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11、セブンスストリートの部屋・1




イーストヴィレッジの名で親しまれている


ダウンタウンの 上部東側エリアは、



アーティストが多く暮らす街でもある。





以前の倉庫が アトリエとして使われていたり、


住居や 独創的かつオシャレなレストランになってたり、





ブロードウエイのような大手の劇場ではできない


斬新・マニアック・実験的なパフォーマンスを上演する、



オフブロードウエイ、


オフオフブロードウエイなんて呼ばれる、


小さな劇場もある。




クリエイティブなエネルギーが、ハジケる街だ。






ここは東ヨーロッパからの移民も多いが、


インド料理店、ドイツのビールバー、日系のスシバー、


コリアンのデリカテッセンなどなど



少し歩いただけでも、国際色は多種多様。





よく晴れた土曜には、冬のさなかでも 


小さなカフェのテラスに


住人達が お茶を飲みにやって来る。




白くて分厚いマグカップに注がれた


熱いコーヒーを飲みながら、




ゆっくりと新聞に目を通す老人たちと


たわいもない会話を交わすのも、



カイの好きな ひと時だ。






東の空が、うっすら色を変えてきた。





カイは、雪の舞い落ちてくる 街灯に照らされた


冷たいコンクリートの歩道を、



少しだけ 歩調をゆるめて歩いた。






――オモシロイ子に 逢っちゃったなぁ。






自然と笑みが、こぼれて落ちる。





ほんの数時間前、いきつけのジャズバーで出逢った少年は


感情を まんまぶつけてくるタイプ。





子どもの頃から、常に周りを気遣うことが


身についてしまった自分とは 正反対だ。






―― それにしても 


  ・・彼はいったい 何者だろう?








ジャズバーの隅っこのテーブルで、


ひとり酔いつぶれていたその少年は、



何やらバンドマンとも、モメていた。




ベースの音が 気に入らなかった様なのだ。





ダウンタウンでも人気のその店で、


演奏に文句をつける客など、カイは見たことがなかった。




もちろん今日の演奏も十分よかった。


耳の肥えた常連客達にだってウケていた。





だが、その少年もいなくなり、店じまいをする頃になって


年老いたベーシストが、カイにつぶやいたのだ。






「カイ、ヤツはいったい何モンだ? 」



「さあ・・?  

逢ったばかりでボクもよくは知らないけど?」






そのベーシストは、今朝から風邪気味だったそうだ。



幼いころに患った重度の中耳炎の後遺症で、


ほんの少しだけ 音感が狂う時があるのだという。




だが、客にはもちろん バンド仲間にもわからない、


本人にしかわからない程度の わずかな音のズレを



チンピラまがいのオリエンタル小僧に、



イチャモンつけられたのだ。






「ホントにわかってたんなら、

おもしれえ小僧だがなぁ 


ヤツぁトビキリの 絶対音感でも、持ってるのかね?」






仕事を終えた 大きなウッドベースの絃を


ヨレヨレのタオルで拭きながら、



黒人特有の人懐こい笑い顔で そう呟いたベーシストを、



カイは思い出していた。







そっと振り向くと、


その得体のしれない少年が、


数十メートル後ろから ついて来てる。






――やっぱり 来た・・・。






カイは小さく笑った。



彼とは、ここで終わる気がしない。





なぜって、先ほどその彼と再会した場所が、


カイにとっての 特別な聖域だったから。






自分の後ろをついてくる、


気が向いたとき、気が向いた相手と


気が向いた分だけ関わりあう



ワガママ放題な 心の主。





――真っ黒な ノラ猫みたいだ・・。






やがて東の空が、


夜明けのグラデーションに 染まってきた。








一方オウジは、酒とクスリと眠気に


脳ミソを襲われながらも




目を凝らして グレーのツイードコートを


見失うまいと、追っていた。





別に、コーヒーなんか飲みたくねーよ。




そりゃ宿は欲しいけど、あのクソ美形ヤロウの部屋なんて、


こっちから願い下げだ。


でも。





――気に入らねえ!

 


逢った時からなんもかも、全て、まるごと、


1ミリたりとも、気に入らねえ!!






そう、何か一つ ギャフンと言わせてやんなきゃ


腹の虫が治まらないだけ、と



自分に言い聞かせながら。







ずっと自分の前方を歩いてたカイが


歩道から姿を消した。




その場所まで追いついてみると、



鉄格子のシャッターに閉ざされている


小さなブックストアの脇に



アパートメントの入口につながる、住人用の階段があった。





赤い煉瓦造りの建物が多い中で、


そのアパートメントだけが、アイボリーに塗られてる。





歩道に立っている道路標識は、「E 7 st」。

 



ここはマンハッタンのイーストサイド、7丁目なのだ。





階段を5段ほど上がった建物のエントランスには、


住人用のポストが並んでて、



302の部屋ナンバーのポストに


“KAI SAKAMOTO”と記されている。





―― カイ サカモト・・・  


 やっぱアイツ、日本人なんだ。







オウジが階段を上がって行くと、


白いペンキで何度も 塗りなおしてある


年代物のドアが、開け放たれていた。




部屋のナンバーは、302号。





「マジかよ・・・」



――超~不用心じゃん!  

   

  ・・ココって、そんなに 治安悪くねーのかな?






白いドアの中を オウジが覗いてみると、


廊下が奥に向かって まっすぐ伸びていた。




廊下の右側はクローゼットの扉


左は、バスルームらしき扉。




突き当たりには大きな窓あって、



ココから見えない部屋は、


右奥に向かって続いているようだった。






「ドアは閉めてカギかけてくれよ~  


  黒猫クン!」






住人の姿は見えなかったが、その声はまちがいなく


あの美形ヤロウだ。





黒猫だの 黒曜石の目がキレイだのと、


いちいちクソファンタジックなのも、気に障る。




オウジはミリタリーブーツを、ドカッと玄関に踏み入れた。




ずかずかと 部屋に侵入する。





部屋は、けっして狭くないワンルームだった。





人がたくさん集まってきそうな リビングスペースに、


どっしりと安定感のある 大きなソファ。




キングサイズのベッドに、


カウンターの奥の小さなキッチン。





そこここに 緑の葉をつけた観葉植物や、


どこかで拾ってきたであろう、流木のオブジェが



気持ちのいい配置で置かれていて、




それぞれのスペースを、それとなく区分けしてる。





明るすぎない照明の中に、


うっすらと 樹木系の香りがするその部屋は、




ダウンタウンの 躍動的なエネルギーとは


またかけ離れた たたずまいだ。





カイはキッチンのコンロで、


ホーローのコーヒーポットを温めながら、



脱いだコートをクローゼットに、仕舞っているとこだった。





部屋はアパートメント備え付けのヒーターが


24時間作動していて、十分に暖ったかい。





昨日から何時間も、



もしかしたら何か月も、何年も


張りつめていたオウジの体から



フシギと 余分な力が抜けて行く。





おおよそ”殺気”とか、”激情”とかいう



オウジの激しさを削いでしまう何かが 


この部屋にはあった。


 



そして部屋の一番奥の


セブンスストリートに面した 窓際のスペースには、



色とりどりのパステルや、描きかけの水彩画。





―― アトリエ・・?


 コイツ、

絵描きだったのか・・。






ぼやけたアタマで、いくつかある水彩画を 


それとなく見ていたオウジは、



ハッと目を凝らした。




一瞬で酔いが、覚めてしまった。





さっきまで 自分が飛んでいた天使の空が、


そこに在ったのだ。





このスカイブルー、 雲の淡いグラデーション、



間違えようがない。






「さっきの路上の天使・・・  


  アンタが描いたのか?」






熱くなったコーヒーの なみなみと注がれたマグカップを


オウジに手渡しながら、




カイはまた、極上の微笑みをよこした。






「彼女が気に入った? ウレシイな。」








--------------------To be continued!




このお話の設定は1980年代NYです。

また、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として以前アメブロで掲載されていたものです。

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