106、いのちの歌・3
朝のカスミが覆い隠す、
にぎやかな街の 看板たちを
少しづつ
朝の光が、浮き上がらせると
その静けさを 突き破りながら
セントマークス通りを、
数人の若者が、こちらに向かって歩いてきた。
どこかでパーティーを終えて、
ダウンタウンに戻ってきた様子。
パーティー用の ウカレたメガネの男が、
完成した天使のヒナを見て
ピュウ~ッと口笛を鳴らした。
数人のヨッパライたちは、大声で
あーだこーだと賛辞して、
たがいに肩を組んだり もたれたりしながら、
やがて笑い声と共に、通り過ぎて行った。
カイが、ゆっくりと立ち上がる。
白く街灯に照らされた 彼の所作には、
いつも微塵も、ムダがない。
やっぱり、ホンモノのカイだ。
カイがココにいる。
オウジはどんな顔をして、
何を言ったらいいのかもわからず
立ち尽くしたままでいた。
「 Happy New Year! オウジ君。 」
「 え・・。 」
いつもの端正な笑顔と
思いがけないそのコトバで、
オウジは、長い夢から覚めたような 気になった。
知らないうちに、
新しい1年の幕が もう開いていたのだ。
そして、日常に戻ったオウジのイシキが
たちまち
言わねばならない一言を、思い出した。
コートの裾に付いたホコリを
払っている彼に近づいて、
つっけんどんに 右手を差し出す。
「 コレ・・。 」
その手はブルースハープを、握りしめていた。
「・・・」
カイの、まだ微熱を帯びた瞳が
ヒナの小さなハーモニカを、じっと見つめる。
「それは オウジ君が持っててよ」
「ダメだ・・」
「ボクは吹けないし」
「ダメだっ!!」
たまらなくなって、声を張り上げた。
「アンタ何言ってンだよ!もうわかってんだろッ?!
オレはヒナを・・
アンタの妹を 殺・・」
「守りたかったんだ」
涼しい声が、オウジの言葉を遮った。
「 ・・・
なんだって・・? 」
「ヒナは、
オウジを守りたかったんだよ」
「そんなこと・・っ
何でアンタがわかるんだよっ!」
「わかるよ。」
カイの首に巻いてある 大き目のストールを
ふわりとなびかせた風が、
オウジの心も 一緒に揺らす。
「か、勝手なこと言うなッ!」
「わかるんだよ。言ったろう?
ボクとヒナは、繋がってるって」
「バッカじゃねーの!!」
「ボクとオウジも繋がってる。」
「何言ってんだ・・! そんなのッ
・・全っ然わかんねーよっっ!!」
「じゃあ、なぜキミは今
ここに居るの?」
悪びれもしない、カイのまなざし。
その凛と澄みきった瞳に捕らえられ、
オウジは1ミリも動けない。
「なぜキミはここに来て
ボクも、ここに来たんだろう?」
ダメだ、このままじゃ言いくるめられる。
でも、どうしても 反撃の言葉が見つからない。
「ここでこうなるのが 一番自然だからだ。
憎んだり恨んだり、
後悔して生きるより。 」
オウジはもう、何も言えなかった。
そのコトバに、一瞬で
支配されてしまったのだから。
灯りの灯らないブラウンストーンの
アパートメントも
昼間は雑多な 通りのディスプレイも、
息をひそめて、2人を見守った。
涙が溢れそうになってしまった、眼をそらす。
その先には、天使のヒナがいた。
「 でもっ・・!
なかった事になんて、できねーよ・・!」
「・・ボクだって、できないよ。」
カイは路上にかがみ込み、
ヒナの頬をそっと、その指でなぞった。
「でも、ヒナがボクにしてくれた事だって
なかった事にしたくない。
だから・・
悲しみが何度、
ボクを打ちのめしにやって来ても
・・何度でも・・!
ボクは美しい色で、ぬり変えてやるんだ。」
「 ・・・ っ 。」
オウジはギュウッと目を閉じた。
そうなんだ。
だって、生きてるんだ。
足掻きたいんだ。
オレは生きてんだ って、
世界に
爪痕を残したいんだ。
だから オレ・・。
どこかの早起きな家の窓に、灯りが点いた。
さっき通り過ぎたヤツ等が
家に着いたのかもしれない。
「 カイ・・ 」
「ん?」
オウジはその黒い瞳を開き、
ありったけの勇気をかき集めた。
「 歌いたいんだ
・・オレ。 」
世界中が敵にまわっても、
もうそれしかないコトは わかってる。
でもできることなら、
たったひとり
この人にだけは、許されたい。
カイは小さく息を吸い込んだまま
止まって、
それから、穏やかに頷いた。
「うん。」
「歌ってもいいのかな・・? オレ・・・
歌ってもいいのかな、
もう一度。」
小さな子どもに戻ってしまった無防備な、
潤んだ瞳が
それでも 必死に問いかける。
「歌わなきゃダメだよ」
カイが微笑む。
崩れた、 ちっとも完璧じゃない笑顔。
「ボクが
キミの歌を 愛してるんだから」
その言葉が、合図だったように
オウジの胸から
涙がイッキに突き上げた。
くるりとカイに、背を向ける。
涙なんか 絶対、
絶対見せられない。
「・・ッ・・・う・・!」
なのに、
唇を噛みしめて、止めようとすればするほど
あふれる涙が止まらない。
ああ、もうどーかしてる。
昨日からオレ、ずっと泣いてばっかいる。
「 っ・・ っ・・ううぅ
ッッ ううーーううぅ っっ!! 」
透明な涙がボロボロと、バカみたいに溢れてくる。
もう、完全に壊れてる。
大きく肩を震わせて、
オウジは子どもみたいに、泣きじゃくった。
カイはと言えば、
似合わないくしゃくしゃの笑い顔だ。
そしてその右手と左手が、
後ろから オウジを抱きしめた。
背中があったかい。
記憶の中に残ってた 父親のぬくもりよりも、
ずっとずっとリアルなカイの体温に
包み込まれているから。
「離せ・・っ・・ この クソホモっ・・!」
「プッ・・」
思わずカイが、ふき出した。
「アハハハッ!
何だよ~~~っ
ちっとも変ってないじゃないか・・!
アッハハハハ・・!!」
「・・っせえ・・よ っ!」
笑いの止まらなくなったカイの腕が
さらに強く抱きしめて来る。
白く冷たい銀色の空に
オレンジの
暁が昇り始めた。
「 新しい年だね・・。」
耳元でカイがつぶやいた時、
一度だけ
はらはらっと落ちてきた雪が
白い羽みたいに、ふたりの頬をかすめていった。
―― ヒナだ・・。
と思ったけど、
そんなイカレ野郎なこと
オレは絶っ対に言わねーからな。
「アハハッ」
その心を見透かしたように
また、カイが笑った。
碧い空の中で 桜の花びらに囲まれた、
天使のヒナも笑ってる。
オレが心の中で、最後に見たときと同じ
いたずらな口元。
カイは
なんで知ってるんだろ。
---------------------------------To be continued!
このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。
なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。




