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104、いのちの歌・1




ダウンタウンは、まだ眠りの中だ。





ブラウンストーンのアパートメントの窓は、


どこも灯りが消えたまま


住人達は夢の中。





朝を迎えようとするその街は、




ついさっきまでいた オウジの心の中の霧と、


肌ざわりがよく似てた。




凍り付く街。





ブラックジーンズの足元から、


ガタガタと震えるほどの寒さが 這い上がる。




でも、オウジの心の体温は

 

明らかに昨日までと 違ってた。






―― ・・・コレ、  どーするよ・・?






新品過ぎて馴染まないジーンズの ポケットの中で


ハーモニカを握り、



オウジは思い迷った。





真由美が、何もかもを捨ててしまった


オウジの所有物の中で



唯一拾っておいたモノ。





銀色のブルースハープは、ヒナの形見だ。




アイツのもとへ戻さなきゃ。





でも。



カイの部屋には 戻れない。





アパートメントのエントランスの


郵便受けに入れておく?




それとも、ショウゴの店のシャッターの中?





ダメだ、鉄格子のシャッターなんて


ショウゴが見つける前に、盗まれちまう。






オウジはグリニッチヴィレッヂを、


エンパイアのそびえ立つミッドタウンに向けて


歩いていた。






『 ダウンタウンで道に迷ったら 


  空を見上げるんだ 』





『 エンパイアのある方が上


 ワールド・トレード・センターが

 ある方が下 』







初めてNYに降り立ったあの夜に、



流れ着いたダウンタウン。




マシュマロ女を挟んだ カウンターの向こうに現れた、


ちょっとヘンで 


ヤバいほど色めいてた彼。




そして、セントマークスプレイスの


天使のヒナの絵の前で、


再会した偶然。





ヒナの仕業としか思えないような、偶然を装った


めぐり逢い。





―― ・・・ そうだ・・ !





オウジの足が歩みを止めた。





初めて天使画のヒナに逢った、


あの セントマークスプレイスの角は?




あの場所なら、銀のハーモニカは


絶対カイが 1番最初に見つける。




何の根拠もないインスピレーションが、


またしても オウジに確信を与えた。





オウジは心を決め、8丁目に向けて踵を返した。





こんな寒い明け方なのに、


すれ違うヨッパライ達は、みなちょっとウカレ顔だ。





――― 昨夜は

フライデーナイトだったのか・・? 


 てか、いったい何日なんだよ 


   今日は・・?





薄暗いセントマークスストリートの


角を曲がる。





カイの描いたチョーク画の天使ヒナ


そこでオウジを待っていた。





路上に描かれたヒナは


始めて逢ったあの日より、


雪やらホコリやらで 少し色が褪せていた。





それでも 街灯に照らされて


浮かび上がるヒナの微笑みは 変わらぬ美を湛え、




突き抜けるスカイブルーの空に


浮かんでる。




オウジはヒナを見つめた。





8丁目に描かれている天使のヒナと、


地下のクラブの壁に描かれた 黒いドレスのヒナ。




まるで 天使と悪魔  


処女と娼婦だ。





―― どっちがホントの  オマエなんだ・・?





きっと、どっちも本当だ。



それは人の心に棲む 魔性なのだから。






―― 天使ヒナは、

    

  カイの心の 鏡なのかな・・。






碧い空に浮かぶ、ヒナの白いドレスが 


やわらかな線を描いて なびいている。




汚れることのない、彼女の透明な美しさ。


その絵が発している 小さな波の震え。 




切なさ。





オウジは体ごと思い知る。





どれだけカイが、ヒナを愛していたのかを。





この世から旅立っていった彼女に、


どれだけの祈りを、届けたかったのかを。




ダウンタウンの街中に、


その愛を 記したかったのかを。







『  私は自分で選んで、


  私の人生を生きただけ。 



 

    オウジは?


   何を選ぶの・・? 』






オウジはそっと 目を閉じた。  





初めて この絵に逢った時に聴いた


あのメロディーを、


記憶の中に捜そうと。




ほら、聴こえる。




これはカイの心 




カイの歌だ。






オウジはポケットから


銀色のハーモニカを取り出して、唇に当てた。




その、甘く香る


哀しいヒナへのレクイエムを


オウジは ブルースハープでなぞった。





小さなハーモニカの音が輝きながら、



ひとつひとつ繋がって 


メロディーを紡ぎだす。




カイの想いが、オウジに命を吹き込まれ 




音楽に姿を変えて


この街と、呼応する。






同じものを愛し


憧れて

 


舞い 歌い  


競い



傷つけ合った 妹 




天に向かって 伸びてゆく


一輪の花のように


 

澄んだ命


涙色の心の

 


美しいひと






オウジは 霧の闇にいたヒナの、


自分と同じ 


黒曜石の瞳を 思い出す。





『 最初から、

ヒナなんていないのよ・・? 』






オレが逢ったヒナは、ただの幻だったのかな。




どこかでヒナが微笑ってる。 





幻でもいいさ。



自分の創りだした 都合よすぎるウソであっても。



もし今


ヒナが、喜んでくれるなら。






――  聴いてるか・・?  




   ヒナ。







その問いに 答えるようなぬくもりを、


ふとオウジは肌に感じた。



暖かなヒナの、 


いや、彼女よりも力強い。




次の瞬間、それが誰のものかを思い出し、


オウジはハッと眼を開けた。





息が止まった。






「 つづけて、オウジ君。 」





いつもと同じ 涼やかな声で、


彼が言う。




               

ストリートにかがみ込み、何事もなかったかのように


時がそのまま戻ったように




カイは天使画の上に、チョークを走らせていた。





彼は今日も、



自分の描いた世界に 半分属しているかと思うほど


神秘の中だ。





そしてその、足元に広がるチョーク画を見て



今度は、鼓動が止まりそうになった。





ヒナの周りに、たくさんの


桜の花びらが 描き加えられているのだ。





胸が、どうしようもなく暴れ出す。





桜は、


桜児オレの花だから。






――  ヤバイ ・・・ 






絶対に逢いたくなかった。  



もう2度と逢えないと思ってた。



死ぬほど逢いたかった。




どれもこれもが、ホントの気持ち。




心が揺れて、音が乱れて。





でもオウジには、なすべき事がわかってた。






オウジは、ブルースハープを 


唇からそっと離した。



キミと最後に、この絵を完成させるため。





今、



歌うために。







---------------------------------To be continued!




このお話はフィクションであり、設定は1980年代NYです。

なお、本作は作者本人により「イースト・セブンス・ストリート ~NYの夢追い人~」として、以前アメブロに掲載されていたものです。

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