1、深夜のマンハッタン
白い。
いや、 色がない。
オレの声が
声と言う 形を持たず
ただ空間を 突き抜けてく。
こっちを観てる たくさんの眼。
冷たく並んで光ってる、白い眼球。
どうした、 何が起こったんだ。
―― ・・?
声が 出ない・・ ?!
体中の毛穴から汗が ぶわっと
ハッカみたいな刺激を帯びて 吹き出した。
そして。
視界いっぱいに
真っ紅な羽が 飛び散った。
「 う うわあぁぁあああ・・・っ !!!」
―――この物語は 1986年
パソコンも 携帯電話も無く
黒いレコードから メロディーが流れ
ワールド・トレード・センターのツインタワーが
誇り高くそびえ立っていた頃の NY
マンハッタンが舞台である。―――
ガバッと、 オウジは跳ね起きた。
「ハッ ハッ ハッ・・・!!」
自分の呼吸が、
この世の音で 一番大きく聞こえてる。
乗客の人いきれで 曇った窓ガラス。
遥か向こうに
3色の 淡い灯りが見える。
ピンクと 白と、グリーン。
3段重ねの、アイスクリームカラーみたいだ。
―― ・・ エンパイア・・ ?
真夜中のハイウェイを
日本では考えられない ハイスピードで
走るバスに揺られながら、
オウジは初めて、マンハッタンの象徴とも言える
エンパイアステートビルディングを見た。
―― 着いたのか ?
ニューヨーク・・。
体中が、じとっと イヤな汗で濡れていた。
チクショウ、さっき見た 夢のせいだ。
成田を出てから14時間。
エコノミークラスの狭いシートと、
JFK空港から 1時間のバスに揺られて
17歳のオウジでも、さすがに体中がギシギシだ。
淀んだ空気に 閉じ込められて、
しかも、またあの夢を見て。
気分は、サイアクの極み。
―― マンハッタンか・・。
オレにはジョートーな 流刑地じゃねーかよ!
突然降ってわいた、
この世界一の 大都会との巡りあわせ。
窓の外は 薄く霧がかかってる。
バスの中のエアコンで 暖められた空気が
オウジの体に、
ねっとりと まとわりついていた。
乗客はまばらだ。
23時を回ろうとするこの時間、
観光客はほとんどいない。
マンハッタンの住人か、金を持たない学生か、
オウジのようなワケアリの輩が
こんな時間に 空港に着いてしまい、
仕方なくバスに揺られるだけだった。
ふとカンジた視線に 横を見ると、
通路の向こうに
よく太ったビジネススーツの、白人男が座ってる。
ポテトチップとバケツサイズの
アイスカップを抱えながら
カウチに寝そべってTV見てんです~
とか絵に描いたようなその男は、
オウジのアタマのテッペンから 爪先までを
ジロジロと眺め、
あからさまにヤ~な顔をした。
それもそのハズ。
西洋人からみれば
ただでさえ幼く見える 東洋人のオウジは、
どこから見ても
チンピラまがいの 家出小僧なのだ。
黒のライダースジャケットに
黒のダメージジーンズ。
履きならしたミリタリーブーツを
前の座席の背もたれに ドカッとのせて、
自分のシートを倒し、ふんぞり返ってる。
右の耳に3つ、
左の耳に4つのピアス。
そして、トンガった心そのままの
鋭利なスタッズを バシバシつけた
黒皮のチョーカーやブレスレットに、
ドクロやスパイダーを模った、
シルバーのアクセサリーを これでもかと身に着けて
黒髪を逆立て、
乱れた前髪のスキマからは、
これまた漆黒の ナマイキな瞳が
ギラギラと光を放ってる。
ホワイトカラーどころか
一般ピーポー目線からも
オウジは充分、ウサンくさい。
―― んっだよ あのデブ・・!
ビジネスマンなら タクシーん乗れっつんだよ
クソドケチ!
もっとも、くしゃくしゃな
ドブネズミ色のスーツの こんなヤツ、
空港からマンハッタンまでの距離を
悠々とタクシーに乗れるミブンには 見えねーか。
――ウダツの上がらねぇ
白ブタ野郎
お前は一生 オンボロバスに揺られてな!
オウジも、白ブタ野郎のアタマのテッペンから
爪先までを眺め、
ハナで嗤い返してやった。
バスは鈍いエンジン音をたてながら、走る。
マンハッタン島に近づいたバスは、
よくNYモノの映画に出てくる、
何百年もたっているような 古い橋を渡らずに、
無造作に、トンネルに滑り込んで行った。
――あっ 何にも見えねーじゃん
んだよ、つまんねーな! バス代返せ
アタマの中は
不平と不満で ハチきれそう。
充分な金も無く、行き先も定かでない。
でも、フシギだ。
オウジの胸の中で、ずっと燻ぶっていた何か
やがてビッグバンを起こしそうな何かが
うごめき出している。
世界の中心 マンハッタン。
今、彼はその入口に、飲み込まれて行った。
--------------------To be continued!