Scene1
「この世界は、もうじき終わるの」
とある風変わりな少女、藤田加奈子に出会ったのは、槇原健介が中学三年生の時のことだった。
彼はその時父の仕事の都合で通算六回目となる引っ越しを終えたばかりで、かといって新しい環境に慣れることに腐心していたかというと、そういうわけでもなかった。六回目ともなるともう心得たもので、苦もなく引越作業も完了したし友達も出来た。
自分が処世術に長けていると意識的に理解したことはなかったものの、健介は実際そういったことがそれなりに得意だった。彼はバスケが上手かったし、勉強もそこそこ出来たし、顔も悪くはなかったし、前の日に見たバラエティ番組に出演した芸人の真似をして上手いことおちゃらけることだって出来た。東は宮城、西は福岡まで動いたが、同じ日本国内である以上そんなに代わり映えはしない。どこへ行っても、利便性を優先した結果景観が犠牲になった、ごたごたした典型的な日本の郊外の情景が広がっていた。男の子は下ネタを振るとテンションが上がり、女の子は少し優しくすると真っ赤になって俯いた。
だから健介は、心の何処かで変化を求めていたのかもしれない。自分には到底把握しきれないような、不可解な存在にぶつかってみたかったのかもしれない。
健介が初めて藤田加奈子の話を耳にしたとき、彼はそれなりに興味を持った。
「青い目?」
「そうだよ。目ん玉がブルーなんだよそいつ」
その話をし始めたのは、健介の前の席に座るサッカー部の松井大輝だった。
「あれ絶対カラコンだよねー。かっこいいとでも思ってるのかな。先生も注意すればいいのに」
男子のグループと何かと懇意にしている谷岡恵美も加わった。
溌剌とした彼女は、クラスの中で人気があった。
「あいつほんと薄気味悪いよな。陰キャラっていうの?しゃべってるところほとんど見たことねえし」
「カラコンとかオタクかよ。あれだろ。コスプレする時とかに使うんだろ」
幾人かの男子生徒が恵美に同調するかのように続けて発言する。
「えー、でもぉ、私小学校一緒だったけど昔からあんなだったよー?」
これは恵美の友人の岡部由香。なお重要人物ではないので名前を覚える必要はない。
「昔からって、生まれつきってこと?ハーフか何かなの?」
これは主人公の健介。
「んー、なんかぁ、よく知らないけど、ビョーキかなんかっぽい」
ふわっとした口調で、ふわっとした答えが返ってきた。
男子のうちの幾人かは「ビョーキ」というワードから何やら連想して野卑なことを口走りニヤニヤ笑っている。
「ねえ。どうでもいいじゃんそんなこと。それより早く食堂行こ?お昼なくなっちゃうよ」
恵美のこの一言で一同は席を立ち教室を後にした。
新しくリリースされた食堂の新メニューがあんまり美味しくないとぼやく恵美の話を聞きながら、健介は青い目の少女について、ぼんやりと考えた。これが初めて健介が藤田加奈子の名前を聞いた場面であった。
そうして向かった食堂で、健介は初めて彼女に対面することになる。