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五歳児の私が魔法の絵本に吸い込まれたら地の文と会話できて色々面白いから勢いで世界を変える!  作者: アオイ
第1章 『おとぎのせかいに来てみたら地の文と会話できるようになったから、やたらめったらお願い事をしてみた。そしたら地の文を幼女にすることができた』
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『親と子』

 広大な国土を持つ我らがリブロデマギア国は、北西にイクステンソ、北東にカステラ、南西にサンネルス、南東にバレンディアという四つの県に大きく分けることができる。

 カステラ県の南には、西のイクステンソ県にまで連なるアベリア山脈が悠悠とそびえ立っており、そんな山脈の少し北東に位置するのが、カンタの故郷、アゴラン=シティだ。

 アゴランにはグランデ川という国内最大級の川が横断しており、そこで取れる〈エイカ〉というマテリアルが主な国の収入源と言えなくもない。

 と言っても、そのエイカを現物のまま取引に出すわけではなく、エイカを動力とする〈人工生命体〉が生み出す国利が大きいということなのだ。

 このアゴランでは、そんな人工生命体〈チャオズ〉が住民の半数を占めており、一年を通して気候の移ろいやすい過酷な地域でも、労働力、消費量に対しての生産性の高さ、そして人間を上回る頭脳などを持って十二分に活躍していた。

 そのため、市民の人間はより良いチャオズを生み出し、県を越えて国の中心になろうと努めているのだった。

 そんなアゴランはグランデ川を取り囲む中心部とその周辺地域で見た目に大きな差がある。縦に長いビル群が密集する中心部に対して、周辺地域は民家がまばらに建っているような閑静な状態、つまり場末だった。なのでひとえにお隣さんといっても、近くて数十メートルは間が空いているのだ。

 そんな地域に、それなりの一軒家を持つ夫婦が住んでいた。

 彼らには息子がいなかったが、代わりに〈一人〉のチャオズがいた。そのチャオズはカンタという名前をもらい、〈赤子〉の時から夫婦によって大事に育てられてきた。

 十数年の時が経ち、アゴランでは指折りの大学にカンタは挑戦した。人間の頭脳をはるかに凌ぐカンタは、それはそれは両親にとって期待の結晶であり、近所の人々も彼の成功を待っていた。

 しかしそれは人間とチャオズを比べてのことでしかなかった。

 チャオズ同士での争いに、カンタは手も足も出なかったのだ。

 ここ最近の試験問題は人間専用の試験とチャオズ専用の試験にわかれており、チャオズ専用の試験問題は人間の手ではなくチャオズが精密に製作をしている。

 だから試験の内容は人間のそれにくらべて極端に難しいものばかり。

 人間に囲まれた学校生活を送ってきたカンタにとって、それは乗り越えられない壁であり、絶望でしかなかった。

 彼らにとって大事な息子の、重く丸い背中を温かく向かい入れた両親ではあったが、カンタにとってそれはやるせない思いを湧き上がらせる引き金でしかなかった。

 ここまで大きな期待を抱いてくれていた両親に、見返りをすることができなかった。そして同時に、これまで自分が行ってきたことが泡のように一つ一つ消えていくような気がして、どうしようもない。

 カンタの瞳には大量の〈油〉が滲み出ていた。

 というのも、チャオズは一種のからくり人形であり、エイカを動力とするものの、エイカ自体は機能の根幹を統べる心臓のような存在でしかなく、そのエイカの力を全身に送り込んでいるのが意外にも〈油〉なのだった。

 感情を表現するにも、油は大いに役に立つ。それがカンタの涙の正体だ。

 両親は急いで布切れを持ってきてカンタの涙を拭いた。油は放っておくと固まったりして〈故障〉の原因になりかねない。とめどなく流れ出るカンタの涙を、文句も言わずに拭い続ける両親の姿は、カンタの〈心臓〉を強く引き絞った。

 今回の失敗は僕にとって人生の挫折を意味する。なんども胸の内でそう言い続けたカンタは、あろうことか翌日から姿を消してしまった。

 息子の失踪にすっかり精を失った夫婦は、その日から間もなくやせ細ってしまった。

 近所の人の助けで一命をとりとめた彼らは、第一級のチャオズらが運営する国際病院へと運ばれていったが、その国際病院はアベリア山脈を越えた先にある、県都マドリアーナ=シティにあった。

 もちろん、そのことを一人であてもなく彷徨っていたカンタは知らない。

 うんと遠くへ行きたい。そう思って家を飛び出したはずなのに、結局実家の近くに戻ってきてしまったカンタ。彼は惹かれるものに導かれて懐かしの家を見に行った。

 しかしどうだろうか。家の中から、生活の温もりが全く感じられないではないか。

 カンタは駆け寄ると手荒く玄関を押し開けた。彼の勘は的中。懐かしいはずの室内が、まるで冷凍庫のように冷気を漂わせてとても暗い。力なく全ての部屋を見て回ったが、温もりを与えてくれるものは一つもなかった。

 このとき、カンタの胸に芽生えたのは〈孤独〉という感情だった。

 これまでは両親がずっとそばにいてくれていた。カンタが家出をしていても、彼の心にはいつも二人の面影があった。

 帰る場所がある。そう思えていたのだ。

 だが、今こうして、最愛の二人はいなくなってしまっていた。

 自分の考えが甘ったれているとバカバカしく思えて、愛想が尽きた。もう自分を守ってくれるものはいない。

 この考えが生み出したのが、深い闇を纏う孤独という感情だった。

 カンタは己を深く恨んだ。

 こうなったのも全て、自分のせいだ。自分に優秀な力がなかったから、期待に応えられるだけの素質がなかったから、両親は僕の前から消えてしまったんだ。

 カンタの胸に宿るエイカの光に、紫色が纏い始めたのはこの瞬間からだった。


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