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待合室に入ると、冒険者達がざわついた。
だがそれも一瞬で、グレイと手をつないでうれしそうにピョンピョンとはねている修太の様子に、視線が温かいものに変わる。
「ああしてると可愛いわねえ、ツカーラ君って」
「すごいよなあ。猛獣にじゃれついてる子犬だと思うと、保護したくなるけど」
どういう意味だ、お前ら。
グレイがそちらを見ると、彼らはさっと目をそらす。グレイはちっと舌打ちした。
「シューター、飴いるか~?」
受付のリックは、カウンターからにこにこして小瓶を出す。修太は小さな手を差し出して、小瓶を受け取った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「どういたしまして。ちゃんとお礼を言えて、えらいなあ」
リックが褒めると、修太は途端に恥ずかしがって、グレイの後ろに隠れた。ちゃんとあいさつはするくせに、引っ込み思案さを見せるのが不思議だ。
「夕飯前だから、一個だけだぞ」
修太の代わりに小瓶を受け取り、グレイは修太に注意する。
「うん! 一個だけだよ」
年齢のわりに聞き分けの良さを発揮して、修太は飴玉を一つだけ口に放りこみ、小瓶をグレイに返す。グレイは小瓶をベルトポーチに入れた。
「シューター君、良い子ねえ」
イミルが感心して呟く。
「受付、契約書を発注したい」
「分かったよ」
金額などについて話していると、イミルの双子の兄であるラミルが顔を出した。
「イミル、迎えに来たぞ。もうバイトは終わるよな?」
「ラミル! そうだわ、ラミルも手伝って」
「なんだ?」
事情を聞いて、ラミルはのけぞった。
「はあ? このちっこいのがシューターだって? 実験って大丈夫なのかよ」
「失敗しても、髪や肌の色が変わるだけよ。シューター君の魔法って神業クラスでしょう? 私一人で無効果するより、ラミルと一緒に使ったほうが強いから、似た結果になるかも」
「それで俺達もちびっこになったらどうするんだ?」
「その時は医務室のお世話になりましょ!」
結果について、考えていなかった。グレイは二人を眺めて、眉を寄せる。
(まあ、あの女に任せればいいか)
二人が子どもになったらササラに押し付けようと決め、グレイは頷いた。
「世話する奴には当てがある。心配するな。前回は三日程で元に戻ったぞ。急用があるなら、別の日でもいいが」
「良かった。ラミル、しばらく暇でしょ?」
「タイミングが悪いことにな」
イミルは喜んでいるが、ラミルの声は渋い。
乗り気ではなさそうだったが、報酬額を聞いて、ラミルも目の色を変えた。五万エナは平民でも貯金すれば用意できるが、イミルやラミルのようなバイトで生活費と授業料をまかなっている者には、なかなか貯められない額だ。
「小さな古い家なら買えるな。賃貸に住むより、ずっと楽になる」
「ね、いいでしょ」
セーセレティー精霊国では、新築より中古のほうが高価だ。石造りの家が多く、世代を重ねて手を入れるからだ。
だが、全ての中古が高いわけではない。石と木造が混ざったタイプの家だと、修理しても木材が徐々に傷んでいくから、自然と売値が下がる。彼らはそちらの家を手に入れたいと話しているのだ。
「契約するのか、しないのか」
「~~~~っ。するけど! ちゃんと世話するってことと、その間の金は依頼主負担って書いておいてくれよ」
「しっかりした奴だな。分かった」
さすが、親がいないなりにたくましく生きている連中だと、グレイは頷いた。
契約書を用意してから、そういえば魔具を持っていないことを思い出した。
「おい、受付。あの野郎は、他に魔具を持ってないか?」
「ん? 予備で持っていたのを取り上げておいたけど、何に使うんだ?」
「実験」
穏やかさを取り戻したリックは不思議そうにしたが、遠慮なく回収した魔具をグレイに渡す。
「なんかそれ、犯罪者が変装用に闇市で買うものらしくてな。五個セットで売ってるから、あと三個しかないってよ」
「残り一個はどこに行った」
「試しに、鳥で試したそうだ」
「染め粉よりは手間がはぶけるか……。あいつら、なんでも利用しやがるな」
「ナイフだって、料理人が使えば食事ができるが、犯罪者が使えばやばいだろ。使い方次第だよ」
悟ったことを言い、リックは不愉快そうに眉を寄せる。どうやら犯人を思い出して、また不機嫌に戻ったようだ。すると、修太がグレイの上着を引っ張った。
「お父さん、飴ちょうだい。お兄ちゃんに返す」
「あ? なんだ、急に」
小瓶を返すと、修太は飴を一つ取り出した。
「お兄ちゃん、おいしいものを食べると元気が出るんだよ。あげるー」
「え? 俺があげたんだけど……まあいいか」
リックは飴を受け取って口に放り込む。
「これでいいか?」
「元気になった?」
じーっと修太に見つめられ、リックの顔がゆるむ。
「そんなかわいいことされると、勝手に笑顔になるじゃないかーっ。ありがとな」
修太はこくっと頷くと、小瓶の蓋を閉めてグレイに返す。グレイは修太がかぶっているフードの上から、わしわしと頭をなでてやった。
「シューター君、天使……?」
「チビん時から良い子なんだなあ、こいつ」
イミルとラミルも感動のままにつぶやく。
「チビだとこれなのに、なんであんなに不愛想になるんだ?」
「両親を亡くして苦労したからじゃない? 私達もそうだったでしょ」
「あー、そっかあ。そうだなあ」
二人はひそひそと言葉を交わす。
そこで、修太のお腹がグーッと鳴った。しょんぼりとうつむく。グレイは修太をひょいっと持ち上げて、左腕に座らせた。
「実験は後だ。お前らも一緒に来い。飯を食べに行くぞ」
「えっ、おごり?」
「ちょっとラミル、失礼よ」
ラミルがすかさず問うと、イミルがひそひそと注意する。
グレイはフンと鼻で笑う。
「ガキに払わせるかよ。ついてこい」
「さっすが紫ランク、太っ腹~」
「ごちそうになります」
ラミルが指を鳴らし、イミルはおどおどと頭を下げる。
「えっ、トリトラが食事を調達に行ったんじゃ……?」
親切にも、冒険者の誰かが口を出した。
「ああ、放っておけ。どうせ、またすぐに腹が減るだろ」
「ツカーラだもんな。そうだよな」
納得だと頷いて、冒険者は話し合いに戻る。ラミルが質問する。
「なあ、シューターって小さくても食べるの?」
「量はそうでもねえが、すぐに腹が減るみてえだな」
燃費が悪すぎる子どもである。
修太の家では決まった時間にしか食べないルールなのか、空腹でも我慢しているようだが、あきらかに元気が無くなるので、グレイには分かりやすい。
あまり飲食店に行きたくはなかったが、トリトラがいつ戻るか分からないので、グレイは近場の食堂に足を運んだ。
食事を終えて戻ると、トリトラが待合室でふてくされていた。
「ひどいです、師匠。食事に行っちゃうなんて!」
「早く戻らないお前が悪い」
「だって、あれもこれもって思っちゃってえええ」
グレイの返事に、トリトラはいじけて叫ぶ。テーブルには、木箱にこれでもかと積まれた屋台料理や菓子があった。
「買いすぎだろ、馬鹿か。食事は分かるが、なんでそんなに菓子がある」
「小さい子が好きな菓子はどれかって店員に聞いたけど、よく分からなくて、とりあえず全種類を一つずつ買ってみました」
「てめえがアホだってことは理解した」
「ひどい!」
弟分馬鹿ぶりを発揮するトリトラに、グレイは冷ややかな目を向ける。
満腹でご機嫌な修太は、落ち込むトリトラがかわいそうになったのか、トリトラの頭をなでる。
「お兄ちゃん、元気出して。いいこいいこ」
「なんって優しいんだ。ありがとう、シューター」
トリトラはぱあっと笑顔で礼を言う。
「幼児にガキ扱いされてる二十代は、さすがに恥ずかしいだろ。シューター、こっちに来い。馬鹿がうつるから、こういう奴には近づくんじゃねえぞ」
「はーい」
修太は良い子の返事をして、グレイのほうに戻る。
「素直でいいね! でも、それは聞かなくていいからね」
トリトラは褒めながらも、修太を懐柔しようと、人の好い笑みを浮かべる。人間がおおむねだまされる笑顔だ。グレイはなんとなく修太の目を手で覆う。
「師匠、なんで目隠しするんですか!」
「お前の詐欺顔は教育に悪い」
「僕のとりえは、この顔なんですぅー! 可愛い弟分になついてもらうためなら、全力で長所を使うに決まってるじゃないですか!」
ぎゃあぎゃあとうるさいトリトラを蹴り飛ばしてやろうかと考えていると、ラミルが口を出した。
「とりあえず、実験しましょうよ。早く帰って寝たいんで」
そして、ラミルは医務室のほうを指さした。