18、憧れに続く道・1
「行こうか」
歩き出したカイの栗色の髪が 風にノって揺れ、
首筋のアザが、のぞいて見えた。
オウジの心臓が、とくりと鳴った。
この青いアザをみると、
胸の奥で 得体の知れない何かが
カイに引き寄せられてゆくのを カンジるんだ。
――天に昇って行く 青い龍みたいだ・・。
「この辺りや上の方の通りはね、
ちゃんとアヴェニューとストリートが番号になって
順に並んでるし、
道同士が 直角に交差してるから、
わかりやすいんだけど」
カイの指す道路標識には、
“1st Ave”と書いてある。
今、2人はファーストアヴェニューを
上に向かって歩いてるのだ。
ファーストアヴェニューは、
マンハッタンの地図上を縦に通る
1~11までの大通りの、一番右側、
日本人のコミュニティでは
1番街 と、呼ばれる通りのことだ。
「もっと下に下がると、
ストリートの名前が 番号じゃなくなるし、
道もいろんな方向に延びてるから、迷いやすいんだよ」
「下、ってなんだよ」
「地図で見るマンハッタン島の下の方ってことさ」
「えっ!! マンハッタンて島なのか?!」
「そう。 ボクも来るまで知らなかった!」
おっと、庶民スマイル。
コイツ、こんな顔も持ってんのか。
「ニューヨーク市はマンハッタン島、
ブルックリン、クイーンズ、
ブロンクス、スタテン島の 5つの地区でできてるんだ。
でも、5番街とかブロードウエイとか
ウォール街とか、
み~んなマンハッタンにあるから
ニューヨーク=マンハッタンって イメージなんだね」
シャーベット状になった雪の上を、2人は軽やかに
でも、気をつけながら進む。
今度は 滑ったりしないように。
「ふーん・・
アポロシアターとか、カーネギーホールとかも?」
「ブラックミュージックと クラッシックの殿堂だね。
オウジ君、やっぱりミュージシャンなんだなあ~。」
「・・・」
言わなくてもいいコト、言っちまった。
ドコの誰から聞いたのかも忘れたが、
ジャクソン5とか、ダイアナ・ロスが
出たってアポロシアターと、
ナントカいう エライ指揮者が振ったって
カーネギー・ホール。
この2か所の名前だけは、
オウジのNYマメ知識の中に 入ってたのだ。
「ほら、あそこに
エンパイアステートビルが見えるだろ?」
「・・ん?」
ひときわ高い、
NYの象徴として知られている そのビルは、
ダウンタウンの何処からでも、
空を見上げれば 見つけることができる。
「あれは5番街の、33丁目にあるんだ。
カーネギーホールは、
その2本左側の7番街のもっと上で、
アポロシアターはハーレムだから、
それよりもっとずっと上の方さ」
カイの形のいい指が、
音を紡ぐコンダクターみたいに
まだ見ぬ街の風景を、オウジに想い起こさせる。
「へ~・・」
「72丁目には
ジョンとヨーコ住んでた、ダコタアパートメントがあるよ」
「えっ! マジ!! ジョンの家っ?!!」
カイが吹き出して、
やっぱりスキなんだ、って 瞳だけで言い返してくる。
ウルセーよって目をそらせたけど、
もう遅かった。
ちょっとカオが 赤くなってる気もする。
クソ、これじゃ ベタな音楽少年みたいじゃん。
だから足早に歩きながら、こっそりと、
エンパイアの向こうに続く
ミッドタウンに 思いを馳せた。
胸の中から さざ波が、
丸く丸く 弧を描きながら広がってゆく。
この道が 続いてる・・・。
ジョンが暮らした部屋
マイケルとダイアナが歌った、
眩いスポットライトのステージ
そうだ、
このコンクリートだって
シド・ヴィシャスが 歩いた道かも!
この風にだって
ジミヘンのギターが混じっていたかも!
―― うわ・・・ ヤベ
マジでオレ 今、
すっっげーーーートコにいる・・・!!!
オウジの中で、膝を抱え丸まっていた
ただの 音楽ずきな少年が、
その重たいマブタを開き
心臓から 紅く血が流れ出す。
熱が 体中に、巡ってく。
―― この、オレが
今 歩いてるのと同じ道が 続いてる・・・。
はるか遠くへ
大きな何かへ。
「もし、ダウンタウンで道に迷ったらね、
空を見るんだよ!」
カイの声もハズんでる。
2人、晴れた午後の空色を見上げた。
聴こえなかったかな、オレのドキドキ。
「エンパイアのある方がミッドタウンだろ?
振り向いてごらん、
ワールドトレードセンターの ツインタワーのある方が
ダウンタウンの一番下なんだ。
このふたつのビルは
街のどこからでも 見上げれば必ず見えるから、
それを目印にすれば、どっちが上か下かすぐわかる」
「お~。」
「マンハッタンは5番街を中心にして、
それより右をイースト、左をウエストで表すんだ。
エンパイアは5番街に立ってるから、
自分がエンパイアより 右側だったらイーストサイド、
左だったら ウエストサイドに居るってことなんだよ」
「すっげ~! 一目でわかるじゃん」
「僕も2年前
コッチに来たばかりの時に 教わったんだ、
ショウゴさんに」
「ショウゴ?」
「これから会う人だよ。 オモシロいんだ」
「なんだ~? 今度はコメディアンかよ」
「ハハッ 近いかな!」
陽射しの弱くなった午後の イーストヴィレッジを歩き、
カイに連れて来られたのは
13丁目にある こじんまりとした店だった。
日本語の手書きで
「居酒屋 SHOCHAN」と書かれた看板は、
南米風のハデハデな色。
洗練されたオシャレなNY感は まったくないが、
なんかイキオイのありそうな店。
こういう、ポリシーそのものが
ゴチャ混ぜ感で 成り立ってるのも、
またダウンタウンのオモムキだ。
その店で使えるクレジットカードの
シールがベタベタ貼ってある
窓ガラスの横の、木製の扉を半分開いて、
カイが店の中に カオをのぞかせた。
「ハイ!ショウゴさん
今日もエプロンがキマッてるね、ステキだよ。
壁、借りるね~。」
それだけ言うと、カイは通りに戻り、
オウジにウインクすると、店の外壁の前を 陣取った。
流れるような動作で、カバンを肩からおろす。
相変わらず、身のこなしにスキがナイ。
「オウジ君 ハーモニカ吹ける?」
「吹けねー」
「ハイ。」
返事を聞くが早いか、
カイがオウジに 投げてよこしたのは
銀色に光る、小さなブルースハープだった。
--------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




