4月5日 二人の登校劇
「はぁ~………」
俺……海流は普段の倍重い足取りで通学路を歩いている。
特に学校が吹き飛ぶ事もなく今日、入学式の日を迎えてしまった。
今日こそいいが、恐らく明日からあいつと学校へ向かうことになるだろう。
そう思うと背中に寒気が走った。
偽りの愛情ほどうざったいモノはない。
「お、海じゃん。はよー」
うつむきながら歩く俺の背中から声がかけられた。
「おぉ、はよー、な。麗」
後ろから来たのは中谷 麗樹と言い、小、中、高と全て同じクラスという、もはや神の気まぐれと言わざるを得ないレベルの腐れ縁だ。また、俺が唯一“友達”と認めた人でもある。
「どした?ずいぶんとだるそうだな?」
「あぁ。今日が何の日かわかるか?」
「え?そりゃ入学し…………」
と言ったところで俺がだるそうにしている理由がわかったようだ。
「で、お前さんは明日からの日々に憂鬱していたところか」
おぉ、さすが我が唯一の友だ。
言わずとも全てを理解してしまった。
「………でもさ」
「ん?」
何かあるのだろか?
「鈴ちゃんがお前に向けてる愛は本物だと思うぞ」
なんだ。その話か。
「麗。前にも言ったが、偽りの家族ほど信用できないモノはない」
これは何があっても揺らぐ事はないだろう。誰よりも俺は知っている。本当の家族でない者に向けられる目を。
「あのな、俺もお前に何度も言ってるが、気づかないのか?鈴ちゃんがお前に引っ付いて時の幸せそうなと言うか、ピンクと言うか、そんなオーラを」
「それについても何度も言ってるはずだ。仮にそうだとしても、どうせそれも偽りのオーラだ。からかっているんだろう」
「いや、偽りなら……」
「はい!もうこの話は終わり!」
この話題だけは麗と意見が合ったことがない。俺は何があっても他人、それも特に偽りの家族を信じる事は絶対にない。
「なんだよ………。まぁ、いいけど」
「そうそう。それよりも、このペースだと遅刻するぞ」
「えっ。あっ、マジだ。ぅおっし、走るか!」
麗はそう言うが早いか走りだした。
ほんの数秒の内に何十メーターも距離が空いた。
さすがに校内でもトップクラスの脚力を持つだけある。
「だけど………」
重心を前に傾ける。
「よ~い、ドン」
そう口遊むと思いっきり地面を蹴り出した。
麗との差が一瞬にして詰まっていく。
俺の足音に気づいて振り返った麗の顔が、眼前に迫る俺を見て引きつった。
「ホントお前のその脚力はなんなんだーーーー!!!」
麗はそう叫ぶと更に加速した。まるで肉食動物から無防備で逃げる人間のように。
100mを10秒台前半で走る麗の走力だ。その速度は並みの高校生では、まず捉えられないだろう。
だが、
「フッ。短・中・長、どれにおいても貴様に負けた覚えはない!」
俺も更に加速する。
ちなみに俺の100mのタイムは若干流しで走って10秒フラット。
日本人相手なら誰にも負けない(キリッ)。
一瞬にして麗との差を更に詰め、麗と並んだ。
「くっ。だが俺にも意地がある。今日こそお前に勝ーーつ!!」
麗が更に加速する。
いまなら100mを9秒台で走るんじゃないかと思うくらいの速度だ。
しかし、俺も麗をしっかりと捉え、差をまったくつけさせない。こいつごときに負ける訳にはいかない。
そうこうしている内に前方100m先に校門が見えてきた。
あそこに先に飛び込めば俺の不敗記録が守られる。
「ふっ」
隣の麗がほくそ笑った。
「悪いな。海。今までの俺ならここからのスパートで振りきられていた。だが、今日の俺は違う」
「………なにがだ?」
その言葉は数え切れない程聞いてきたんだが、
「ふっふっふっ。今日、俺は家を出る前にリ○ビタンDを飲んできた!」
「……………は?」
アホか?こいつは。朝っぱらから栄養ドリンクを飲んでもしゃあないと思うんだが。
「エネチャージした俺が負ける訳など、ない!!!」
そう宣言して麗はスパートをかけた。
………正直、普段のスパートと何ら変わりはない。
てかエネチャージに何?
車のやつを言ってんなら余計に意味不なんだが。あれは車が減速するときに充電する機能だぞ。
「しかし、あの頭でよくここに入っ、たな!」
俺もスパートをかける。
麗との差は一瞬で消滅し、次の瞬間には追い抜いた。
「な!お前、まさか、オロ○ミンCを………」
「朝っぱらから飲むか!」
後ろから聞こえる麗の言葉にツッコミながら校門を駆け抜ける。
麗がアレな限り、俺の不敗神話が破られることは未来永刧ないだろう。
少し遅れて後ろに何かが崩れ落ちる音がした。
「はぁ、はぁ、はぁ。くっそ。俺はお前に勝つことはできない、のか!!」
ぜー、ぜー、と肩で息をしながら麗が周りを気にした程度の音量で叫ぶ。
「悪いな。貴様ごときに負けてはられん」
「お前なぁっ!はー、はー、はー。てか何でお前は、息ひとつ乱してねぇんだよ。はー、はー。本当に人間か!」
人を指さすな。
と言うかあの距離をほぼ全力で走り切ったお前も充分、人間離れしてると思うぞ。
やがて、息を整えた麗は腕時計を見て言った。
「たっく。お前と走っと早く着きすぎるな」
「いや、お前から走り出してからに。よく言うよ」
まぁ、確かに朝のショートホームルームまで20分以上ある。
「どうせ早く行っても入学式の準備に狩り出されるだけだ。購買にでも行って時間稼ごうぜ」
「そうだな。ただし、遅刻しない程度にな」
一度巻き込まれた経験から釘を刺しておく。
麗は苦笑すると、ゆっくりと購買へ歩き出した。
この日、ホームルームの二分前に廊下をスピード違反をして注意された生徒が二人いたらしい。