107、イースト・セブンス・ストリート・1
赤レンガの建物を
昇って来た茜色が、さらに染める。
カベに取り付けられた 非常階段の黒が、
絶妙のコントラストを作り出し
今日もこの街は
くっきりと、美しい。
「 カイ、オレ・・ 」
「ん?」
オウジはコートの袖で頬を
ゴシゴシぬぐい
大きく一度、白い息を吐いた。
「オレ、日本に帰るよ。」
オウジの背中に当たっている カイの胸から
鼓動がひとつ大きく鳴って
そのまま早くなる。
「・・・・」
自分を包み込んでいた彼の両腕を
そっとほどいて。
「明日、JFKで 成田行きキャンセル待ちする。」
「 それはまた、・・急だね 」
「 ゴメン・・。 」
なんで謝ってんだ。
でもナンカ、そんな気持ち。
「オウジ君らしい。」
その小さな微笑みに、ホッとする。
「日本でケジメ付けてくる。
逃げてるの、もうヤんなった」
「そっか。」
それ以外に
どのコトバを発しても、意味がナイ。
オウジはもう、決めている。
自分の人生を 前に歩み始めているのだ。
ノラ猫みたいに 黙っていなくなるより、
傷つけ合ったまま別れるより
ずっとずっといい。
それでもカイは、
ム意識に 長いまつ毛を伏せていた。
その後は、何を話したのか
2人とも よく覚えていない。
地下鉄の駅までを、
オウジとカイは
ダウンタウンの冷たい風に当たりながら、歩いた。
オウジが真由美の所へ戻るためだ。
まったくもって、オウジのご都合に他ならない
この急な展開も
まずは、美津子の手先である真由美を説得し、
なんとかソコから 帰国資金をふんだくることが
オウジなりに一番スジが通っているように、思えたのだ。
真っ直ぐ行けば
数分でついてしまうその距離を、
いつものように2人、あてどもなく
曲がったり進んだり。
「服とか、どうする?」
「置いといて。」
フリマで買ったマグカップも
グレーのパーカーも、スニーカーも、バットマンの靴下も。
必ず戻ってくる、って 証として。
「・・・ ん。」
あたり前になっている
完璧な笑顔を作ることさえも、
この時のカイには、少しの努力が必要だった。
過去に、このマンハッタンから
それぞれの国に 帰っていった仲間たちで、
戻って来られた者は、いたって少ない。
自分の国に帰るのはカンタンだが、
NYに戻るには、
さまざまな面倒を クリアして来なければならないからだ。
知らない街で逃げ惑うほどの、日本での複雑なしがらみを
キミは解消しきれるだろうか。
カイはオウジの、日本での実生活を
まるで知らないのだ。
――キミのラストネームすら、
ボクは知らなかったんだな・・・。
自分の人生に突然現れ、
こうしてこの街から消えてしまう この銀髪の少年は、
本当に存在してたのだろうか。
桜児と言う少年は、
ヒナが見せた
幻だったような、気さえする。
「お土産買わなくていいの?」
「観光に来たんじゃねっつの!」
とりとめもない話題にすり替えて、
2人、ダウンタウンを歩く。
通り過ぎたのは、
くだらないゲームに笑いながら、
桜色のセーターを買った古着屋。
ローズが働いていたレストラン。
ストライプのひさしの下には、鉄格子のシャッターが下りて
窓ガラスから見える店内は、まだ真っ暗だ。
数時間後には、
店の誰かがカギを開け
今日の一日を始める支度を するだろう。
何気ないダウンタウンの日常を
ずっと
このまま歩いていたい。
でも。
「・・・オレさ、
アンタに敗けたくねーんだ。」
今、セブンスストリートの、あの部屋に戻ったら
また
しょーもねーオレに 戻りそうだから。
「日本にもいるさ、
ウマい奴とか、スゲー奴とか。
でも、違うんだ・・ !
NYで逢ったヤツは
テクニックとか、ナンのタイトル取ったとか、
レコードどんだけ売ったとか
・・・そんなんじゃなくてさ」
黒い瞳が、光で語る。
「化けモンなんだ!
見たことないようなエネルギーで
爆発してて・・!
そいつしか創れねえ、
そいつだけの世界を創ってるヤツ等なんだ!!
・・うまく言えねーんだけど・・!」
「わかるよ。」
カイにとっても、
オウジが、体の奥底を震わせてくる
その1人なのだから。
「敗けたくねえ。
アンタにも、JBにも、あの街灯の下のサックス吹きにも!
オレに音楽があるのなら、オレだけの音を残したい。
だから、
必ず戻ってくる。」
カイはそっと瞼を閉じた。
この声がスキなのだ。
まっすぐで恐れを知らない、
ボクの中の情熱の、真ん中をつきぬけてゆく
この声が。
次の話題を捜しながら見つけられず
ふたり、ただ歩いた。
見上げた空に、
赤と緑のランプを照らし
低くジェット機が飛んでいる。
今日もたくさんの旅客機が、この街にたどり着く。
世界中から 野望を抱え
集まって来たモノたちに
この街は問いかける。
お前は何を 夢見ているか
お前は何を 成し遂げるのか
見納めかもしれない彼の姿を
カイはもう一度、じっと見つめた。
耳にも手にも、これでもかと着けている
アクセサリーが、
彼の野性を 銀に彩る。
きっとキミはもう、世界中のどこにいても
自分の道を 歩いてく。
自分を信じ
本来のキミを、成し遂げてゆくだろう。
またNYに、
戻って来られなかったとしてもだ。
ダウンタウンの街灯が
静かに消えてゆくと、
街をうすく覆いはじめた雲から、小さな雨粒が落ちてきた。
「 楽しかったよ。 」
やけに素直なキミの声。
「ボクもさ。」
あてどもなく歩いていたのに、
14丁目ユニオンスクエアの地下鉄入り口に
着いてしまった。
2人は、もう
歩く理由を見つけられなかった。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




