12、セブンスストリートの部屋・2
「天使を口説ても ダメだよ~?
あのコは この世のモノじゃないからね」
カイが寸分の狂いもない 彫刻のような、
美しい笑顔を作った。
が。
その完璧に見える微笑みの、
塗り固められた何重も向こうにある 凍り付いた何か。
悲しみって名前に 似てる何かを、
オウジのアンテナがキャッチした。
そしてその瞬間
ハートの ど真ん中が、つぶやいた。
―― コイツだ・・・っ !!
突然やって来たその確信が、オウジの胸を占めた。
この街に来たときから感じてた、
フシギな予感。
見えない力で 手繰り寄せられたように
自分をNYに連れてきた その糸が、
目の前で笑ってるこのオトコに、繋がってる。
根拠はナイ。
全くないが
だからこその、確かな答えだと
オウジはカンジた。
胸の鼓動が 容赦なく早まる。
体中が、熱くなる。
―― イヤ 待て待て待て待て。
運命とかねーし。
そんな妙~な力あんなら
オレとっくにビッグんなってるし。
てか、あるならキレーなネーちゃんだし!
アタマはパニくりつつも打ち消すのに、
やっぱりどこか
もっと体の奥の方が、シンと静まり返ってる。
とりあえず、震えている手に気づかれないように
オウジはコーヒーを、一口すすった。
「うあっちいぃっ!」
冷え切ったオウジの唇に
アメリカンコーヒーの熱さが、容赦なく突き刺さる。
口の中に広がる、ほろ苦さと芳醇な香り。
「苦っげぇ!」
コーヒーと、それを淹れたオトコに八つ当たり。
「あ~、ゴメン 砂糖とミルクが要ったかな?」
「い、いらねーよッ!」
子ども扱いされてムクれ顔のオウジに、
カイは思わず吹きだした。
「ハハハッ ゴメン! ・・ハハッ アハハハッ」
会ってから、まだ数時間。
このオトコは 実によく笑う。
人生そのものが楽しくて仕方ないとか、言わんばかりの
幼子みたいなカイの笑顔は、
さっきチラリと垣間見たハズの 彼の悲しみを、
微塵も残していなかった。
―― 気のせいだった
・・か?
気を取り直して、
今度はゆっくりと コーヒーに口をつける。
フーフーしてるトコ見られないように、
そっぽを向いて。
「キミ、ホントに可愛いな。 気に入っちゃった。」
「はああぁ~?! バッカ じゃねーの!!」
キッチンカウンターに腰かけて、頬杖をついている
イカレファンタジック野郎の 澄んだ瞳が、
じっとオレを捕らえてる。
香り立つコーヒーマグの 湯気の向こうから、
明らかに 好意の甘さを乗せて。
―― え ・・。 コイツ・・・ 。
ゴクリと、口の中に入っていたコーヒーを飲み込んだ。
えーと、 ここはNY。
で、このオトコはアーティスト。
肩まである栗色の髪に
左耳のへリックスにひとつだけ光る、ダイヤのピアス。
超が付くほどの美形のカオ。
ってオイ、いかにもな設定じゃねーかよ。
イヤ日本でなら、
そっち系の人物に出くわしたコトもあるけど、
業界でもそれなりにタブーだったから、スルーできたし
それだって、男から
これほどまっすぐに 見つめられたコトねーよ。
そもそも 知りあったばかりのオトコを
部屋に招き入れるなんて、
やっぱコイツ、フツウじゃねー。
ホイホイついてきた自分も、ヤバすぎる。
オウジの鼓動は、フォルテシモのテンポ170。
――なんで赤くなってんだよ、オレ。
ヤバい。
こんじゃまるで
“超美形のネーちゃんと いきなり2人きりにされちゃった、
ボクはジュンボク少年です” 状態じゃんっっ!!
「ジロジロ見んな、オカマ野郎っ」
とっさに反撃。
ジュンボク少年は、死んでも封印。 死んでもな。
「ん? ボク、・・ゲイに見える?」
「見える!まんま! 100パーオカマ!」
「ふ~~ん」
え、ナニ その楽しげな笑顔。
「残念でした~! ボクはバイセクシャルです。」
「ぶっっ・・! あっっちいいっっ!!」
飲んでいたコーヒーが手にこぼれた。
「げほ、げほっ!
よ、よけい怖ぇーよ両刀なんて! バーカっ!!」
しまった、 オレ すっげーカッコ悪い。
でもイカレバイ野郎は、そこを全くスルーした。
「だってさぁ~
恋に落ちるのって一瞬だろ?
この人はオトコとかオンナとか、同性だからダメとか、
考えてるヒマなんてナイじゃないか」
「考えなくたってわかんだろ!」
「ウソ! 考えなくてわかるの?
レイコンマ何秒とかの世界だよっ?! 」
その目が本気、って言うか
リスペクト入ってんですけど。
ヤバい。 コイツ、マジだ。
マジで アタマイカレてる。
「ぶはっっ・・!」
思わず、オウジも吹き出した。
「あーーっ! しょうがないなあ~もう、ホラ。」
こぼしたコーヒーふき取り用に
カイが差し出したタオルを
オウジがバシッと取り上げる。
「ちゃんと拭かないと、レザーがダメんなっちゃうよ」
「 うっせっつの! ぶわははっっ 」
いかん。
コイツといると、どうもチョーシ狂う。
オウジの中にいつも在る、
ターゲットの明確でない戦意とか
暴走しがちな激しさとか、
その奥にある ドス黒いレットー感とか。
そんなモノ達が
うまく機能しなくなってしまうのだ。
いきなり吹いた、季節外れの突風に
足元からもってかれちゃったみたいな。
オウジは止まらなくなりそうな笑いを
気合いで引っ込めて、
営業スマイルならぬ
営業ブッチョー面で、ライダースの袖を拭く。
が、もう遅かった。
「笑うともっと可愛いね、黒猫クン。」
「かわいーとかゆーな! クソバイ野郎っっ!!」
コーヒーを拭いていたタオルを投げつける。
「アハハッ」
カイがそれをキャッチして、またこちらに投げてくる。
くそ、益々ズにのせちまった。
今度はムシ。
オレのスマイルは、
カモになりそうなオンナ限定なんだ、バカヤロー。
「ふふっ」
カイはほんのり加減の笑顔に戻って
ゆっくりとコーヒーを味わった。
そして飲み終わると、眠そうな目で窓の外を確かめた。
「ああ、もう空が明るいね・・。」
立ち上がって、ベッドへ歩く。
「じゃ、おやすみ。」
カイは手際よくセーターを脱ぎ、
コットンの部屋着に着替えると、
キングサイズのベッドへもぐりこんだ。
「えっ て、 おい・・」
そして、この部屋によくマッチする
ベージュのブランケットを被ったかと思うと、
そのまま眠りに落ちて行った。
「 マジか・・ 。 」
さすがに、オウジの開いた口が
そのままになってしまった。
―― どーすんだ、オレ・・
てか、見知らぬオトコ連れてきて、
そのまま寝ちゃう・・?!
そりゃいくらなんでもアブねって。 ここNYだぜ?
金とかテイソ―とか、ダイジョブかよ。
わけのわからんバイ野郎は、
すーすー寝息をたて始めた。
あ。
何言ってんだ、オレ。
コレって絶好のチャンスじゃん。
コイツが寝てるスキに
何か金目のモン探して、バックレればいい。
「う・・ ん」
カイが寝返りを打った。
おっと、ヤバいヤバい。
もうちょっと眠りが 深くなってからだ。
なんて言ったっけかな、なんとか睡眠。
深くなったり浅くなったりすんだよな。
カイを起こさないように そっとソファに腰かけながら、
オウジは部屋の中を、もう一度見回した。
リッチってわけでもなさそうだけど、
生活費くらいはあるハズだろ。
セブンスストリート沿いの窓から
明るくなってゆく イーストヴィレッジが見えた。
「・・・・」
金を混ぜたオレンジに、東の空が色づいている。
朝焼けなんて見たの、何年ぶりだろ。
怒涛の様だった1日の、すべての音が鳴りやんでいる。
長かった1日。
ドタバタと転がり込んだ この部屋の主である、
ファンタジック野郎の寝息だけが
オウジの耳に、聞こえてる。
「 ヘンなヤツ・・ 」
窓の外の静かな朝に、ドコからか
はらはらっと舞い降ちて来た雪が、
また天使の羽に見えたけど
オウジはそれを、アタマの中でボツにした。
--------------------To be continued!
このお話の設定は1980年代NYです。なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




