2、霧のミッドタウン
オウジを乗せたバスは
トンネルの闇の中でもかまわず
ハイスピードで疾走した。
がっしりとしたガタイに
脂肪が上乗せされた 白人の運転手は、
自慢の筋肉で
力ずくにハンドルを、操ってる。
ライダースのポケットに
手を入れると、
無造作に突っ込まれた 20ドル札が数枚、
オウジの手にあたった。
「チックショウ、 あのメギツネめ・・」
思わず口をついて出た言葉に、
昨日のイマイマしい出来事が 浮かんでくる。
わずか18時間前のことだ。
自分の部屋で 寝ていたオウジは
たたき起こされ、車に乗せられ、
ムリやり成田まで連行された。
オウジは、ロックバンドのヴォーカリストだ。
そのオウジの所属する
芸能事務所の社長が、
麻薬所持で 現行犯逮捕されたのだ。
もっとも、社長とは名ばかりで
実質会社を キリモリしていたのは
妻の美津子だった。
社長の貴章に 見込まれ、
特別扱いされていたオウジは
事務所の寮とは別に
マンションの一室を あてがわれていた。
ドラッグにギャンブル、女遊びはもちろん、
オウジと貴章の間には
バッシングと エロネタが大好物な
芸能雑誌にとって、
ウハウハ飛びつきそうなネタが、
いくらでも転がってる。
今、オウジまでもが 警察沙汰になれば
小さな芸能事務所が
ブッシャリ潰れることなど 造作ないコトだった。
そんなワケで、美津子はオウジを
“高跳び”させたのである。
日頃から、夫とオウジの関係性に
よからぬ思いを 抱えていた美津子には、
ちょうどいい厄介払いの、チャンスでもあったのだ。
機内に持ち込める程度の バックがひとつと、
パスポート、
20ドル札が数枚。
NYジョン・F・ケネディ空港行きのチケット、
そして名刺が一枚。
それが成田空港で
オウジに渡されたすべてだった。
その名刺を、
左のポケットから出してみる。
トンネルの中の暗さで よく見えないが、
それは日本のテレビ局の NY支局の名刺で、
所在地とTEL番号、そして
”プロデューサー 井上真由美”
と書かれていた。
『 空港に着いたら
ココに連絡しなさい 』
美津子の甲高い声が、耳元でよみがえる。
『 逃げようなんて思わないことね。
こんなハシタ金で 冬のマンハッタンに
放り出されれば、
ホームレスになって、凍死するだけよ 』
――チッ 美津子のヤツ、
ケチなマネ しやがって・・!
井上だぁ~?
オレを殴りやがった 中学のセンコーと
同じ名前じゃねえか、
気にいらねぇ!
ダ~レが オマエの息のかかった
オンナのトコなんか 行くかよっ
オウジは名刺を、グシャッと握りつぶして
バスの通路に放り投げた。
その時、オウジの
目の前の視界が イッキに開けた。
バスが イーストリバーの地下を抜け、
地上に出たのである。
白やパープル 赤 ブルー。
さまざまな色のネオン。
そびえ立つビル、ビル、ビル。
上部は、どれも霧の中にうもれていて
先端が見えない。
まさに摩天楼だ。
東京の高層ビルとは
スケールのデカさが まるで違う。
オウジは巨大なマンハッタンの内部に
いきなり侵入していたのだ。
「うぉおっ・・・!!」
シートにふんぞり返っていたオウジも、
思わず身を乗り出していた。
隣の車線を走る
イエローキャブの 赤いテールランプが、
水滴で曇ったバスの窓ガラスに
残像を残しながら 追い越してゆく。
目を丸くして窓の外を見る、
イナカモン丸出しの自分にハッと気づき
オウジは思わず 車内の白ブタ野郎を、ふり返った。
彼は長旅の疲れで、眠りについているようだ。
自分のダサダサなトコを 見られずにホッとして、
オウジはゆっくりシートの背にもたれ、
元の姿勢に戻った。
まもなくバスは
グランドセントラルステーションに 滑り込んでいった。
--------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。