 歌舞伎役者の
家柄だって言ったろう?
もの心ついた頃から 色んな稽古事をやるんだよ。
踊りとか、三味線とかね。
良くできればホメられるし
師匠である父からの愛情をもらえる。
とくに、ヒナは女だったから・・・」
カイの目が
祭壇に活けてある 一輪のバラを見る。
「カブキって ・・
あれ? 野郎ばっかなんじゃねーの?
こないだマシュマロ女が言ってたぜ?」
「事実上そうだね。
男が生まれると、跡取りができたって喜ばれるし。
ただ、子役のうちは
女の子も 舞台に出てるんだよ」
「へえ~」
カブキもオンナガタも、どーでもいい。
でも今、目の前にいる
このオトコの心の内は、気になった。
ヒナは芸事がスキな少女だった。
踊りも長唄も筋がよく、
小さなころは周りから
あたり前のように 賞賛を浴びていた。
一方、自由に動き、表現することの方が
好きだったカイは、稽古嫌いで
いつも大人たちの 苦笑を誘った。
だが、父親の視線は
いつもカイに注がれていた。
ヒナにどれだけの才能があろうと、
女である以上
11代目嘉川寿三郎の名を継げるのは、カイなのだ。
「あいつは
負けん気が強かったからなぁ・・。
いつもボクより早く覚えて、自分のモノにしてた。
なんとか父に 認められたかったんだろうな・・。」
ベトナム風の生春巻きを 一口つまんで
カイが顔をしかめた。
「辛いな・・」
辛かったのは 香辛料がたっぷりのソースではなく、
思い出の方の 味かもしれない。
「小っちゃい時は それでもよかったんだけど、
10歳過ぎた頃からかな・・
だんだん周りの目が そうじゃなくなってきた。
ボクは長男で 跡取りだ。
100年続いてる嘉川家の伝統芸を
潰すわけにいかないからね」
飲み口のいいワインは
どんどんカイの体に、侵入していく。
――コイツ けっこう酒も強いンだ・・
それに付き合うオウジの体も、
まったりと 重たくなってきた。
キッチンにたった1台だけある 置時計の針が、
小さく この部屋の鼓動を刻んでいる。
「ボクも焦りが出てきた。
“ヒナの方が11代目にふさわしかったのに”
って言われることが怖かったんだ・・。
そしてだんだん父は、
ボクへの当てつけでヒナを ホメるようになってきたんだ」
窓の外に見えるアパートメントの
屋根の向こうに 白く月が浮かんでた。
キャンドルの明かりに映し出された
満開の桜が、
2人を霧のように、包み込んでいる。
空になったカイのグラスに、
オウジが ワインボトルを傾けた。
「ヒナは傷ついてただろうな。
でもあいつは一切、そんな弱さを見せなかった。
ボクにも、それを感じ取る余裕なんて
全くなかったよ。
いつからか、ボクとヒナは口もきかなくなった。
一緒に踊る稽古場では、
・・もう火花が散ってたよ」
100年の伝統。
親から子へと受け継がれてきた、一門特有の芸。
そこにある誇り
慈しみ 愛
憎しみ。
同じエンターテイメントであっても、
オウジのいた 地方巡業のバンドマンや、
音楽業界とは
全く違った、梨園の世界。
そこは不思議の国よろしく、オウジにとっては異次元だ。
セブンス・ストリートのざわめきと
月明かりのライトの中で、
カイの一人舞台は まだ続いているように見えた。
--------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




