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『なんでおこるの?』

 フローリング仕上げの床がぱたぱたと踏み鳴らされる。

 家の中を靴下も履かずに元気よく走り回るのは、まだ五才になったばかりの女の子。

 名前はクリスティアといって、彼女は自分のことを〈クリちゃん〉と呼んでいる。

 クリスティアは口を大きく開けて、唇にこびりついたお菓子のカスをそのままに家の中を駆け回っていた。

 その大きな瞳は宝石のように青く煌めいている。

 この世界の全てが、彼女にとっては不思議だった。

 だから彼女は何に対しても好奇心いっぱいで、ジッとしていることができない。

 小さな虫を見つければ、人指し指と親指で摘んじゃう。

 匂いを嗅いだり、何かの上に置いてみたり。

 その虫が辿ってきた道を目で逆戻りしたりして、なぜか嬉しくなっちゃう。

 彼女にとって様々な〈行動〉は〈大きな幸せ〉なのだ。

 けれども彼女の行動は、外の目で見ると本当に奇妙に見えるらしい。

 いきなりしゃがみ込んでは動かなくなって、近づいて様子を見ようとすれば急に立ち上がってケラケラ笑い出す。

 特に大人からの視線はよろしいとは言えなかった。

 でも、クリスティアにはそんなことはどうだっていい事。

 ジッとしているとウズウズしちゃって、体が痒くなる。この体が動きたいと言っているから動き回るの。

 彼女は日々を彩る一つ一つに惹かれ、会話をするように足を動かすのだった。

 そんなクリスティアが一番好きなのは、もちろんお母さん。

 ぴょんぴょん飛び回る彼女を、お母さんはお父さんと揃って見守っていてくれるから。

 でも、最近のお母さんは少し変わってしまったと、クリスティアは思っている。

 どうしてだかはわからないけれど、お母さんは赤ちゃんを産んでから、私にかまってくれなくなってしまった、と。

「マミー! あそぼー!」

「お外に行ってらっしゃい」

「マミーとお人形さんであそびたいの!」

「今は無理。クリちゃん? もうあなたはお姉ちゃんなのよ、わかってる?」

 こんな感じに。

 けれどもクリスティアは、母を変えてしまった原因がさっぱりわからない。

 そして、自分がお姉さんになった事と、母が自分を冷たい目であしらう事の関係も掴めていなかった。

「やだぁ! つまんなーい!」

「クリスティア!」

「……うっ!?」

 母の激烈な一声に、少女の胸がぎゅっと詰まる。

 よく分からない感情がこみ上げてきて、目が熱くなる。

 どうしてお母さんは怒るの? とは思うけれど、私が何か悪い事したの? なんて言葉はクリスティアは抱いていない。

 けれど、それ以上の言葉にできない驚きと悲しみが、彼女の足を動かした。

 クリスティアは階段をバタバタ駆け上がると、自分の部屋の扉についたノブにぶら下がって、勢いよく開けた。

 いつもだったら、決まって両親の寝室に突っ込むところを。

 金髪の少女は口の中に絡め入った長い髪を人指し指で退かすと、全身をヒクつかせて咽び泣いた。

 カーテンを閉め切った部屋は電気も点いていないからとても暗い。

 涙に歪む視界を歩く少女。

 数歩進んだところで彼女の足指に何かがぶつかった。

 クリスティアは膝を折り曲げてしゃがみこむと、開かれたままになっていた本を手に取った。

 寝室を満たす暗さにも慣れた視界で、クリスティアは本のページ一枚一枚を見つめる。

 彼女が静かな眼差しを送るその本は、少し前まではいつものようにお母さんが読んでくれていた、表紙がくたくたの絵本だった。

 いつも動きたくって仕様がないクリスティアでも、その絵本を母に読んでもらうときだけはジッとする。見た目ではジッとしているけれど、彼女は頭の中で走り回っていた。

 母の声一つ一つが紡ぎ出す、魔法のような絵本の世界を。

 そんなことを思い出しながらクリスティアは絵本をめくる。読めない字もあるけれど、そんなのは気にしない。

 彼女の見ているものは、本のページに描かれた綺麗なイラスト。

 お母さんの読み聞かせは上手だったと、クリスティアはいつの間にか涙を流す事を忘れていたのだった。

「また、マミーといっぱいあそびたいなぁ」

 絵本に癒された彼女は、イラストを見つめる大きな瞳に瞼をかぶせてユラユラと身体を揺らしだした。

 そうして腕から床に倒れこむと、布団もかけずにそのままぐっすりと眠ってしまったのだった。

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