4月5日 恒例の儀式
「お~い、海。置いてくぞ~」
「4の3乗×2の-3乗秒待っててくれ」
「は?4の3乗×2の-3乗?え~と………」
急かす麗に適当な問題を出しながら急いで準備をする。
…………よし。
「ほら、終わったぞ。さっさと行こう」
「え?ちょ、ちょっと待て。答えは?」
「は?答え?何の?」
まさかさっきの問題じゃないだろうな。あれが解けないようでは二年生に進級できるはずがない。
「4の3乗×2の-3乗だよ」
「…………はぁ」
こいつはどうやって進級したんだ?そもそもどうやってここに入学したんだ?
…………ワイロか?
「お前、今ロクでもねぇこと考えてただろ」
「いや。お前がどうやって進級、もとい入学したのかを考査していたところさ」
「なんだよ、それ。確かに俺がバカなのは自覚しているが、だからってそこまで言うこたぁねぇじゃねえの?」
充分過ぎる程に言う事ある。
「と言うかそんな事より答え。早く。答えるまで帰らせんぞ」
「あーはいはい。8だ8。わかったらさっさと行くぞ」
こいつがここに入れたのは学校の七不思議として考えておこう。
それが賢明な気がする。
「8か。よし。じゃあ行くか!」
「おぉ」
教室のドアへ向かう麗の後を追って廊下に出る。
と、同時に視線を感じる。
大方、部活の勧誘か女子だろう。
「あ、あの……」
「相変わらずモテんなお前」
麗がひがむように肘でつっつきながら言ってくる。
「はっ。所詮は“見世物”としてだろう」
「椎奈さん………」
こういった視線はもう慣れた。
「中谷さんも………」
「いやいやいや。お前、一体何人に告られてんだ?」
「高校に入ってからなら、約30人だが?」
「そんなやつを“見世物”として見るか!」
「朝言ったろ。俺はお前と“あいつ”以外信用しないと」
告白してきた奴もいずれは飽きて捨てるのだろう。
「陸上部に………」
「はぁ。まあお前のその意思は変わらないだろから、俺もそんな言わないけどな」
ここが麗の良いところだ。
他のやつみたいにしつこく言わないし、俺の意思をよく理解している。
もっとも、“今の家族が知っている程度”の俺の過去の知っているからかも知れんが。
それにしても麗といるのは俺の数少ない楽しみだ。だから……………
「…………来る」
「あの!二人共、話を………」
「「うっさい!!」」
「ひぃ、すいません」
いい加減、俺達を勧誘するのは諦めたらどうだろうか。入学からずっとじゃねぇか。それに俺は帰宅部ライフを堪能しているんだ。部活なんかに入って時間を潰してなんかられるか。
「で、どしたん?海?」
あ、そういやそんなことしてる場合じゃなかった。
「鈴が接近している」
「おっと。そゆことか。で、購買サイドの階段か昇降口サイドの階段からか、どっちだ?」
「音から判断するに、昇降口サイドだな」
「ほぅ。で、どうする?逃げるか受け止めるか」
「麗。知っているだろう?俺を追っている時のあいつの走力」
「そうだな。お前ですら敵わないんだったな」
「あぁ。一度計ってみたら驚愕の数値を叩き出したよ」
「ほう。どんな」
「100mを4.27秒だ」
「…………敵うわけねぇな」
「よって受け止めるしかない…………」
その時、俺の耳にこの廊下のタイルを踏み潰す音が響いた。
「前方150m先、目標を確認!」
遥か先に出現した鈴は、廊下に溢れる障害物を残像すら残す速度でかわすと、一瞬にして俺との差を消した。
そして、
「お兄ちゃ~~~~~~ん♪」
の声と共に俺に向かってダイビングアタックを仕掛ける。
当然。まともに受け止めると俺が砕ける。
主に骨とか心とか。
そのため、接触と同時に俺も思いっきり後方へバッグステップを踏む。
それにより衝撃は軽減される。
そして、着地と同時にブレーキをかける。
これのおかげで俺の上履きは半年も持たない。
注釈↓
(一度避けてみた事があるのだが、空中で軌道を変える(スピード依存)という謎の技を使えるため、避ける事すら叶わない)
数年分靴底をすり減らしながらも無事に受け止められた事に安堵した俺は、呆れの視線を向けながら
「いい加減、辞めたらどうだ?」
若干声のトーンを下げて、俺の腕の中で犬の様にすりすりしている鈴に聞いてみる。どうせ返答はわかっているが。
「だってずっとお兄ちゃんに会ってないんだよ。のんびりしてられる訳ないじゃん」
ほらな。
と言うか、ずっとったって今日なんて午前中だけじゃん。大した時間じゃない。
「交通整備は間に合ったか」
「おぉ、麗。ありがとな」
鈴が俺の下まで走ってくる分には危険は無いが(全て避けるから)、俺が受け止める際には後方への被害が想定される。
そのため、麗には毎回俺の真後ろにいる人を誘導してくれているのだ。
「あ、麗。こんにちは」
「あぁ、鈴ちゃん。こんにちは」
また、俺の友達と言うことで年上に対して若干男性恐怖症の鈴も、麗とそれなりに仲が良い。
…………くっついてくれないかなぁ。
「お兄ちゃん。私はお兄ちゃん以外の人は選ばないよ」
そして鈴よ。兄の心を読むな。
それと読心術が使えるなら言っておこう。その言葉も信用するに値しないと。
「それよりも海。毎度の事だが超注目されてんぞ」
「ん?あぁ、そうだな。ほら、鈴。部活見学にでも行ってこい」
俺をしっかりとホールドしている鈴を、無理矢理引き剥がす。
「いや!私も一緒に帰る!」
再び抱きつこうするのを頭を左手で押さえる事で防ぐ。
「いや。お前ならどこにいっても全国に行けるだろう。それに何よりも今の内にこういった経験をしておくのは大事だ」
勿論、これは建前だ。単に俺の家でのプライベートを確保するために、鈴を部活に入れさせるためのな。
「それはお兄ちゃんもでしょ」
「それもそうかもしれんが、経験なら充分過ぎる程積んでいる。だがお前はまだまだだ。素直に経験を積んでこい」
「部活で積める経験ならクラス委員とかでも積めるよ!」
「いや、クラス委員じゃ学べないものもある上に………」
「おい、海。他学年まで集まってきたぞ」
あぁ、もう面倒くさいなぁ。
あんまり騒ぎになるのは後々面倒いから避けたいし、しゃあない。帰ってから説得するしかないか。
「鈴。後は帰ってからにする」
「うん♪わかった」
その後、二時間半におよんだ話し合いの結果、鈴が部活に入る事はなかった。