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30、心に棲む天使・1





昨日とは、違ったカオの ダウンタウン。




もう雪も溶けて、


乾いた歩道の、グレーのコンクリートがむき出しだ。




わずかに残っている雪は、


住人や店舗のスタッフの手で 街灯の下に


寄せられて、



通行人が滑る心配もなくなった。





変わらないのは


冷蔵庫の中にいるみたいな、冷たい空気。





8丁目、ここセントマークプレイスは


観光客にも 人気絶大なスポットだ。



なんか足取りハズむ、ストリート。






カイがオウジを 連れて入って行ったのは


昨日2人が通り過ぎた、


ロックTシャツがズラッと陳列されてる 古着屋だった。





「枚数稼ぐなら、ココだよ」






その店は、入口の大きさの割に 店内が奥まで


ずっと続いていて、倉庫くらいのスペースがあった。




セーターにコート、


バッグやスカーフ、なんでもござれで



客は若いのが、チラホラ。




平日の昼間は こんなカンジらしい。






「まずはコートを 買わなくちゃね! 

そのライダースじゃ、冬はムリだよ。


あとは、当面のモノだけあれば、


週末にフリマやるから、そっちを見るのもイイし。」




「そっか。」






知らない街の事は、住んでいるヤツに聞くに限る。


カイはNYこっちに来て、2年だって言ってたよな。





―― 学生でもなさそうだし


・・働いてもなさそう。


いったいコイツ、何やって喰ってんだ?






カイは素知らぬ顔で、


ハンガーに掛かっている ジャケットの


手触りを確かめてる。






―― 金持ちのマダムか、

オヤジのパトロンがいても おかしくねーよなぁ・・





と、デキすぎな横顔を眺め、



とりあえずはオウジも、


いろいろ物色してみるコトにする。






「オウジ君、黒い服ばっかりなんだね」



「ん・・?」






そう言われて、手に取ったモノを見ると、


ああ、黒のコートだ。



色とかデザインとかより、


防寒目的で、選んだつもりだったのに。






事実、バンドを組んで、


インディーズで 活動し始めた頃から



オウジは黒しか着ていない。




最初はインパクトが大事ってんで、


バンドの全員が


黒い服に黒い髪、 楽器も黒、




あとはシャープな


シルバー系の、アクセサリーだけにした。




オウジだけが、メジャーに移った時も、


事務所の社長の貴章が



オウジの“ノワール”なイメージを


エラく気に入っていて、




他に使った色は、せいぜい白地に


黒のロゴをあしらったTシャツを 着たくらい。





そして今も、無イシキに


オウジは黒い服を 手に取っている。





もう、自分の中に


すっかり組み込まれてしまってる、“黒”。






気づいた途端、


なんだか妙に落ち着かなくなった。





「 ち・・! 」





貴章や美津子の手から伸びてる、見えない鎖と


日本でのしがらみが、



今でも自分を、繋ぎ止めてる。





カバンもサイフも、洋服も



せっかく何もかもを 無くしたんだから。





―― もうアイツ等とは、オサラバだ!





気を取り直して、他の色を手に取ってみる。



でも、なんだかしっくりこないカンジ。






レジにいる若い兄ちゃんと、目が合った。




ソイツは、パープルに染めたロングヘアで



耳にこれでもかと輪っかのピアスを付け、


鼻のピアスから


垂れ下がったチェーンが耳に繋がってる。




彼は、ハデハデなパッケージに入った


ガンガンフルーツ臭を放つ、色つきグミを



一つづつ口に放り込み 



クッチャクッチャしながら、


オウジの様子をうかがっている。






―― ケッ 

オマエの耳はルーズリーフかよ!





心の中でそうツッコんだとたん、


そのルーズリーフ耳男が 


オウジのトコまでやってきた。





「ナンか探してんの?」





店員のクセに、上から目線な声。


ホントの目線も、かなり上についてるし。





「ありがと。  色々見せてもらうよ」





カイが、やんわり笑顔で、


すいっと 2人の間に入り込んだ。




放っておいたら、何をしでかすかわからない


日本から来たばかりの チンピラ小僧を牽制しての事だ。





「OK~~ 楽しんで行ってくれ!」





ルーズリーフ耳男は 営業スマイルをひとつかまして、


他の客のトコへ移って行った。





この店員に、悪意はないが、



日本の接客業の 丁寧さに慣れていると、


バカにされたと思っても おかしくナイのは


カイも承知の上のこと。




ましてや、目の前のウラブレ君は、



瞬間ガス湯沸かし器なみの 一発点火野郎だと、


わかってきたし。






「クソッ オレも髪、染めよ!」





パープルヘアー野郎への 対抗意識が燃えてきた。



この際、何もかも変えてやる。 


 

知らない街の、知らない自分に。






「いいね、どんな色にする?」





カイはイタズラの共犯者。



瞳がルンルンと、歌ってる。





「シルバーアッシュがいい。  

あのシルクのジャケットみたいな」




「うん、 似合いそうだ! 

じゃ、このセーターはどう?」






カイが ピンクの薄手、


ザクザク編みのモヘアセーターを



オウジの前に広げて見せた。






「ヤだよ こんなの、 オンナモンじゃん!」



「ユニセックスだよ。 

オウジ君ゼッタイ似合う、この桜色」




「え・・?!」






ギクリ、という程驚くオウジに、


桜色のセーターを あてがっているカイの方が


首をかしげた。






「・・・オレ


  ・・アンタに 名前の話した・・?」




「したよ?  王子プリンスじゃないオウジだろ?」







オウジは自分の名前が、


特に漢字が、気に入らない。




漢字で書くと、


 “ 桜児おうじ” 。





桜の字は、韓国人の母が


認知もしない父である、日本のオトコに惚れて選んだ、



“日本人らしい”文字だからだ。





絶対に口にしない、そんなプライベートのネタを、


もちろんカイに話した 覚えもない。





―― コイツ ・・


ホントはオレの事、

知ってんじゃねーのか・・?





オウジの中に湧き上がる、ふとした疑問。





「あ、いいなコレ! 買おうかな」





そんな事はお構いナシに、


カイは場を 一掃するような朗らかさで、



パステルアイボリーのプルオーバーを


鏡に向かって合わせてる。





――まさかな ・・。 


・・こんなノーテンキと 

なんも 接点なんかねーよな・・?






「・・アンタこそ、

同じような色合いばっかじゃん」




「うーーん、 

どしてもナチュラル系が 落ち着くんだよなぁ」




「ククッ たまにはこんなの着てみたらどーよ」





オウジは、さっき自分が手に取った、


真っ黒な、ダメージの入りの


ロングジャケットを、カイの前に当てて見せる。





「アハハッ 

確かにコレは着た事ない!」





と笑った後で、


鏡に映った自分を見た カイの表情かおが、


わずかに凍った。





「・・?」





オウジの視線に 気づいたカイが、



一瞬でいつもの美しい笑顔に、完璧に戻って見せる。






「何でもないよ。  

・・ちょっと 思い出したんだ」




「 ヒナって オンナのコト? 」





カイの顔に いつも乗っかっているハズの


笑顔が消えた。



その場の体感温度も、10度下がる。






「・・カンがいいんだね、オウジ君。」






止まっていた空間から流れを取戻し、


カイは違う服のコーナーに 視線を移して



いつもの微笑みを、顔に乗せた。





―― コイツのオンナ、

こんなボロっちぃ服 着てたんか?


どう考えたって、似合わねえ。





「・・・ 妹なんだ。」



「 いもうと・・? 」



「双子のね。」




「え、ヒナは・・


天使は、 双子の妹?」



――・・恋人じゃなくて・・?






「なんでかな。  


黒い服ばっかり着てたなあ・・・」






手に持ったジャケットを見る カイの視線は、


そのベルベットの生地を通りこし、



遠い彼女に 繋がっていた。






――そうだ。 

 

そういえば、カイと初めて逢ったとき・・・



妹に似てるとか、言ってたんだ・・!





・・あれは

黒い服が、オレの印象と似てたって


コトだったのか・・・?






--------------------To be continued!



このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。


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