『はじめてのおともだち!』
「るんるんるん! いい匂い~、ねえ、じのぶ君。何か出してよ!」
緑いっぱいの中を大股ですすむクリスティアは、クレパスで描かれたような草を蹴り飛ばすとあくびをして見せた。
旅を始めたばかりの少女の目の前に、一本の綺麗なお花が降ってきました。
「わーい! これはピンクでしょ? こっちはミドリだ! それでこれはキイロ!」
鼻を近づけて花の香りをいっぱいに含むと、クリスティアは惚れ惚れするように頬を赤らめた。
私が彼女のために出したのは、どの花びらも同色無存の不思議なお花。蕊から香るはバニラのように甘~い匂い。
そして、花びらを千切って指で揉んでみれば、さらに甘い香りが立つ。
「ほんとーだ! このアオイ花びらからはグミを食べたときみたいな匂いがするよ!」
喜んでもらえたようでなにより。そしてもう一つ、その花には秘密があるのだ。
「むぐむぐ。わぁー。なにこれ、ふしぎー」
クリスティアは口の中に花びらを含むと、歯ですり下ろしてゴクリと飲み込む。秘密はまさにここにあるので、私からの説明はいらなさそうだった。
「この花びら、よくわかんないけど、とってもおいしいよ! 何の味かな? 」
一枚一枚を愛おしそうに千切り、口に含む少女。ついにミドリ鮮やかな茎だけが残ってしまった。
ちなみに、この茎にはまったく味は無い。
「それじゃあ、この辺りに埋めてあげようかしら」
クリスティアは急にしゃがみ込むと、白っぽい地面を両手で掘りだした。出来た窪みに茎を横たえると、その上に優しく掘り出した分の白い土を被せる。
ぽんぽんと手の平で土を平らにすると、腕でおでこを擦って一息ついた。
「ごちそうさまでした。またね!」
茎を埋めたところに手を振って立ち上がると、クリスティアは鼻歌を歌いながら進み始める。それからも彼女は絵本の世界にある様々なものに興味を抱いては立ち止まり、しっかり観察しては満足していた。
「えーとね。うーんとね」
クリちゃん、何をそんなに悩んでいるの?
「お菓子の名前、わからなくなっちゃったの」
首を傾げる少女の手元に、丈夫な白い紙が現れました。
それはクリステェイアの両手に触れると、表面に簡単な文字をつらつらと流し始めます。
「あ! そうそう、これこれ! トランプのクッキーに、猫のアメ。時計のバームクーヘンに魔女の手作りグミ! ありがと、じのぶ君」
どういたしまして。私はクリちゃんの為ならなんでもするよ。
「それじゃあ、姿を見せてよ!」
え?
「だって寂しいもん。じのぶ君の声だけじゃ、クリちゃん寂しい。私の前に現れてよ!」
私が言ったことは心の底から思っていること。でもね、それでも出来ない事もあるんだ。
私は地の文。
もともと姿形を持っていないからね。クリちゃんのそのお願いは、叶えることができないよ。
「できるよ。自分の姿を作っちゃえばいいじゃない!」
言われてみれば、首肯かないではいられない。
なんで今まで彼女の発想を、私は思い浮かべることがなかったのだろうか。
私は地の文。
この世界の神様のような存在。唯一手を加えることができないのは、クリスティアの存在のみ。
私は私の姿くらい、自由に描写できるはずではないか。
いっちょ、やってみよう。
クリスティアの声に誘われるように、どこからか長身黒髪の男が現れました。
顔立ちは凛々しく、すっと伸びた鼻が異性の心を鷲づかまんとしています。
「うーん。ちがうなぁ」
え? ダメですか? こんなにイケメンなのに?
「うん。ダメダメ。あなたは女の子なの!」
わ、私は女の子なの? クリちゃんのその魅惑的なボディに執着してる私が?
「そう。可愛い女の子。私は女の子の友達が欲しいの!」
そうなの? じゃあ……。
クリスティアの目の前がパッと煌きました。
容姿端麗な男の人の姿はもうありません。
代わりに、この世に並ぶものがいないと思われるほどの別嬪さんがスッとそのながーい脚を揃えていました。
「うーん」
クリスティアは目を細くして、顔を上に向けた。その目線の先で、私の整いすぎた瞳が不安に駆られる。
「背が高いよぉ。これじゃあお話しするのも大変!」
クリスティアは人差し指で下唇を持ち上げると、閃いたように手をひらひらさせた。
その手の位置は、彼女の腰の辺り。
まさか、その高さが、クリちゃんにとっての理想?
クリスティアが元気良く頷く。
別嬪な私は深いため息をついた。
その高さだと、私は幼女になってしまう。
幼女というのは可愛らしいがその代償として威厳を失ってしまうのだ。この世界の神様である私から威厳を取ってしまうなど、これ以上ない滑稽な話。
ましてやそんな話を、この私が受け入れるわけ……。
「……嫌なら、もういいよ。ごめんね」
少女が金髪の柔かい髪を弄る。つま先でトントンと地面を打った。
私の使命は君に笑ってもらうこと。わかったよ。私は幼女になるよ!
美玉はその身を光に包むと、あら不思議。
あっという間に幼い黒髪の女の子になってしまいました。
その瞳はとても愛らしく、見つめられたもの全ての心を射止めてしまうほどです。
「いやぁーん! 可愛い、じのぶ君!」
クリちゃん、もう私は君じゃないよ。
「どうして?」
君は男の子の名前にくっつけるものなの。女の子には、ちゃん。
「そうそう! それくらい知ってたもーん!」
目をキラキラさせて私を見つめる金髪少女。口の端からヨダレが垂れた。
クリちゃん、私は美味しくないよ!
「じゅるる……。お人形さんみたいね~かわいいなあ」
クリスティアはギュッと私を抱き寄せると、頬を私の黒髪に擦り合わせた。そして、とても幸せそうに胸を高鳴らすのであった。