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断片の使徒 extra  作者: 草野 瀬津璃
逆お気に入りユーザー様、500人突破企画
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 04



 それから一週間ばかり、ソイルの猛アタックは続いた。

 あんまりしつこいので、修太は隙を見つけて思わずグレイにこう言ってしまった程だった。

「なあ、グレイ。一日だけデートしてやったら? それで満足するんじゃないか?」

 宿の部屋で、自分のベッドに腰かけ、黙々とハルバートを磨いていたグレイの黒い尾がピクッと揺れた。

(うっ)

 地雷を踏んだかと修太は危ぶんで冷や汗をかき、恐怖を覚えたらしきコウが足元に擦り寄ってきて「くうん」と哀れを誘う声で鳴いた。

「絶対にお断りだ。あの女、どこか違和感がある。気味が悪い」

 苦々しい声でグレイはぼそりと言った。

 不機嫌になったらしく、一気に空気が重くなった。修太は自分の失言を悔やんだ。亜熱帯地帯なのに、この部屋だけツンドラ地帯みたいである。身も心も寒い。逃げたい。

「そこまで言う? 普通に美人なお姉さんだと思うけどなぁ」

 トリトラといい、グレイといい、何をそんなに警戒しているのだろう。修太には不思議でならない回答だったので、びくびくしながらもそう言ってみた。

 グレイは柔らかい布でハルバートの柄を磨くのに力を込めた。右手の青筋が浮かぶ程度には力を入れているらしく、もし手にしているのが金属でなく木だったら折れていそうな程の気迫が漂っている。

「俺は、一目惚れなんてものは信じない。胡散臭い。怪しい。以上」

 取り付く島もないという見本のような返事だった。

 修太は押し黙ったものの、結局、好奇心を刺激されて、地雷と分かりつつも訊いてしまう。

「え、グレイ、一目惚れしたことあるの?」

「……したのではなく、されたことならな。村長の娘なんて面倒な奴に一目ぼれされて、俺は何もしていないのに、村長に、娘に手を出しやがって殺してやると刃傷沙汰になってな」

「……うわぁ」

「だが、村長の娘は三日後には別の男に惚れていた。信じられると思うか?」

「……すみませんでした」

 修太は素直に謝った。

 グレイは意外に濃い経験の持ち主らしい。無表情で怖いが、セーセレティー精霊国以外の常識だと姿形は一等級に優れているのだから、一目惚れする女性が出てきてもおかしくないだろう。

「女が絡むと面倒臭い。酒場にいれば、歌姫だの舞姫だのに言い寄られて、周りの男どもに敵視されて、帰り道に襲撃をかけられることもある。最悪だったのは、とある貴族の第三夫人とやらに色目を使われた時だな。依頼主だった旦那に一服盛られかけた」

「それはまた……」

 濃いどころか危険信号がビカビカ点滅しているよ。すげえ。

「はーっ、美形ってのは思わぬ苦労をしてるんだな。羨ましいような羨ましくないような」

 何とも複雑な気分だ。

 むぐぐと口を引き結んでうなっていると、グレイが話題を変えた。

「とにかく、シューター、あの女に深入りするなよ。まったく、何なのだろうな、この違和感は……」

 そう呟くと、グレイは窓から外を睨みつけるようにして考え事にふけりだした。ハルバートを磨く手も止まる。

(違和感か……。俺にはよく分からないな)

 そう思ったが、ふいにソイルの冷たい眼差しを思い出す。違和感。あの時は確かにそんなものを感じた気がする。

(お邪魔虫ってことで嫌われてんのかな……)

 啓介といる時のいつものパターンだなと修太は内心で溜息を吐いた。


     *


「あ、シューター。伝言を預かってるよ」

「伝言? 誰にですか?」

「君に伝えてるんだから、君にだよ」

 何を言ってるんだと、ギルド員であるレクシオンは肩をすくめた。

「“正午、倉庫街前広場の大木の下で待ってる”だそうだ。ピートって奴から」

「ピート? 誰?」

「知らない奴か? 君のこと名指しにしてたんだけどなあ。これっくらいの子どもでさ。友達なのかと思ったんだけど」

 レクシオンは不思議そうにし、修太も首を傾げる。

「この町に友達いないけどなあ。誰だろ。ゼフ爺ちゃんのお孫さんとか?」

「ゼフさんのお孫さん、そんな名前だったっけ? 覚えてないな。俺は頼まれただけだからよく分からんが、子ども相手だからな。相談したいことがあるとも言ってたぞ」

「相談ねえ……」

 見た目年齢での同年代の男子で相談となると、もしかしてピアスに惚れたから告白の仲介をしてくれとか、紹介してくれという類だろうか。それとも啓介と友達になりたいとか?

(相談なら、俺一人で行った方がいいかな)

 倉庫街前広場なら、人通りも多いし、特に危険な場所でもない。修太はちらっとコウを見下ろす。

「コウがいるから平気か?」

「ワンッ!」

 任せろというように吠えるコウ。気合たっぷりにたしたしと前足で地面を踏みつける。

「じゃあ、俺も伝言お願いします。啓介達か、グレイか、トリトラにこのことを伝えておいて下さい。ちょっとひとっ走り行ってきます」

「ああ、分かった。シークには言わなくていいのか?」

「はい。あいつに伝言しても忘れそうだから言わなくていいです」

「ははは、ひどい話だけど、なるほどな!」

 レクシオンもひどい。

 ひとしきり笑うと、レクシオンは腰に両手を当て、兄が弟にするみたいに見下ろして、小言っぽく言う。

「もし喧嘩の申し込みだったら断って逃げて来い。お前じゃ、この辺のガキ相手じゃ心もとないだろうしな。ま、子ども同士のことだし大丈夫か?」

「拳での喧嘩だったら俺も負けませんから」

 大人相手ならともかく、子ども相手に負ける気はない。カラーズ相手だと分は悪いがこちらは無効化出来るので、刃物さえ持ち出されなければガチンコ勝負に持ち込めると思う。

「その意気はいいけど、君が怪我すると、護衛してる例のお兄さんやらお姉さんに俺が睨まれるから、ほどほどで頼むよ」

「サーシャとフランが?」

「うーん。どっちかと言うと、グレイとピアスかな」

 ああ、それは確かに納得。

 サーシャリオンはよく遊んできたなと笑いそうだし、フランジェスカは喧嘩するなど馬鹿かお前と言いそうだ。グレイが睨むかは分からないが、ピアスなら思い切り睨む気がする。ピアスの人の良さは啓介に並ぶくらいだ。

「出来るだけ喧嘩しないようにはしますよ。じゃあ、行って来ます」

「ああ、気を付けてな。路地裏や倉庫街には近付くんじゃないぞ!」

「分かってます!」

 修太は元気良く返し、コウと共に、ギルドの入口から外へと走り出していった。


        *


(倉庫街前広場……っと。この辺だよな?)

 ビルクモーレの出入り口の門に近い広場は、道幅がやや広いだけの通りであり、その隅に街路樹が数本植えられており、日射しを避ける為、その木陰には幾つかの露店が並んでいた。黄色や赤、青や緑、カラフルな日避けテントの屋根が目に鮮やかである。

「大木か……」

 そんな木、あっただろうか?

 きょろきょろ見回していると、コウが修太の上着の裾を軽く噛んで引っ張ってきた。

「ん? どうした?」

 そちらを見ると、街路樹の中で一本だけ幹が太い木があるのに気付いた。

「あれって言いたいのか?」

「オン!」

 そちらに歩いて行くと、大木の下に、十二歳くらいの少年が立っているのが目にとまった。褐色の肌と短い銀髪の色合いの対比がまず目についた。白い麻のシャツとズボン、皮のサンダルといい、普通の町の子といった印象だが、どこか負けん気の強そうな顔立ちもしている。

(おいおい、まじで喧嘩の申し込みじゃねえだろうな……)

 そんなことをされる程、この町の者と関わった覚えはないのだが。修太は疑問を抱えながら、覚悟を決めてそちらに近付く足を速めた。

「あんたがピート?」

 声をかけると、少年はうろん気に修太を振り向いた。もしかして人違いかと思ったが、少年は頷いた。

「そうだよ。じゃあ、お前がシューターって奴?」

「ああ」

 じゃあって何だ、じゃあって。

「何、あんたが俺に相談があるって聞いて来たんだけど、俺のこと知ってるんじゃねえわけ?」

「うん、まあそうだな。伝言の通り、相談があってさ」

 ピート少年はにかっと白い歯を見せて笑う。

 対する修太は先手必勝で返す。

「金を貸せとか恋愛相談だったらお断りだぞ」

「金貸しと恋愛? まさか、違うよ。そんなこと、ほぼ初対面で頼むわけねえだろ。でも、ちょっとここじゃな……」

 ピートは深刻そうな表情をして、周囲をそっと見回す。

 まあ確かに人通りの多い場所で相談というのも落ち着かないだろう。

「ギルド前広場に行くか? ジュースでも飲みながら話そうぜ」

 どうしてまた修太なんかに相談したいのか分からないが、同年代の男子みたいに誘いを持ちかける。子どもがジュースを飲みながら広場で喋っていても違和感はないだろう。変に隠れるより、堂々としている方が相談しているようには見えないものだ。

「いや、会って欲しい奴がいるんだ。お前なら助けられるって聞いたから」

 よくよく見ると、ピートはどこか不安そうで、落ち着かないようだった。そわそわとズボンの側面を手で掴んだり閉じたりしている。そこまで言って痺れを切らしたらしく、修太の右手を掴む。

「いいから、こっち!」

「へ? おい、ちょっ。いったいどいつから何を聞いたんだよ!」

 踏みとどまって腕を引っ張り返すと、ピートに睨まれる。茶色の目が切羽詰まったような光を浮かべていて、修太の方が何か悪いことをしたような気分になる。

「一刻を争うんだ! 後でちゃんと話すから、頼むから来てくれ!」

「はあ?」

 コウは修太とピートを見比べて、どうしたものかと戸惑っているようだ。しかし無理矢理止めに入らないのを見ると、危険性はないようである。

 修太は半ばやけになり、腹をくくる。

「ったく、仕方ねえな! ちゃんと話せよ!」

「もちろんだ!」

 ピートは叫ぶように返し、こっちだと言って修太の腕を掴んだまま走り出す。

 完全になめていた修太は、ピートの健脚ぶりに舌を巻きながら、スピードを合わせて路地を走り出す。横にコウが並んで駆ける。

(げ……。どう見てもこっちは倉庫街だよな)

 前に啓介にビルクモーレ七不思議巡りに付き合わされたから、見覚えがあった。

 レクシオンの注意を思い出してげんなりするが、ここまで切羽詰まっている子どもを放っておくのもどうだろうと思い、頭から追い出して走るのに集中する。

(もし俺のことを〈青〉と勘違いしてたらどうしよ……)

 助けを求めるなら、治療師(ヒーラー)の方がいいと思うので、懸念が湧く。

(行ってみれば分かるか)

 コウも特に何も警戒していないし、子どもの頼みだし。

 自身の姿が子どもなのはさておいて、修太はお兄さん気分で倉庫街に入っていく。そもそも人が住んでいる区画ではないというのはすっかり忘れていた。



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