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コンセントの精に感謝

作者: 甲姫

 我が社がテロリストの襲撃に遭ってから、約二年が過ぎた。


 ――この言い方は不適切だな。


 奴らの餌食になったのは我が社だけではない。あの恐ろしい日以来、国中のありとあらゆる企業、あらゆる都市、一般家庭までもが同じように苦しんでいる。

 あれはテロリスト・アタックにしては驚くほどに非暴力的な、それでいて狡猾で効率的な手段だった。

 全国民は皆同じようにして「あるもの」を失った。


 そのあるものとは、即ち「電力」である。


 私は専門家ではないので詳しいことは把握していないが、何やら超高性能ナノマシンの浸食によって発電所が全部無に帰されたらしい。風車だろうがダムだろうが太陽バッテリーだろうが、とにかく発電に携わる施設は一つ漏らさず壊された。施設が壊されただけで根本たる資源が消えた訳ではないから、復旧させることは可能である。

 それから軍部は国内に潜むテロリスト集団のメンバーを炙り出すのに全力を注ぎ――既に六割方はとっ捕まっているらしい――エネルギー省は社会貢献度の高い都市から順に施設を建て直している。保険厚生省は電気の無い生活を乗り切る為のノウハウを民に普及させ、パニックや暴動を防ぐのに必死だ。

 テロリストの正体は結束した国内外の敵だって噂もあれば、アナーキスト集団だとか、地球環境保存運動の過激派だったなどと色々と仮説が飛び交っている。政府はまだ正式な発表をしていないし、かといって正直のところ、私には真実なんてどうでもいい。日々の生活や明日の飯の方が深刻な問題なのだ。


 ちなみに私が生まれ育ったこの国とは、世界一の影響力を自負する合衆国ユナイテッド・ステイツを指す。

 私は――ああ、いや、名を知ったところでどうなる訳でもないので省こう。


 職業は著作家である。

 正確には書籍も手がけるゲーム会社でシナリオライターをしながら片手間に小説を出していたのだが、ゲームを売る意味がもう無くなってしまい……察して欲しい。


 娯楽小説、はっきり言ってしまえば女性向け恋愛小説ロマンスを執筆している。作家デビューから既に五年、結構な評価と人気を得ている。

 何故こんなご時世に未だに物書きなんて続けているのか、疑問に思う者も多いだろう。親や弟に「もっと国の再興の為に心血注いで身体を動かせ」と言われても納得するし、私だってそうしたいと思う。週末には欠かさずボランティアに出てさえいる。


 だが仕方がないのだ。

 どんなご時世だろうと人間は娯楽を求める生き物であり、テレビ・パソコン・携帯電話が容易に使えなくなったとなると、人々はアナログな方法に走るしかない。売り上げは笑えるくらいにうなぎのぼりだ。

 さて、「アナログ」などと言っても、本や漫画だって今や電気なしでは印刷するのが大変な代物である。編集や推敲作業に於いても、パソコンを通してやった方が圧倒的に速く終わる。

 問題は、我が社は民に支持されていてもエネルギー省の恩恵は得られない点だ。生活必需品を生産している訳でもない、いちゲーム会社でしかないのだから。


 ここで一つのエネルギー資源を紹介しよう。

 発祥地はオクラホマ州、全人口三百人以下の小さな町。ある天才が謎の研究を通して発見したそのエネルギー源は、従来の物と違って、何の加工をしなくてもそのまま使えるという。一個あれば電気自動車の充電も可能だ。


 ミラクルとしか呼びようがない。


 難点は二つあった。現時点では数が非常に限られていることと、開発した本人がかなりのひねくれ者で通常の取引材料(金)には動じないことだ。

 幸い彼は我が社の作品のファンだったので、社長が直々に交渉してきた末、資源を五個ほど手に入れることが叶った。特に彼は私の次回作に期待している、との言葉に従い、貴重なエネルギー源の一つは私個人がフルタイムで使わせてもらっている。

 ありがたい話であると同時に、プレッシャーも大きい。


 ライターズブロックにぶち当たって数週間。

 キャラクターは動かない。

 読者を引きこむ印象強い場面が思い浮かばない。

 面白い会話文が書けない。


 挙句の果てにはプロットの落ち所が不満で、書き直すべきだとわかっているのにこれまで書いてきた百四十八ページの原稿に手をつける気になれない。

 焦燥感は募る。

 今日も私は序章から最新章までをスクロールしては読み返し、あちらこちらで単語だけを入れ替え、またスクロールしては読み返す――


「たいくつだぁー」


 長すぎる内的独白インテリアモノローグをぶち破る、パソコンの向こうから響く高めの声。

 私は条件反射でキーボードを叩き、Ctrl+Sのキーを併せて押す。画面の下に「保存中……」の文字が浮かび上がる。


 ――間に合え、間に合え!


「はたらきたくない~」


 ――ブッ!


 鈍い音と共に画面が真っ暗になった。


「ちょっとぉおお! 妖精さん!」


 私は机を叩いて立ち上がった。机の下にばっと身を屈め、家庭用サージ防護機器の上で寝そべっている小人を睨んだ。

 冗談ではなく、人型に似た小さな超常的存在が私の目の前にいる。

 繰り返すが冗談ではない。私の頭がおかしいのでもない。

 私が妖精さんと呼ぶこの超常現象は実在するのだ。これがミラクルエネルギー資源、某天才大学生がどうやってか発見した「雷を司る精霊」なのだ。この精霊はありのままで天然コンセントの役割を果たせる。プラグを抱きしめる、むしろそっと触れるだけで大抵の電子機器の電源が入るレベルだ。

 私の頭では理屈は考えるだけ無駄なのかもしれない。なので考えないことにしている。


 そんなとんでもない存在のはずなのだが、どうしてか敬う気になれない――


「なにかな、ご主人」


 小人はニヤニヤ笑って起き上がる。十センチもない青い全身からはバチバチと火花が飛び散っている。髪、といっても毛ではないので頭部から伸びる髪のようなモノ、は重力に逆らって海草が如く蠢いている。人型で青年っぽいけど服を着ていないし、外見からして男性型らしいのだが性器らしいものは無い。

 いっそ何かしらついていた方が弱点があって扱いやすかっただろうに!


「なにかな、じゃない! いきなり電源切らないでよ、セーブ間に合ってなかったらどうしてくれるの!」

「またそんなことを言って。どうせご主人、今日も大して何も書いてないでしょ? 筆に油がのってたら、キーを叩く音がもっと頻繁だったハズ」

「う、うるさいわね。いいじゃない、進んでなくたってあんたの仕事は変わらないんだから。契約守りなさいよね!」


 私は強調するように人差し指をぴっと指し、力強く言った。


「やだ」


 コンセントの精(?)は胡坐をかいて腕を組み、つーんと視線を逸らす。刺々しい尻尾だけが休みなく左右に揺れている。


「ええ? やだって何よ」


 私は虚を突かれ、屈んだ姿勢から背筋を伸ばした。

 ――この妖精さんはいつもやる気無さそうでいきなり消えたりもするけど、「契約」の一言を出せば大抵は役割を果たしてくれる奴、と思ってたのに。


「だってご主人、ぼくに新しい飴ちゃん買ってくれないんだもん。お菓子食べないと力出ないのに~」

「はあ? 何言ってんの、お菓子ならハロウィンに買ってあげたのがまだ余ってるでしょ?」


 私は契約の内容を思い返した。

 確かこちらは電気の供給を手伝ってもらう代わりに、こいつの好きな菓子を好きなだけ食べさせる約束だった。精霊に物質を摂取する必要性は無いはずだが、何故か妖精さんはキャンディだけやたらと食べたがる。


「アレじゃなくて、期間限定のが欲しいって言ってるのに~!」


 彼は私の机の下に置かれたボウルを嫌そうに蹴る。ボウルは倒れ、中身がカーペットにぶちまけられた。

 掃除するこっちの身にもなっ――まあ、いちいちこんなことで怒ってたらキリが無い。ちょっと私は深呼吸でもしようか……。

 そうする間にも無数の小さなキャンディが転がる、転がる。トウモロコシの実に似た形の、三色に彩られた(幅広い端から順に黄色・オレンジ・白)それは、この国で子供時代を過ごした人間なら必ず見知っているメジャーなキャンディだ。

 妖精さんは尻尾でそれらを叩いたり刺したりして遊んでいる――ように見える。表情を見れば大層ご立腹であることがわかった。


「あんなの色違いなだけで同じモンだわよ」


 私は反論してみせた。


感謝祭サンクスギビング仕様のキャンディコーンは茶色い部分がチョコ味なんだい!」


 青い小人は地団駄を踏んだ。

 これで大自然の精霊だと言われても威厳も神秘性も何もあったもんじゃない。永久に「妖精さん」で十分だろう。


「キャンディコーンなんてどうせ異性化糖(HFCS)の甘ったるくて薄っぺらい味しかしないわよ!」

「違うもん! ご主人のばか! わからずや!」


 妖精さんは特大の火花を散らして姿を消した。呼び止める暇も無い。

 揶揄ではなく本物の火花だったので、火事にならないかと私は一瞬だけ慌てた。


 それが平日の午前十時の出来事だった。



*****



 同日、午後八時。

 私は近所のコンビニ代わりのジェネラル・ストアにて、オイルランプの揺らめく炎に照らされた商品棚を見つめていた。

 イリノイ州シカゴ市に近いこの町は、電気復旧を果たした都市部のおかげで食品に不足していない。だが町そのものは闇に抱かれたままだ。店の中は小型発電機などで冷蔵庫を保っているものの、明かりはランプや蝋燭で間に合わせている。


「はあ……」


 思わずため息が漏れた。

 妖精さんが出て行ったまま戻らないのが気がかりだった。


「あれだけ呼んでも、こんな時間になっても、戻らないなんて……」


 精霊なのだから危ない目に遭っていると心配するには及ばないとして、このまま帰って来ないのではないかと不安だ。

 彼は神出鬼没にいつでも簡単に私の前に現れられるけど、逆に、私の方から探す術が無いのだと今更思い知る。

 かくなる上はお望みの品を買って釣ってやろうと企む始末だ。私は期間限定の(茶・オレンジ・白)のキャンディコーンを三袋も鷲掴みにしてレジに持って行った。これだけ持って帰れば彼も隠れ場所から出てきてくれるだろう。


 一人暮らしのアパートに戻ると、中は当然真っ暗だった。

 慣れ親しんだ自分の住処なのに、踏み入れる足は躊躇いがちだ。


「妖精さんに頼りきった生活のせいね。弱気になるなんて」


 時々声を出さないと、暗闇に余計な寂しさを感じてしまう。

 それでいて部屋は相当に寒い。私はベッドに直行し、重ねた毛布の下に潜った。


「そういえば『あの日』からの最初の冬は、旧式ストーブの点け方もわからなかったんだっけ」


 都会育ちの私はキャンプなんて小学生時代の修学旅行での遊び半分の経験しかなく、正しい火の点け方さえわかっていなかった。

 色々試してマッチでは紙しか燃やせないのに気付いたはいいけど、何度紙を燃やしても薪に火は移らなかった。まさかカバノキの樹脂や小枝に広めて徐々に炎を育てるべきだとは思わなかったのだ。

 それも妖精さんが来てくれてからはヒーターが使えるようになり、易々と解決した。こんな私は幸せなのだろう。北部での最初の冬も、二度目の冬も、大勢の人が乗り越えられずに息を引き取ったものだ。


 ――あ、やばい。


 涙腺が崩れそうだ。


 ――便利だからとか電力が必要だからとかきっとそういうことだけじゃなくて――


 きっと私は妖精さんの存在に救われていた。

 私は出社しなくなった途端、それまで以上に孤独な生活を送るようになっていた。元々彼氏ができても全然続かず(屋外デートを嫌がる所為だろうか)、家族とは相当な距離を離れていて会いにくく(州三つは跨ぐことになる)、友達はみんな忙しくてなかなか都合が合わなかった。アレルギーと世話をするのが大変そうって理由で私はペットを飼ったこともない。

 その点、食べ物を必要としない精霊は貴重だった。私が孤独な執筆作業に浸かっている時間もほぼ黙って付き合ってくれるし。まあ、一度文句を言い出すとなかなか止まらないのが玉にきずだけど。


「あんなんでも話し相手だったんだなぁ」


 私は毛布の中で鼻をすすった。


 ――飴ぐらい、変に躍起にならないで大人しく買ってあげればよかった。


 こんなくだらない喧嘩がそのまま一生の別れになるなんて、認めたくない。

 私は毛布に潜ったまま叫び出した。


「ほら、感謝祭仕様、買ってやったわよ! こんな馬鹿げた祭日!」


 十一月の四週目の木曜日が正式な感謝祭になったのは元はと言えば神への感謝が理由だったらしい。

 が、一般的には「イギリスから渡米した巡礼始祖ピルグリムを歓迎してくれた原住民と過ごした収穫祭」が感謝祭を祝う文化の根源だと思われている。「最初の感謝祭」からずっと後、政府は原住民を迫害・駆逐する方針に変わったのだから、この誤認は実に馬鹿げている。


「馬鹿げてるけど……買ったよ……キャンディくらいいくらでもあげるから、帰ってきて……独りにしないでよ……」


 感謝祭の趣旨の一つは、神だけでなく家族や大切な人にも感謝を表せ、との意味合いも込められていると聞いたことがある。

 今なら素直になれそうな気がした。

 私は横になったまま、全身を猫みたいに丸める。


 寂しい。

 坂を転がり落ちているみたいに気分は急降下中だ。


「そうよね、いつか私は、一人で寒い場所で死ぬ運命なんだ――」


 ――――バチッ!


 突如、目の前に光の玉みたいな青い何かが出没した。小さな稲妻が派手な静電気みたいに玉の周辺を跳ねている。


「きゃあ!?」


 私はとにかく眩しさに目を覆った。やがて目が明るさに慣れると、尻尾を振る青い小人の姿が目に入った。


「やーいやーい、ご主人の泣き虫ぃ。飴ちゃん買ってくれると信じてたよ!」

「あ、ん、た、ねえええええ!?」


 ――芝居か!? 怒って飛び出て行ったのは全部私を意のままに躍らせる為の芝居か!


「なぁに? ご主人はぼくがいないときっと凍え死んじゃうから、帰って来たよ☆」


 コンセントの精は大袈裟にウィンクする。私は己のこめかみに圧力を感じた。


「そ、そんなことな……そんなことないわ! いや、あるけど! せめてヒーターはつけて欲しいけど! 悪戯が過ぎるわよ、妖精さん! こっち来なさい!」


 青い小人を捕えんと両手を伸ばすも、から回った。

 毛布の中で私たちは暴れ出した。心なしか気温が上がっている。


「ぎゅーってしてあげるから! ぎゅー!」

「ご主人、ハグがしたいんじゃなくてぼくを握り潰す気だね!」


 妖精さんは、きゃはは、と子供っぽい声で笑う。空中でくるりと回転して私の指先から逃げ回る。


「そんなことないわよー、日頃の感謝を込めてハグしたいのよー!」

「熱くてご主人の皮膚が焼けちゃうよ。感謝なら飴ちゃん受け取ったから~」


 いつの間に袋を開けていたのか、妖精さんの尻尾には限定版のキャンディコーンが一個握られていた。彼は嬉しそうにそれを頬張る。


「おひしひ~~」

「ああもう、しょうがない奴。喉につまらせないでよ」


 諦めた私は寝そべり、頬杖をついた。



 コンセントの精は今ばかりは働いていないけれど、それでも私はもうすっかり芯まで温まったような気になっていた。




私は何がしたかったんだろう……

謎過ぎてキーワードもジャンルもどうすればいいのかわからなかった……


穴だらけの世界観ですみません! 動く電源あるならボランティアで色んなとこ連れてくべきですよねすみません! 一日で書き上げたので許して!


コンセントをぼーっと見つめてたらコンセントをネタにした物語が書きたくなったんです。なんか大分コンセント違いますが。妖精さんは最初は発電系精霊じゃなくて穴や壁を通ってメッセージを伝える通信系の役割を果たす子でした。


この短編の世界観は一日で考えた割には気に入ってます。続編へ広げるだけのポイントは随所にちりばめられていますが、続けない方が世の為なのかもしれません。


読んで下さってありがとうございました!

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