修太、料理を習う
セーセレティー精霊国に滞在中のことである。
修太は急に思いついて、食堂で黒狼族のトリトラとシークに話しかけた。
「「料理?」」
二人は食事の手を止め、怪訝そうに言った。
「そうなんだよ!」
修太はテーブルのほうへと身を乗り出した。
「自分好みのうまい料理を食べたかったら、自分で作ればいいんだって気付いたんだ。黒狼族って家事のプロだろ? 教えてくれよ」
しかし修太の頼みに、トリトラは渋い顔をした。
「あのねえ、そもそも黒狼族は、身の回りのことは全部自分でできるようにしつけられるだけ。そうしないとレステファルテじゃ生きていけないんだ。使用人のプロみたいな言い方、やめてくれる?」
椅子の背に左腕を載せ、修太と向き合いながら、トリトラは文句を言う。
「あ、ごめん」
確かに失礼な言い回しだったなと、修太は素直に謝る。
一方、シークはもぐもぐと食事を頬張りながら、あまり興味もなさそうに返す。
「つーか、おめえ。あの騎士の姉さんに頼めばいいだろ?」
シークの言うことももっともだ。
旅の間、食事の用意は黒狼族以外では、フランジェスカがよく担当している。手際良くおいしい料理を作る才能は、修太も認めるところだ。しかし手伝おうとすると邪見にするのはいただけない。
修太は眉間に皺をきざむ。
「だってよぉ、あいつ、絶対に馬鹿にするだろ」
推測ではない、確信だ。「こんなこともできないのか、クソガキ。今までどうやって生きてきたんだ」なんて言いながら、上から目線で溜息を吐くところまで想像できた。
修太がそう伝えると、トリトラは納得と一つ頷く。
「確かに言いそうだね」
「あはははははは」
シークは大笑いしている。
そして二人は急に真面目な顔になり、声をそろえた。
「ていうか、料理なんて切って煮るか、焼くだけでしょ(だろ)?」
あっさり言い切るものだから、修太はぶち切れる。
「お前らほんっとムカツクな! できねえから頼んでるんだろ!」
怒る修太を見て何を考えたのか、トリトラはにこりと提案する。
「そうだね、教えるから一つだけ条件がある」
「何?」
「僕のこと、お兄さんって呼んでくれたら助けてあげる」
満面の笑みでトリトラが言うと、隣でシークが馬鹿にする。
「お前もしつけえなあ。どん引きだよ」
カチンと来たトリトラが、席を立って向かいのシークに手を伸ばす。胸倉に掴みかかった。
「表に出ろよ」
「あんだよ」
たった一言で喧嘩になった二人に、修太も怒った。
「やめんか、馬鹿ども!」
結局、トリトラの了承を得るために、修太は渋々条件を飲んだ。
たった一言で手を借りられるなら、それくらい譲歩すべきだろう。
「お……おに……」
「うんうん」
しかし何故だろう、実際に言おうと思うと、こっぱずかしくてなかなか言えない。
トリトラが微笑ましそうに合槌を打つのも癪にさわる。
(俺も男だ、言ってやる!)
たかが呼び名くらいで、こんなに気合がいるとは。
「……お兄さん」
どうも恥ずかしさに負けてしまい、照れ混じりの小声になった。
これは駄目だったかとトリトラの様子を伺うと、胸を押さえてうつむいている。
「なんだ、どうした。調子悪いのか?」
「いや、感動しただけ。なにその呼び方、可愛すぎでしょー!」
「ぎゃー!」
感極まったトリトラが、修太の両脇を抱えて、ぶんぶん振り回し始めた。普通なら微笑ましい光景かもしれないが、相手は黒狼族である。ものすごい速さで景色が回るので、修太は思い切り酔った。
「こら、やめんか、トリトラ!」
「うえええ」
シークが止めてくれたので、修太は地面に下ろしてもらい、その場に座り込む。
「俺、もう絶対に呼ばない……」
「ええー、遠慮しなくていいのに」
「呼ばない」
「ちぇっ」
子どもっぽく舌打ちしているが、修太からしてみれば一大事だ。呼ぶたびにこのテンションでは死んでしまいそうだ。
能天気に笑っているシークが少し恨めしい。
翌朝。
さっそく教わることになったが、何故か朝っぱらから、修太は宿の玄関先に立っていた。
軽装で集合という指示だったのだ。
「あ、おはよう」
「はよー」
「……おはよう」
トリトラとシークにあいさつをすると、トリトラはにこやかに右手を挙げる。
「それじゃあ、行こうか」
「え、どこに?」
台所は宿でも貸してもらえるはずだ。
「え?」
トリトラはきょとんとして、当たり前みたいに問う。
「狩りだよ。料理するんなら、まずは食料調達でしょ?」
そういえばこいつは常識の違う黒狼族だったと修太が顔を引きつらせた時、グレイがトリトラの後ろに立った。
「却下だ」
「ぐえっ」
「げふっ」
グレイの容赦のない拳の一撃で、トリトラとシークは地面に沈んだ。
「ったく、お前ら……」
凍てつく琥珀の目で弟子達を見下ろし、グレイは低い声で言う。
「昨日からコソコソと何をしているのかと思えば、何を考えてる。このガキに狩りは無理だろうが」
むごい有様に、修太は割って入る。
「俺が頼んだんだ、怒らないでやって」
「それが問題だ」
グレイはきっぱり言い切った。
「シューター、こいつらは馬鹿だから頼るんじゃない。いいか、馬鹿だからだ」
「はい……」
二回も馬鹿を強調するので、怖さに修太は頷く。
その後、状況の説明をするように促されたので、修太は料理を覚えたいことを話した。
するとグレイもけげんそうにする。
「は? 料理なんか、切るか煮るか、焼くだけだろ?」
トリトラやシークと同じことを言うので、修太は無言でうなだれた。
後日、弟子が馬鹿をやるとまずいからと、グレイが代わりに料理を教えてくれた。
宿の台所を借り、ごぼうに似た野菜の皮をナイフでむきながら、グレイは説明する。
「こいつは根を食うから、水にさらしてアクを抜いてからじゃねえと食えない」
「「へー」」
何故かピアスも一緒に教わった。
後でピアスに訊いてみると、ピアスは不敵に笑って言った。
「なんで私も習うかって? そりゃあもちろん、後で、黒狼族風の料理って売り出すためよ」
「……抜け目ないな、お前」
ちょっと呆れた修太だが、基礎を教わるという目的は達したので、万々歳である。
……end.
web拍手に置いてた短編です。




