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五歳児の私が魔法の絵本に吸い込まれたら地の文と会話できて色々面白いから勢いで世界を変える!  作者: アオイ
第2章 『どうみても幼児用の三輪車にのってるヤンキー兄ちゃんと遊んでみたら山賊に襲われる羽目になった』
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『メッセージのベクトル』

 孤独の感情にエイカの光がどす黒くうごめく。

 カンタ少年は過去を捨てた。手始めに自称を僕から俺にしてみたカンタは、まるでこれまでの自分を抹殺せしめたかの如き高揚をいだいて悦に入った。そうしてその勢いで、彼は己の名前までも捨ててヘッジと改めた。

 真面目な性根も腐らせた。見た目でもわかるように、髪を染めた。今はなき両親が与えてくれた黒い髪に赤の染料を塗り込み、己の孤独と怒りを表現した。

 また、自分を自分で殺したことにより、優しい目元はいつの間にか吊り上がってしまっていた。

 何もかもを変えたヘッジは、他人を不快にさせ困惑させる、無鉄砲で悪意のある行為に日々を費やすようになった。そうはいっても、大抵はアゴランの中心部で日夜の雨風を凌ぎ、黒い虫のように這い回っていたので、お世話になった近所の人々に対しては悪事を行っていない。

 ここ最近、愛用の赤い自転車が彼のトレンドになっていた。この世界での赤はカウントールといったので、アゴラン中心部の人々はヘッジを〈カウントル・チャオズ〉と呼び、恐れるというよりは甚だ迷惑がっていた。

 暗雲が漂う大空。物陰に潜むヘッジは今日の獲物を見つけた。

 こんな天気の悪い日に、陽気なドレスを身にまとった少女がのん気に歩いている。雨に濡れてしまえば絶対に風邪をひくに違いないと、ヘッジは腹のなかで笑った。

 少年の瞳には、金髪の少女がひ弱く映っていた。今日の〈仕事〉も楽勝だぜと舌なめずりをすると、ヘッジは安定装置、通称〈補助輪〉を装備したカウントール自転車で爆走する。

 彼の目的は少女の頭に飾られた花のティアラ。アレを売りに出せば、当分のエネルギーが手に入る。

 ヘッジは風の如く少女に近づくと、嵐のように相手の頭から花模様のティアラをかっさらった。

 少女がなびく金髪に手を添えるが、時すでに遅し。彼女の髪は留め具を失い、哀れにもボサボサになった。

「なに今の!? なんか髪の毛が引っ張られたよ!」

 少女は驚いて辺りを見回した。そして紅の三輪車で爆走する背の大きな少年を見つける。

「あはは! あの子おもしろい! なんであんな小さい自転車に乗っているのかしら!」

 クリちゃん、笑っている場合じゃないよ。君の髪飾りがたった今あの人に盗まれてしまったんだよ。

「そうなの?」

 クリスティアはそもそも自分がティアラを頭にはめていることに気がついていなかったらしい。だから、ティアラが盗まれたことに対してもあまり困っていない様子。

 どうしよう、このままではお話が続かない。

 そうだ、クリちゃん。あのティアラは、昔クリちゃんのお母さんが大事に使っていたものなんだよ!

「え! それホント!?」

 途端に慌て出すクリスティア。腕を振り構えると、一生懸命走り出した。

 しかし、彼女は二本の脚で走っている。例え相手が三輪車だとしても、追いつける見込みはなかった。

 クリスティアはいよいよ悲しくなって……って、あれ?

 金髪少女はやけに楽しそうに走っていた。これは一体どういうこと?

「だって、風が気持ちいいんだもん!」

 そんな余裕、今はないはずでは!?

「なんで?」

 え、だって、ティアラが盗まれてしまったんだよ? もしかしたら、いや、ほぼ百パーセント、クリちゃんはあの盗人には追いつけないんだよ!?

「どうしてそんなことがわかるの?」

 どうしてって……常識的に考えれば……。

 私の言葉を振り切るようにケラケラ笑い出すクリスティア。彼女はピタッと立ち止まると、少し考えてから建物の角を右に曲がった。

 そのころ、してやったりとティアラをニマついて眺めるのはヘッジ少年。おちゃらけて自らの頭にティアラを差し込むと、顔を後ろに向けてみた。きっと今頃、あの少女は必死な顔をして俺を追いかけてきているのだろうと。

 しかしどうだろうか。彼の後ろにはダウンタウンの煩わしい景色と灰色の空しか見えない。ヘッジを追うものは一人もいなかった。

 ヘッジは考えた。あいつが追いかけてこないのではない。俺があいつを振り切りすぎたのだと。時間が時間で、まだ物足りなさを感じていた少年は、あろうことか今来た道を戻り始めた。

 ……ん? 戻り始めた?

 そんな筋書き、私は書いていないぞ!?

 どういうことなのかは全くわからない。けれども、ヘッジがこちらに戻ってきていることは事実だ。事実を描写するのが私、地の文の仕事。幼女の姿になったって、やることは変わらない。

 ヘッジはそこそこのスピードで戻ってきた。彼があるビルの横を通り過ぎるとき、建物の角に隠れていたクリスティアは見計らったように飛び出した。

「つーかまーえた!」

 両腕でがっしりと胴体を捕まえられたヘッジは、バランスを崩してサドルから落ちた。

「い、イッテェーな! クソ野郎が!」

 硬い地面に肘を打ち付けたヘッジは油涙を流してクリスティアを振りほどいた。クリスティアは「ごめんね」というと、突然黄色い声を発した。少女はヘッジが頭に差し込んだ花のティアラを目にして、その美しさに喜びを隠せなかったのだ。また、彼女にとってはティアラを差した彼の姿がかわいらしく見えたらしい。

「き、気持ちわりーんだよ。こ、こんなもん、ほら、返してやるよ!」

 ヘッジは誰に促されることもなく自らティアラを持ち主に返そうとした。普通ここで、クリスティアは花のティアラを迷うことなく返してもらうべきである。

 しかし、彼女はそれを戸惑った。

「えー。でも、お兄ちゃんに似合ってるよ。それあげるっ」

「は、はぁ?」と気の抜けた声を出すヘッジ。実は私もすんごい顔でクリスティアをみていた。

 それでもいらねえと返しつけるヘッジの強情さに、とうとうクリスティアはティアラを受け取った。なんだったんだろう、今の展開。完全に〈私の仕業〉ではない。

 ヘッジは立ち上がると、倒れていた三輪車に目を遣った。そして立ち上がったそばから膝を崩した。彼のトレンドでもあった三輪車の補助輪が、さっきの転倒した衝撃でポッキリ逝ってしまっていたのだ。

「く、くそう……。やっちまった。俺の愛車が」

 ドロッとした涙を流すヘッジに声をかけるクリスティア。

 腕を振り上げて彼女を遮ると、力なくヘッジは立ち上がった。壊れた三輪車を立たせハンドルを握ると、股を開いてサドルに跨った。右足をペダルに乗せ、いつも通りに踏み込む。しかし、いつも通りに進んだのはここまでだった。

 左足をペダルに乗せた瞬間、バランスを崩したヘッジはまたもや硬い地面に腕を叩きつけた。

 悲痛な声が漏れるたびに、クリスティアがわなわなする。

「ふっ……どうせこんなもんだぜ」

 指を開いた片手で顔を覆い、やけに格好をつけて苦笑うヘッジ。これにはクリスティアも後ろに足を引いた。

「どうせ俺は何やったてダメなんだ。自転車にだって補助輪が必要なんだぜ、笑えるよな」

 本当にクリスティアが笑い出した。ヘッジの目が点になる。

「ぜんぜんダメじゃないよ! 私だって、補助輪がないと乗れないよ!」

 クリスティアは倒れた自転車を立たせると、スカートをめくってサドルに跨った。

「うん! やっぱり小さいね! これじゃあ、だれだって乗れないよ!」

 心は五歳児でも、身体は青年なクリスティアが小さな幼児用の三輪車に跨る姿はどこから見ても滑稽だった。彼女自身、サドルにまたがる自分の格好にケラケラ笑っている。

「だから、ね! お兄ちゃん泣かないで! こんな小さな自転車に今まで乗れていたなんて、わたしはすごいと思うよ!」

「それってなんだか皮肉に聞こえるんだが」

 ヘッジが手のひらで両目を覆い隠す。クリスティアは自転車から降りると、地べたに横たわるヘッジのそばでしゃがみこんだ。クリスティアの若い指が、少年の両目を覆う手の甲を滑る。

 くすぐったくて、思わず手を退けてしまうヘッジ。

 その両目に、クリスティアはググッと顔を近づけた。

 少女の甘い息がヘッジを酔いしらすほど、そのぷっくりとした唇が少年の青白い唇に接近する。

「皮肉じゃないよ」

 透き通った青い瞳が、少年の尖った瞳を丸く動かした。黒目をキョロつかせるヘッジの胸には、これまでに感じたことのない感情が生まれていた。

 なんなんだ、この気持ち。

 俺の瞳をこの女の子の瞳とちらっとでも合わせると、胸が異様に熱くなる。エイカの鼓動が極端に激しくなり、息が荒くなる。

 そんなヘッジのむふふな気持ちが、地の文である私にも伝わってきた。

「落ち着いて。たっぷり休んで、元気を出して」

 クリスティアがヘッジの赤毛を優しくすきながら、呪文のようにつぶやく。

 だんだんと少年は瞼を持ち上げているのが億劫になってきた。まるで母に慰めてもらっているような安心感に包まれて。 

 ヘッジのエイカが放つ、黒に果てしなく近い紫色の光に、少しの白色が混ざり始めてしまった。


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