リク小説2「追憶の復讐者」01
目次2の十五話後~十六話くらいの時期です。ビルクモーレ滞在中の一幕。
いつも強いグレイが、修太君に助けられるor共闘するシーンというリクへチャレンジです。
暗い眼窩は天井を向き、流れる赤は地を黒く染めていた。
「頭目! 副頭目! 皆!」
地に伏せる死体の中で、慟哭の声を上げる者がいた。
ちょっとした買い出しに三日ほどアジトを離れていて、戻ってきたら仲間達は殺されていたのだ。
町で聞いた噂は本当だった。
「ああ……うあああ……。くそう、くそう、くそう……!」
拳で地面を叩き、泣きながら悲鳴に似たうめきを漏らす。
「――賊狩り。絶対に許さない」
やがて涙が一滴も零れなくなった頃、その者は目に鮮烈な憎悪の光を浮かべ、顔を上げた。
「荒野の果てまでも追いかけて、殺してやる」
*
迷宮都市ビルクモーレは今日も蒸し暑く、太陽は容赦なく日射しを降り注ぐ。
そんな中、多くの人が行き交う雑踏を歩く影が三つ。一つは背の高い黒狼族の男で、暑い中で黒い衣服だというのに涼しげな顔をしている。もう一つは十二、三才くらいの少年だ。黒いポンチョを目深に被り、手に紙袋を一つ持っている。そして、三つ目の影は、その少年の足元を歩く灰色の毛の中型犬である。機嫌良く尻尾を揺らして少年の真横を歩いている。
「そんなものでいいのか? 服を買い足すなら、もっと買ったらどうだ。どうせその指輪の許容量に制限はないのだろ?」
黒狼族の男――グレイは、口の端に火の点いた煙草を引っかけて、横を歩く少年に声をかける。その琥珀色の目は、すぐ先にある衣料品店を映している。
グレイが声をかけた少年、塚原修太は首を振る。
「もういいよ。仕立屋だけで充分。フランにも規格品を安物買いするより、体格にあった質の良い服を長く着ろって言われてるしさ。……それにどうせ規格品で俺の体格に合うのねえし」
後半はどこかすねたような響きがあった。
修太とて最初は規格品を売っている衣料品店を見ていたのだが、麻や木綿のいかにも安そうな服ばかりだったし、色合いが気に入って比較的小さいサイズの服を買ってみたら半袖が長袖になり、シャツがワンピース状態になったので、腹が立って寝巻きにしたのだ。あれを見た時、啓介とフランジェスカが大爆笑し、ピアスがぷるぷる震えながら笑いをこらえたのに、修太は当然ぶち切れた。しかも、ピアスに「子ども服屋に行けばあるんでしょうけど、この町は冒険者ばっかりだから他の町に行かなきゃないし、仕立屋に行くしかないわね」と言われた。誰が子ども服屋なんかに行くか、ちくしょう。
「グレイは新しい服、買ったりしねえの?」
「今のところはな。自分で修繕して使っているし、買い足してもシャツと下着ってところか。防具屋で売ってる服だからな、そこらの服よりずっと頑丈なんだ。その分、値も張るが」
修太はグレイの着る上着をまじまじと見る。コートに似た黒い上着は、確かに質が良い。
「布の服にしては頑丈だよな」
「ただの布ではない。クラウドワスプやマユスヘビなんかのモンスターの糸で織られた布だ」
「え? 糸を落とすってこと?」
修太の頭の中に、モンスターが黒い霧と消え、代わりに毛糸玉が地面に転がる図が浮かんだ。シュールだ。
「ドロップするのは稀だ。生きてるクラウドワスプの足に巻き付いてる綿を回収したり、マユスヘビの巣はそいつが吐いた糸で出来てるから、その巣を回収してそこから糸を作るんだ。ある町じゃ、周辺にそんなモンスターばかりがいるから、その糸で織った布が特産品になっている所もある。動物の毛で織ったものより遥かに頑丈だが、量はそう取れないんで値が上がる」
「なるほど。へえ……」
そういうのは、モンスターを狩ることで人間達が生活しやすくするオルファーレンの祝福なんだろうか。毒素をモンスターに食わせ、狂いモンスターになるとそれを狩るようにさせ、そして利益をもたらす。上手く出来ているが、モンスターが可哀想な仕組みだと修太は眉尻を下げる。だがモンスターに人間達が襲われることも考えると、利益も損も半分ずつなのかもしれない。
「腕のある冒険者や、装備がしっかりしている兵士職の衣服は、たいていモンスターの糸から造られた布製だ。この上着一着で、盗賊団壊滅依頼一回分になる」
「そんなにするの!?」
盗賊団壊滅依頼というのがどれくらいの金額になるのか分からないが、グレイが比較に持ち出すくらいだから、きっと相当高いのだろう。
「お前のそのポンチョの方が値はするぞ」
「まじで!?」
更に驚いた。
「魔法陣の刺繍付きは高価だ。その陣を縫う糸にカラーズの血が必要になるからな。大きな魔法陣ともなれば量もいるし、余計に高くなる。加え、血を供給するカラーズの力が強いともっと高価になる。ハーフの連中の血で作られた糸だと、めっきり値段が下がるから、たいていの奴はそっちで我慢する。お前やケイの着てる程度の品となると貴族の持ち品レベルだな」
グレイは淡々と教えてくれた。修太は冷や汗をかく。
「なんかグレイが俺のこと貴族の子弟並みとか言うのってまさか……」
「そこもある。だが、教養の高さなどどこをとってもそうなるぞ?」
「やめてくれよ、俺らのとこじゃこれが普通なんだって」
くらくらしてきた。何だその価値観。
修太はふと良いことを思いついて、パッと顔を上げる。
「なあなあ、力が強けりゃ良い品になるんなら、俺の血なら結構いけるんじゃないか? 漆黒って〈黒〉じゃ強い方なんだろ? ぶっ」
突然、フード越しに頭を押さえられ、修太はつんのめって立ち止まる。何をするのかとグレイを見上げると、無表情のまま威圧感をこめてこっちを見ていた。うぐっと息を飲む。
「往来でそういうことを軽々しく言うな」
「ごめん……」
「わざわざ自傷行為をして糸を作ろうとも思うなよ。また寝込むことになっても知らんぞ」
「本当に申し訳ありませんでした」
こ、怖いです、グレイさん。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。
グレイはじぃっとこっちを見下ろして、とつとつと言う。
「俺はカラーズでないから詳しくは知らんが、カラーズというのは、血に魔力を宿しているらしい。意味は分かるな?」
グレイがやたら念押しするのは、つまり流血というのは魔法を使うことと変わらないと言いたいかららしい。しかも血は失うと回復まで時間がかかるから、普段より具合が悪くなるかもしれないということらしい。
なるほど。魔力欠乏症を患う修太には、流血はただの怪我であると同時に魔力消費になって危険なことなのか。それは知らなかった。
「あ、はい。分かりました。すみませんです、はい」
コウ、頼む。フォローしてくれ。
冷や汗をだらだらかきながら足元のコウに助力を願うが、コウも怖がっているのか、修太の足に身を寄せるだけで何も言わない。
「分かったのなら構わん。――雑貨屋に寄って構わんか?」
手をどけて視線を前に戻すと、ふとグレイは問うてきた。懐から出した紙箱を振る仕草をする。煙草が切れたらしい。
「いいよ。じゃあ、行こう」
話が変わったことにほっとして、修太は頷く。
ちょっとは助けろよ、コウ。
そんな理不尽なことを考えて、コウを軽くねめつけながら。
申し訳ありませんが、私の腕だと短編じゃ無理そうだったので軽く連載します; 中編かな。何話になるかは未定です。
特別編のような、映画のような気分で書いてます。
グレイとコウと修太がメインになりますので、パーティー不思議屋の登場を楽しみにされてる方、そちらの期待は海の彼方に放り投げておいて下さいね。




