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16、モスグリーンのパスポート・1




オレはいったい 何モノだ・・・?




オウジの心が、一気に暗転した。





――  オレは歌えない  


       曲も作れない・・。






生まれた時から母親と共に、歌があった。


古い記憶の中で父親と共に、



小さな おもちゃのピアノがあった。




そして、色んな国から来た母親のバンド仲間と、


たくさんの楽器、



彼らの国の言語や、巡業してまわった


たくさんの地方の方言さえ、




オウジにとっては 音楽そのものだったのだ。





あたりまえに歌があり、


あたりまえに音が体の一部。



自分がミュージシャン以外の モノであったことはない。





だがその音楽が、今はない。


オウジの世界のドコにもない。




闇の中にひとり、


切り離されている迷い子だ。






ここにいるオレは誰だろう。



歌えないオレは、


いったい 何モノだって言うんだ。






誰かの注文した、これまたチョコの


どっぷりかかったケーキを トレーに乗せ、




おかわり用のコーヒーポットを 持ったローズが、


オウジのテーブルの脇を 通り過ぎる。





ハリを失った肌に ファンデーションを塗りたくり、



くたびれたカオで、皿やグラスを片付け


わずかなチップをかき集めながら、 




私はアクトレスだと言い張る女。





――  オレより 


百倍 マシじゃねーか・・!






出逢った晩の、マシュマロ女が言ってたっけ。




 『 あなた、

日本からきたばかりでしょう? 』





―― 日本から来たかって? 


 そうさ、

でもオレは日本人じゃないぜ・・?






日本で生まれ育ち、日本語で話し、



地球の裏側で 見知らぬ日本人ビイキに助けられ、


日本人のオトコとツルんでも



オレのパスポートは赤くない。




在日韓国人3世のオウジは韓国籍、


パスポートは 緑色だ。





――  オレはジャパニーズじゃない  


      コリアンでもない





在日韓国人は、


本国のコリアンから見れば 


韓国人ではないのだという。




そして、認知もしない父親が 日本人であるお蔭で、



オウジは在日の友人からも


同胞だとは 扱われなかった。





―― カオも覚えてねえ 親父の影に、


なんで、纏わりつかれなきゃ

なんねんだ・・!






  『 クニに帰れよ 在日!! 』



 『オマエの父親 ニホンジンだから・・ 』



『 ハングル読めないの? 韓国籍のクセに 』





オウジのハートに刺さったままの、氷の棘。






日本人でもない 


韓国人でもない 


在日でもない。




どこにも属せない この足元の不安定さと、


胸の奥に巣食ったままのイラ立ちが、




何かの拍子に顔を出し、


オウジを闇の中に引っ張り込んでゆく。







「ローズ、 チェック頼むよ!」






あっけらかんと、カットインしてきたカイの声が、


オウジの目に 眩しく明かりを灯した。




ハッと我に返ったオウジが、ポケットを探る。





「あれっ!!」



「どうしたの? 」



「金 ・・ねえ・・!」





ありとあらゆるポケットの中を


何度も探ってみるが、



美津子から渡された20ドル札が、


なぜか1枚も残ってナイ。




どこでどう使ったかの、記憶もナイ。





「そういえば・・  

オウジ君がウチに来たときは、


もう手ブラだったよね」




「ええっ マジかよ?! 

カバンもねえの、オレ?!」





一瞬途方に暮れてみたものの。




カバンの中身は、美津子が勝手に詰め込んだ


着替えが少しばかり入ってただけ。



未練のあるものなんか何もない。



むしろ、ない方がイイ。






ジャケットの胸ポケットに手を入れると、


パスポートだけは残ってた。





モスグリーンのパスポート。





足の一歩も踏み入れたことのない韓国の、


これだけが 今のオウジの証だった。







--------------------To be continued!



このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。


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